「えっ、ミョウジさんまだ残業すんの?」

「うん。だから野原くん先帰っていいよ」


俺とミョウジさんの二人きり。他の社員も皆帰宅したっていうのに、ミョウジさんがまだ残業をするって言い張るから。なんか可笑しいなって、違和感は感じた。じゃあ俺も残る、って言うといいよの一点張りだし。


「…なんかあった?」


そう聞くなりびくっと、肩を跳ね上がらせるから分かりやすい。


「…なんにも、ない」

「教えてよ」

「野原くんには関係ない、もん」

「…うそ」

「…」

「ミョウジさん」


ミョウジさんの両肩に手を置いて顔を覗き込むけど、ぐいと押し返されてしまい俺はますます困ってしまう。なっとうが、いいんでしょ。ぽつんと零れた声はあまりにも小さく震えていて、え?と聞き返してすぐ眉根を寄せながら睨まれた。


「やっぱり納豆の好きな子が、いいんでしょ?」

「は、なにいって、」

「可愛かったもんね。気さくで、明るくて、納豆が好きで」

「ちょっと待って、なんの話」

「運命感じてるとか、わたしと結婚したいとか、あれだけ言っておいて結局納豆がいいんだ」


いや、本気で待って。俺は相変わらずミョウジさんには運命感じてるしミョウジさんと結婚したいよ?さっきから話が見えないんだけど。なにがどうしてこんな事に、


「取り敢えず落ち着いてっ、ミョウジさん」

「わたしだって、わたしだって本当は、納豆なんて食べたくないし、食べられるようになりたいとも思わなかったし!」

「…」

「でもっ、でも納豆食べる度、野原くんが凄い嬉しそうに笑うから…よしよしって、褒めるから、」


頑張ってきたのに〜、って、途中で涙ぼろぼろに零して号泣しちゃってて、最後まで言えてなかったけど。それでもミョウジさんの思いは言葉となって止まらない。


「いままで頑張ってきたけど、どうしても納豆、食べられなくて、でも、野原くん、もう終わりにしよ、って、言うから、そしたらもう頑張れない、し、野原くん、納豆すきっていう子と、…た、楽しそうに、話してる、し!っう、う〜っ、」


ついにはしゃがみ込んで泣き出してしまったミョウジさんに堪らず近寄り同じようにしゃがみ目線を合わせる。あのさあ、なんとなく見えてきたけど、納豆好きな子ってもしかしなくても、


「桜田さんなんかと楽しそうに会話した覚えはないんだけどなぁ」

「…!嘘ばっかり!」

「嘘なんかじゃ、」

「いちいち話してる距離は近いし、ネクタイ引っ張られてなにあの至近距離っ!野原くんは野原くんで、あの子が出て行ったあとに貰った納豆ひめ見ながらデレデレして、っ」

「見てたのっ?てかあれはそういうんじゃなくて、誤解、」

「言い訳なんて聞きたくないもん!やっぱりわたしよりも納豆好きで可愛い子がいいんだっ?そうだよね、元々理想は納豆食べれる子だもんねっ。良かったね納豆シリーズ揃って!」

「お願いだから話を聞いてってば!」


俺が大きな声を出したのに驚いたのか、ミョウジさんは一度黙り込んだけど、またぽつりぽつり言葉を零す。涙が溢れる度に手の甲で拭うから、もうミョウジさんの手元はびしゃびしゃになっていた。


「…これ以上、なにを聞けば、いいの?」


涙を滲ませながらも薄っすらと口元に笑みを残したその顔にはっとする。ふるふると睫毛を震わせて、顔面を両手で覆ったミョウジさんに動けなくなった。


「もう、疲れちゃったんだよぉ、野原くんに振り回されるのも、納豆に振り回されるのも、…もぉ、やなのぉ」

「…それは、ごめん、ミョウジさん」

「…っ、う、わたしが一番好きって、言ったのに…!う〜、嘘つきぃ」


嘘なんかじゃ、ないぞ。シャツの袖で涙を拭おうとした手を払われる。一瞬ジェラシー嬉しいとか考えたけどもうそれどころじゃない。これは俺が思ってる以上に修羅場なのかも。


「結局わたしじゃあ、納豆にも納豆が好きな子にも勝てないんだ…」


ポロポロ。まるでガラス玉みたいな涙が彼女の頬を伝い落ちて。そんな事ない、って手を伸ばそうとした瞬間にくしゃりとその表情が歪められた。その潤んだ目で俺をじっと射抜くように見据えて、唇を噛む。


「っ、そんなに納豆がいいんなら、わたしじゃなくてもっと納豆すきな子と結婚すればっ!?」


ぼろぼろに泣きじゃくった、酷い泣き顔で彼女は言った。自分の鞄を鷲掴みにしてこの場を駆け出したミョウジさんを追いかけようと思ったけど、今は一人になりたいだろうし、一応デスクの片付けをしてから俺も今日のところは取り敢えず帰ろうとぼんやり思った。ミョウジさんヒールだからな、走った拍子に転んでないといいなと思いながら仕事場の電気を消した時、メッセージが届いたのか携帯が光った。


さっきは、突然取り乱しちゃってごめんね。急に怒って、泣いて、野原くんの話を聞けなかったのもわたしが悪いと思う、本当にごめんなさい。でも少し考える時間が欲しいんだ。身勝手でわがままかもしれないけど。暫く、わたしに構わないで下さい、少しの間一人にして下さい。ごめんね、おやすみなさい。

ミョウジさん、何回謝ってんだよって思えるくらい文中では謝罪の言葉ばっかりで。絵文字も顔文字もないメールに、俺はさーっと顔が青ざめていくのを感じた。どうしよう、これ結構ガチでヤバイやつ。今からネネちゃん呼んで相談に乗ってもらおうかとも思ったけど、よくよく考えたらこの半分はネネちゃんにそっくりな彼女が招いた事件で今ネネちゃんに会うのは更なるダメージを負いそうで躊躇われた。


「…ミョウジさぁん、」


思わずその場にしゃがみ込み蹲る。そのまま暫く、俺は動くことが出来ずにいた。



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