ドラミくんが男のわたしにシャツを貸していたらしい。今度使うから取りに行かせて欲しいとの事で、絶賛ドラミくんと一緒にドラミくんのシャツを捜索中です。確かにこの世界に迷い込んですぐの日に部屋の大掃除をしたし、結構シャツが多いんだなぁと思って全部しまったのだけれど。


「ご、ごめんね、わたしが何処にしまったのか分からなくなってしまったばっかりに」

「いやいや!元はと言えば借りパクしたまま返してくれなかった男のナマエが悪いんだから!気にしないで?」


ドラミくんは気を遣ってそう言ってくれるものの、今思い返すと一着だけわざわざハンガーに掛けてあってピシッとしてたシャツが確かにあったのだ。しまったのは間違いなくわたし…。そしてそのシャツを他のと一緒にまとめてしまった挙句どこにしまったのか、全く思い出せない。じっとりと滲み出す罪悪感でいっぱいになりながら、部屋中のクローゼットを開けまくりタンスの引き出しを開けまくる。

ドラミくんと一緒になって服を掻き分けていると、不意にドラミくんがギョッとしたような声を出すのでどうしたのかと思って視線を向けた。そしてはああああっ!と喉の奥が引き攣った。ドラミくんの手に、わ、わたしのブラが…!そういえばこの前いきなり雨が降ってきたのに慌てて取り込んでそのまま雑に突っ込んだんだった…


「そのっ、ご、ごめ、」

「わわわわたしの方こそごめんね!」


顔を赤くしながらオロオロとするドラミくんの手からブラを受け取り慌てて後ろ手に隠す。ああ、こういう時に限ってあんまり可愛くない下着だったりするんだ。恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい衝動に駆られながら落ち込んでいると、不意にドラミくんが小さく笑うのでポカンとドラミくんを見上げた。


「ごめん、意外と大雑把な所もあるんだな、と思って」

「う、幻滅した…?」

「まさか。少し抜けてるくらいが可愛いんだよ」


ドラミくんはフォローも上手い。リップサービスだと分かっているのに、可愛いという言葉に心臓が反応してドキドキと心拍数を上げるから少しだけ苦しくなる。さっきとは別の意味で顔を赤らめながら、わたしは誤魔化すように立ち上がった。


「こ、こっちのタンスも開けてみるね」


ベット脇にある少し背の高い衣装ダンス。椅子を持ってきて背伸びで中を捜索しながら、取り敢えず目の前で嵩張るグラビア雑誌を下ろしてしまおうと手繰り寄せた。プルプルと震えるわたしに気遣ってくれたドラミくんが心配そうな顔つきで手伝おうか?と声を掛けてくれたけど、こんな沢山のグラビア雑誌をドラミくんに見せる訳にはいかないので申し訳なく思いながらもお断りした。我ながらこういうのが好みなんだ…と少しパラパラと中身を覗き見た事があるけど、中々際どかった…。そんな雑誌をドラミくんに見られでもしたら、折角場を持ち直したのにまた気まずくなっちゃう!それだけは絶対に避けないと。


カムフラージュの為に一番上には音楽系の雑誌を乗せて、全部纏めて腕に抱えながら下ろそうと引っ張った、ら、何かがカサカサと視界の端で蠢いて瞬時に血の気が引いた。な、なに、何かいる?それとも見間違い…?出来れば後者であって欲しい。寧ろそうじゃなきゃ困る。そんな思いを込めてもう一度雑誌に手を掛けて一気に引き抜いた時、衣装ダンスの壁を素早く這い回るそれを目撃してしまって大きく悲鳴を上げながらバランスを崩した。


「っきゃあああああ!!」

「…!?ナマエちゃんっ?」


ボフンと、ベットに沈んだ瞬間雑誌がバラバラと散乱して音を立てる。何冊か顔面に振りかぶってきたけどそれどころじゃない。わたしを心配して駆け寄ってくれたドラミくんに反射的に抱きつきながらも、わたしはガクガクと震えつつそれの行方を目で追い掛けた。


「ごっ、ごき、ゴキブリがぁ!」


虫が頗る駄目なわたし。家に小さい蜘蛛が出てもキャアキャア悲鳴を上げながらゴム手袋装備で外へ逃がすくらいなのに、Gなんて出たら発狂してしまう。現に青ざめた顔のまま、やつが素早く動くのを見る度に過剰に反応して身体が跳ねた。自分の手で仕留めるなんて勇気とスキルは持ち合わせていないし、なによりも怖い、怖すぎて涙出てくる。そしてでかい。怖い。でも今この家の家主はわたしだし、ドラミちゃんが駄目だったようにドラミくんもゴキブリが駄目かもしれない。そう思うとやっぱり自分でどうにかしなくちゃと思えてきて震える手でその辺にあった雑誌を手にして弱々しく握り締めた。


「…ナマエちゃんはここにいて、そのまま目閉じてて」

「へ…?」

「いいよって言うまで開けちゃ駄目だからね」


涙目のわたしにフンワリと、ドラミくんが安心させるように柔らかく微笑みかけるので一瞬時が止まった感覚すらした。そのままわたしの手にあった雑誌をドラミくんが引き継いでゴキブリの方へと向かう彼に、わたしも慌てて言われた通り目をギュッと瞑る。

暗闇の中だと余計に聴覚が敏感になっている気がした。開けた窓から入る風にはためくカーテンの音。ドラミくんが深く息を吸って軽く吐いたのが聞こえる。身体を丸めてただただ恐怖に震えているとペシン、少し大きな音が部屋に響いて身体がビクリと震えた。ドタドタと足音が少し遠くなったのに不安が募る。こわい。そんな感情でいっぱいになりながらも、わたしはただただドラミくんが奴を仕留めるのを願っていた。


バシン。


今度はさっきよりも大きな音がした。しんとした空気の中、恐る恐るドラミくんの名前を呼ぶと一拍おいてから返事が返ってくる。


「…もう少しだけ待っててね」


パタパタと部屋中を歩き回る音。後片付けまでしてくれているらしいドラミくんに申し訳なく思っていること暫く、不意にドラミくんが戻ってきた気配を感じてポンと頭に手を置かれた。


「お待たせ、もう大丈夫だよ」


おずおず顔を上げるとやっぱり柔らかい笑みでわたしを迎い入れてくれるから、また胸の奥がきゅんとする。さっきまで取り乱していた自分の姿を思い出すと何だか恥ずかしくなってしまって、斜め下辺りへと視線を下げてお礼を述べた。


「その、ごめんね、取り乱したりして」

「いやいや、気持ち分かるもん。でかいし脚いっぱいだし早いし、ゾワゾワぁってしちゃうよね」


そう苦笑いを零して同意してくれるドラミくんに、またじんわりと涙腺が緩む。ドラミくんが居なかったら多分、一人でどうにかなんて出来てなくて泣いて喚きながら数時間は格闘していたかもしれない。そして挙句の果てにキッドくんを呼び出していただろう…。恥ずかしながら、元の世界でそんな感じだったから。泣きながらドラミちゃんに相談すれば、今からキッド連れて行くから待ってて!すぐに行くわね!と飛んで来てくれるドラミちゃんカップルは本当に優しい。呆れながらもゴキブリ駆除をしてくれるキッドくんも、大丈夫よ!キッドに任せれば一発なんだから!と慰めながらわたしの手をずっと握ってくれるドラミちゃんも。…優しい。


「…ナマエちゃん」


ポツンと、ドラミくんがわたしの名前を呼ぶのでハッとする。何?と顔を向けると少し申し訳なさそうに眉を下げて。


「ごめん、その…借りた雑誌で処理しちゃって、そのまま丸ごと捨ててきちゃったんだけど…」

「そ、そっか、でも仕方ないよ!雑誌の一冊くらいきっとナマエくんも許してくれるはず」


…ん?そこまで考えて漸く気付いた。わたしの周りでは未だにグラビア雑誌が散らばっている事に。しかも見開きページで落ちたせいで例のセクシーなお姉さんが際どい感じの衣装で際どいをポーズを取っているシーンの…。ドラミくんが目のやり場に困ったようにソワソワとするので慌てて雑誌を掻き集めた。


「ちっ、違うの!これはわたしのだけどわたしのじゃなくてっ…!」


ボンっと一気に赤くなる顔で必死に弁解すると、ドラミくんが一瞬呆気に取られたようにポカンとして。時間差で可笑しそうにクスクスと笑いながら「わかってるよ」と言うのでホッと胸を撫で下ろした。ううん、結局また気まずい空気になってしまった…。一緒に雑誌を拾い集めてくれるドラミくんをこっそり盗み見て、ドラミくんも男の子だしこういうの見るのかな、とか想像してしまった自分にため息が出た。やめよう、そんな低俗な事を考えるのは。ドラミくんに失礼だもの。そしてごめんなさい男のわたし。また君の大切な物(?)を犠牲にしてしまったわたしをどうか許して下さい。わたしは謝罪の手紙にこの内容を加える事を誓った。



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