あれから、ミョウジさんは俺と顔を合わせないためか出勤時間はギリギリだしお昼休憩になったらすぐ出て行っちゃうし、なるべく定時に上がるようになっていた。明らかに避けられてるこの感じが、辛い。そろそろ、しんどい。


「…はあ」

「おい野原、資料のここんとこミスしてんぞ」

「…ほんとだごめん。あっそうだ、中田くんさあ、このマグカップ桜田さんに渡しといてくんない」

「…は?」


翌日、宣言通りやってきた桜田さんに思いきし顔を顰めた。だってあの日はそれどころじゃなかったしマグカップの事なんて完全に忘れてたわけで、元はというと殆ど彼女のせいだし!しかも最悪な事に桜田さんといるところをまたミョウジさんに見られた終わった。すぐに身を翻し来た道を駆け足で戻っていったミョウジさんに弁解の余地なんてないわ、桜田さんには早く持ってきてよって急かされるわ。ほんと、もうなんなんだ。元々なあ、お前のせいなんだからな!

というわけで、こんな厄介事は一刻も早く終わらせたくて今日こそマグカップを持ってきた。でも俺が彼女を探すのはやだし逆に来られてますます状況が拗れるのが嫌で中田くんにそれを押し付ける。怪訝そうにマグカップを受け取り「桜田って誰だよ」と言うので俺はもう一度顔を顰めた。


「ほら、赤毛で、中田くんよく一緒にご飯行ってる子いんじゃん、あの子」

「…ああ、あいつか、」

「んじゃあヨロシク」

「おいっ!俺はいいなんて一言も、」


まあね、以前ミョウジさんにキスしようとしてた仮りはこれで無しにしてもいいかなと自己解決してさっさとその場を離れた。まだ中田くんが色々と文句を言っていたけど、無視をしてそのまま屋上へと向かう事にする。タバコ、久しぶりに吸っちゃおうかなあ。スッキリするよなー、うーん。どうしようかあ。


「…うーん」


…いいや、やめとこ。頭に浮かんだミョウジさんの顔。自然と吸う気が失せてきたのでやっぱり彼女は凄い。寧ろベタ惚れすぎる自分が怖い。はあ、そろそろ誤解を解かないとこのまま自然消滅してしまいそうだぞ。


「とか思ってたらミョウジさん発見!」

「…!」


くるりと踵を返し元来た道を戻ろうとした所にミョウジさんを見つけ思わずそう声を上げてしまう。それに反応するなり高橋さんは駆け出して、非常階段の方へと向かったので慌てて追いかけた。


「ちょっと待って!ミョウジさんっ」


ヒールなんかでそんな慌ただしく階段降りて、危ないって!ていうかどこまで行くの、


「っ、今止まってくれないならミョウジさんのこと嫌いになるぞっ?」


びくりと、大袈裟なくらいミョウジさんが反応して手摺りにしがみついた。そのまま力が抜けてしまったようにへなへなとしゃがみ込んだミョウジさんに漸く追いついて、俺は彼女の前へと回り込む。


「…ずるい、そう言われたら、止まるしかないじゃんねえ」


そう言って笑ったけど、声は震えててまた目は潤んでいて。咄嗟にぎゅっと抱きしめた。野原くん。俺を呼んだ弱々しい声に反応してもう一度、ぎゅーって、きつく、きつく。痛いよ、って言われてやっと力を弱める。改めてミョウジさんの表情を伺うと、さっきよりは落ち着いていた気がした。


「…ミョウジさん」

「…」

「話、聞いてくれる?」

「…うん」

「まずね、納豆ひめ見ててニヤニヤしてたのは、あの子から貰ったのが嬉しかったんじゃなくて、納豆ひめが揃ったーって喜んでた訳でもなくて、…ミョウジさんとお揃いだって思ったから、ずっと締まりのない顔してたのね」

「…うん」

「あとさ、納豆ひめってなんかミョウジさんに似てんじゃん」

「えっ!」


怪訝そうな顔をしたミョウジさんにほらと納豆ひめを出して手のひらに乗せた。それをミョウジさんはまじまじと見つめてそ、そうかな、と困った顔をする。


「似てるよー!なんかこののほほんとした表情とかおっとりした雰囲気とかさ、なんか見てるとミョウジさん思い出す」

「…ふっ、似てないよー」


呆れたように、ミョウジさんが小さく吹き出して笑ったのでなんだか胸の奥がほっとした。あのさ、それでさ、ミョウジさん、


「俺は別に、納豆が好きな人なら誰でもいいわけじゃないんだ」

「うん」

「ミョウジさんは納豆食べれないけど、それでも俺はミョウジさんが好きだしミョウジさんがいい。本音を言っちゃうとミョウジさんにも納豆好きになって欲しかったけど、こんな感情爆発させてまで無理して欲しくない、それが今の正直な気持ち」

「…うん」

「…俺の理想は、毎朝かわいいお嫁さんと朝ごはんに納豆を食べて、行ってらっしゃいのちゅーをして出勤すること。でもそこにミョウジさんがいなかったら意味ないのね」

「…、うん、」


だから仲直りしようよ、ミョウジさん。

やんわりミョウジさんの両手を握り締めて言うと、ミョウジさんはポロポロと涙を零しながらこくこく何度も頷いた。


その日の夜、ミョウジさんからまたメールが来た。また殆ど謝罪メールで笑った。今日ね、自分で納豆買って食べてみたの。そう送られてきてどうだった?と返したら、すぐにやっぱり不味かったと返信がきて今度は声に出して笑っちゃったぞ。ミョウジさんが納豆嫌いって知った時は凄いショックだったのに、今じゃあ普通に笑えてる辺り、俺の中ででた答えはもう決まっていた。…うん、納豆はもう、いいや。


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