野原くん、明日はねー、明太子がいいなー。と、ミョウジさんからメールが来て目がまぁるくなる。リクエストなんてめずらしーねと返したら、モケチュウがスキップしてるスタンプが返ってきただけで会話が終了してしまったので結局彼女の思考は分からない。でもなんにしろ、珍しいよなあ。



「ほいミョウジさん。明太納豆」

「ありがとう」


くるくるとお箸で軽く掻き混ぜて、ミョウジさんはぱくりと口に入れた。ぱちぱちと瞬きをしてからじっと暫く納豆を凝視してるあたり、どうやら気が付いたようだ。もうそれだけでちょっと嬉しくなって、俺の口角はにーっとゆうるり持ち上がる。


「なんか、いつもと違う…?」

「分かる?今日はメーカーを変えてみたんだぞ」


昔は毎日のように食べてきたヒヨコちゃん納豆を久しぶりに食べてみたら、なんか懐かしさもあいまって凄く美味しかった。という最近は大粒大豆が魅力のごろーん納豆だったから、それに比べてヒヨコちゃんは小粒で柔らかめで多分ミョウジさんにとっても食べやすいんじゃないかという予想は大当たり。ミョウジさんは黙々と明太納豆を口にしていた。


「食べやすいね、この納豆」

「でしょー?へへー、だから今日は俺もね、自分用に一つ持ってきたんだー」


そう言って自分の分の納豆も掻き混ぜていると、ミョウジさんの視線がじーっと俺の手元を捉えているのに気付き首を傾げた。


「どったの?」

「…今なら、食べられる気がする、かも」


えっ!リアルにそう声を上げてしまったよ。え、食べるって、ええっ、


「納豆?」

「うん」

「俺の、なんの味付けもしないよ?プレーン(?)だよ」

「うん」

「…」


ミョウジさん、どうしちゃったの。さすがにいつもと違いすぎて可笑しいので止めに入ろうか迷っていると、ミョウジさんがあーんと口を開けたのでまた思考回路が揺れる。


「っへ、」

「野原くんがあーんしてくれたら、食べれる気がする」


とか言われたらさああーんしちゃうじゃん!思わずあーんってしちゃったよ。でもミョウジさんはもぐもぐと咀嚼してるうちに段々涙目になっちゃってて、飲み込んだ頃にはめっちゃうりゅうりゅしてた。


「…やっぱムリ?」


こっくり。もはや声すら出せないらしくて、ミョウジさんはペットボトルのお茶で口内をスッキリさせると謝りながら自分の明太納豆に箸を伸ばした。


「今日はすんごいヤル気だね。どうしたの」

「…野原くんの理想に、近づきたくて」


納豆食べれるわたしが、いいでしょ?って、どこか悲しそうな顔して言うから。


「野原くんにもっと、わたしを好きになって欲しいなぁ、なんて」

「…俺はもう、ミョウジさんの事大好きだよ。もうとっくにとっくの、昔からさ」


入社仕立て、知り合ったばかりの頃をなんとなく思い出す。ミョウジさんはすんごい人見知りの激しい子で、周りに馴染むのもみんなの倍以上かかってて、傍から見てるとなんて鈍臭い子なんだろうって。最初はそう思ったけど。


「笑うと可愛い子なんだな、って、それが第二印象」


きょとんと、ミョウジさんが間の抜けた顔をする。ミョウジさん人前で笑わなかったでしょ、最初は。覚えてる?それでどーしても笑かしてやろーって、俺がいろいろちょっかい掛けてたの。ミョウジさんがああ、すんごい変なひとー、って、思った、と言って笑った。


「でもミョウジさんて案外笑いのツボ浅いじゃん?」

「うん、それは認める」

「俺の言ったことに反応してくすくす必死に笑いを堪えるところがさ、なんか…かわいかった。まずそこに惹かれたのかもね」


そこからミョウジさんにはまりこむのはあっという間だった。一緒にいればいる程見えてくる、ミョウジさんっていう人間性。初めてデートの申し込みした時に実は一度断られてて、これも想定外だった。あれ結構ショックだったんだぞ?ミョウジさんに運命を感じたのは二回目の水族館デートに言ったとき。人が多くて迷子になった挙句電波なくて圏外で、連絡取れないまま困りながらもなんとなく、なんとなく歩いてた。地図を見ながら。このまま会えなかったら迷子放送しかないかなとか思ってたらいつの間にかラッコの水槽の前に来ていた。

それで少し向こうに、反対側から歩いてきたミョウジさんがいて、お互いにびっくりしながら目を瞠って。運命っていうと大袈裟なんだけど、でもちょっと、感じるものがあったなぁ、と。今改めてもそう思うのだ。一緒にいる程、ミョウジさんの隣にいたいと思った。こんなの初めてだった。ちょうど結婚を視野に入れてる頃で、ミョウジさんと毎朝朝食に納豆食べて行ってらっしゃいのちゅーをして、一緒に出勤して、そんな朝を彼女と過ごせたらなって、そう思ってた。


「…でもね、もういいよ、ミョウジさん」

「…ぇ?」

「ミョウジさんがここまで自主的に納豆食べようとしてくれるなんて思わなくて、ていうかあんだけ駄目だったのにね、納豆。こんなに食べてくれただけでも凄いと思うし、俺も嬉しかったから」


だからもう、納豆は終わりにしよう。くしゃりと笑ってミョウジさんの頭を撫でる。ミョウジさんも笑ってくれると思った。でも何故だか彼女は浮かない顔でうんと頷いただけで、俺はそれに気付けなかったから、いけなかったのかもしれない。

ねえミョウジさん。俺は納豆よりも、あんたが好きなんだぞ。



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