「あっ、えもんくん」


あそこの神社は縁結びで有名らしいぜと、マタドーラくんにアドバイスを貰っていたので来てみれば偶然えもんくんの姿を見かけて早速声を掛けてみた。振り返りざま、わたしの姿を捉えるなりやぁと笑顔で挨拶をしてくれるえもんくんに駆け寄ると、「ナマエちゃんもお参り?」と言われて少し照れたようにはにかむ。


「うん、そんな所。えもんくんも?」

「まぁね、そんな所」


縁結びの神さまがいる神社。お互いに気になる人がいていい感じになりたいんですっていう思いが言わずとも分かってしまうので2人でテレテレと笑い合うものの、えもんくんもわたしも特に変な詮索はしなかった。


「そうだ、この前はドラミが突然押し掛けたりしてごめんね」

「ううんっ!元々借りっ放しにしてたわたしがいけないんだし、気にしてないよ。それにドラミくんが居てくれたお陰でゴキブリ退治も出来たし」

「え、ゴキブリが出たの?大丈夫だった?」

「…?うん、怖がるわたしを庇ってドラミくんが退治してくれたの」

「えっ!ドラミがやっつけたの?ホントに?」


目を丸めて驚くえもんくんにキョトンとしながらぎこちなく頷けば、えもんくんは指を顎に当てながらうーんと首を傾げる。


「ドラミ、ゴキブリが大の苦手でさ」

「え、」


今度はわたしが目を丸めて驚く番だった。


「ゴキブリが出た時は泣きっ面で喚きながら僕かナマエを呼んで退治してもらうのに。取り乱したりしてなかった?いつもは終始わぁわぁ煩いの」

「…全然、そんな風には見えなかった」

「そっか。ナマエちゃんの前だから強がったのかなぁ」


そう淡く笑って語るえもんくんに、心臓が心地良く波打った気がした。本当はゴキブリが駄目らしいドラミくん。確かにあの場は緊張感でいっぱいになっていたけれど。今にも泣きそうな顔で震えるわたしを見て、ドラミくんは無理をしながらも嫌いなゴキブリに立ち向かってくれたのかな。そう考えると胸の奥からブワっと何かが込み上げてきて甘く苦しくなった。あ、何だろう。ドキドキするような、ソワソワと恥ずかしくなるような。ドラミくんを思い出しては何とも言えない感情に包まれて温かくなるのに、わたしはそっと目を伏せて静かに俯いた。


わたし、好きかもしれない。ドラミくんの事。それまで不確かでなんとなくだった気持ちが濃く色付いていく気がした。控えめにドキドキし出す胸に手を置いてギュッと掴むと、えもんくんが慌てたように「実はゴキブリが駄目って話したのドラミには内緒ねっ?折角格好つけたのにって怒られちゃう」と言うので頬を緩めながら頷いた。


「おわ、噂をすればドラミだ」


少しギョッとした顔をしながらそう言ったえもんくんに思わずビクリと反応する。ドラミくんの名前を聞いただけで心臓がドキドキし出して、そのままえもんくんの視線の先を追いかけて軽く目を瞠った。ドラミくんの隣に、女の子がいる。仲良さそうに手を繋ぎながら歩く様子はカップルにしか見えなくて、胸のドキドキはいつの間にかズキズキに変わっていた。「デート中かぁ」何気なく言葉を落としたえもんくんにまた胸の奥がチクリと痛む。


「…あれって、ドラミくんの彼女さん…?」

「いやぁ、ドラミは今フリーだよ。ドラミは女の子の気持ち汲み取ろうとし過ぎちゃう所あるからさ、断るって行為もあんまり好きじゃないみたいで。結果的に色んな女の子とデートする感じになっちゃうんだよね」

「そう、なんだ…」

「本当はあんまり良くないんだけど。ドラミも悪気がある訳じゃないし、それがまた罪っていうか」


優しいドラミくんだから、えもんくんの言う通り女の子のお誘いを断る事はしないだろうし、わたしにしてくれたように女の子にはエスコートを気遣っているしレディファースト重視なのは簡単に想像出来た。仕方ないっていうか、それがドラミくんの良いところだっていうのは分かっているつもりなのに。


「(なんだろう、胸痛い)」


わたしだけにじゃなかった。他の女の子たちにも同じように優しくて思いやりがあるんだ。わたしが特別な訳じゃなくて、他の女の子たちもドラミくんと並んで楽しそうにお話しもするしあの柔らかい笑みを向けられている。わたしがそうだったように、恋に落ちる女の子も沢山いるんだろうなと思うと胸が軋んで痛くなった。


「あっ、ドラミこっち見た」


ふとした拍子にドラミくんがこちらを向いたのに思わずどきりとする。ニコ、といつもの笑顔で小さく手を振るドラミくんにつられてわたしもぎこちなく手を振り返すけれど、また直ぐにデート中の女の子の方へと向き直ってしまったドラミくんに、少しだけ寂しさを感じたりして。


「…ドラミってさ、普段は僕たちが手を振っても絶対振り返してくれないんだよね。デート中の女の子に失礼だからって」

「えっ、でも、今…」

「これが女の子だからなのか、ナマエちゃんだからなのかは分からないけどさ」


わたしの目を真っ直ぐと見つめてくるえもんくんには、もしかするとわたしの気持ちを見透かされていたのかもしれない。誰かが神社の鐘を鳴らしている。シャランと鈴の鳴る音が響いて。ふんわりと顔を綻ばせながら、えもんくんは「頑張れ、ナマエちゃん」と優しい表情で笑った。



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