納豆というよりも、わたしはまず豆類が全般的に好きじゃなかった。納豆には更にネバネバやな匂い独特の食感と味、の最悪条件が勢ぞろいで、わたしからは絶対に進んで食べない食品なのである。それが、まさか、野原くんとお付き合いをしてこんなにも納豆を食べる事になるなんて思ってもいなかったよ。


納豆はきらい。ネバネバで、味も匂いもきつくて、美味しくない。でも野原くんはすき。わたしは人見知りが酷いし中々今の環境にも溶け込めなかったけど、それでも良く話しかけてわたしを心配してくれたのは野原くんだけだったから。自分でも知らないうちに彼に惹かれていたし、それぐらい嬉しかったんだと思う。野原くんがわたしを気にかけてくれる度、彼を好きになっていく気がした。

納豆は、嫌い。正直言ってしまうと最初の方はかなり無理してたし、ちょっと嘘をついておいしいと言ってみたこともある。でもわたしが納豆を食べる度、野原くんは心底嬉しそうな顔をして笑いながらわたしの頭をわしゃわしゃ撫でるから。ズルいなあ、と、思うのだ。その笑顔が見たくて、わたしは今日も嫌いな納豆を食べてしまう。


でもいくら頑張っても納豆をそのまま食べる事は出来なくて。野原くんは納豆なら何でもいいわけではなく、納豆は普通の食べ方しかしないというのをひょんな事で知ったわたしは頭を抱えた。野原くんは無理しなくていいって言ってくれるし、終わりにしようとも言ってくれたけど、なんとなく不安だった。納豆を食べることを止めてしまったら、彼はもうわたしに笑いかけてくれなくなるんじゃいの?なんて。そんな訳ないって分かってるのにね。野原くんの言葉を信じない訳じゃないけど、そんな不安定な気持ちのままでいたところに見てしまったの。


野原くんと、多分隣の部署の女の子。野原くんの納豆ひめっ?という言葉と、彼女の私も納豆好きなんだ発言に驚いて咄嗟に身を潜める。途切れ途切れに単語が聞こえてくるだけで何を話しているのかまでは分からないけど、


「(野原くん、楽しそうだ)」


そうだよね。自分の好きなものを自由に語れるんだもん。楽しいよね、当たり前のことじゃん。…なのにどうしてわたしはこんなに胸を痛めてるのか。一々近い二人の距離が気になる。納豆とか、付き合うとか、あたしとかどう?とか、そんな単語が聞こえてきてずぐりと胸が鈍く痛んだ。野原くん、告白、されて、っ「お姉さん、納豆にはネギ入れるタイプ?」あああ、駄目だ、泣きそう…

なんてしんみりしている場合じゃない。どうやら話が終わったみたいで彼女がこっちに向かって歩いてくるよー!慌てて周りを見渡した挙句咄嗟に観葉植物の後ろに隠れるけど、運が悪かった。その子の行き先はこっちだったみたいで、すれ違いざまに気付かれた。う、うわぁ、最悪だ…盗み聞きしてたのばれちゃったかな。いや別に聞きたくて聞いたとかじゃないんだけど。「何してるの?」って、聞かれてしまった。変な目で見られてる、絶対。


「…な、なにも、」


言葉に詰まりながらもなんとかそう返した。なにもって何だ。しかも泣きそうだったわたしの目尻にはまだ涙が薄っすら滲んでいて、相手の顔を直視する勇気が無かったわたしはひたすら観葉植物の枝の先っぽ辺りをじっと凝視する。くすりと、小さく笑われた気がして眉根が寄った。結局あの子が立ち去ってもわたしは動けないままで、寧ろ頭の中はぐっちゃぐちゃで今にも泣いてしまいそうなわたしは取り敢えずトイレに篭った。困ったよぉ、午後からまた仕事なのに。


でも一度思い切り泣いてしまったほうがスッキリすると思って、時間ギリギリまでずっとそうしていた。最悪なのはその後だ。なんとかオフィスに戻ってくると、野原くんは納豆ひめを摘まみながらニコニコしていて。まるで頭を殴られたみたいな衝撃だった。

なぁに、その嬉しそうな顔。にこーって、見てるこっちが蕩けちゃいそうな優しい笑顔で。やだ、やだやだ、どうしてそんな顔であの子に貰った納豆ひめを見つめてるの?納豆が好きだから?それとも、あの子が好きだから?やっぱりわたしじゃ、だめ、なのかな、


また泣きそうになるのをぐっと堪えて仕事に戻った。だけど野原くんはあの後なんて返したんだろうとか、そもそもあの子はわたしが彼女だと知った上での行動でくすりと笑ったのかな、とか、考える事はいっぱいででも野原くんのことをちらりとも見ることが出来なくて。今の状態じゃ話すこともきっと出来ないと思ったわたしは残業を決めこんだけど、野原くんも付き合うと言い出す始末で内心焦った。

それでそのまま、結局…わたしの様子が可笑しいのに気付かれて、今までの感情が爆発した。


野原くんも何か言いかけてたのに、それを無視してただ一方的に思いを告げたりして。その先は言っちゃいけないって分かってたのに止まれなかった。わたしじゃなくてもっと納豆すきな子と結婚すればっ?て、もちろん本心じゃない、でも野原くん、凄い困った顔してたから。それではっとなって、堪らず走ってその場から逃げちゃった。途中で足が縺れて、ヒールだったし、どてっと転んだ。いたい。


「いっ、た、…さいあくだ」


野原くん、追いかけてこなかった。嫌われちゃったのかな。でも今追いかけられてもわたしの顔はぐしゃぐしゃで酷い事になってるしまた逃げちゃうだろうから、矛盾してる。


「っ、いたい、なぁ」


血は出てなかったし、擦り剥いてすらいなかったのに打ったところが痛かった。ついでにじくじく胸も疼いて痛い。あ、声に出したら余計ズキズキしてきてまた涙が滲んできた…。ねえ、野原くん、野原くん、


「っふ、う、痛いよぉ」


恋がこんなにも苦しいものだなんて、知らなかったの。お願いだから追いかけてきてよ。



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