最近うちの店に入ってきた新入りは、ピッチピチで愛嬌を振りまく可愛げのない女だった。


「あー、お腹すいたー」


営業が終わり机を拭きながらダレる姿に無意識にも舌打ちしたら、「えっ、舌打ちしました?」と突っ込まれた。無視して会話を打ち切れば女も無理に会話を続けようとはしないので私はグラスを抱えて洗い場のレモンへと運ぶ。


「ふ〜、お腹すいたぁ」

「うるっさいわね!いい加減黙りなさいよ、こっちまでお腹すいてくる」

「す、すみません!でもなんていうか、もう口癖みたいになっちゃってて、」


乾いた笑みを浮かべたナマエにローズお兄たまが後ろから「分かるわよ。お腹、すくわよね。いっぱい働いたあと」と賛同するなり、彼女はですよね!と嬉しそうに声を上げた。私だけじゃなくて良かったー、だとか続けてヘラヘラ笑ったのに眉を顰めると、お兄たまが「なに食べたい?買ってくるわよ」と余計なことを口にしたので思わずそちらを見る。


「ちょっとお兄たま、そうやって甘やかすの良くないって言って、」

「じゃあ私ロールパン食べたいです!中にマーガリン入ってるやつ」

「でもこの時間にマーガリンは太るわよー。ナマエちゃんは太らない体質だからいいけど。羨ましい!」

「えー、そんな事ないですよー」

「人の話聞きなさいよ!」

「というわけでラベンダー買ってきてくれない?」

「はあ!」

「だってこんな夜中に女の子を出歩かせる訳に行かないでしょう」


露骨に顔をしかめたけれど、ほらラベンダーと拍車を掛けられては断れない。嫌々サイフの入ったバッグを手に取ると、不穏な空気に気まずくなったらしいナマエが慌てたように声を上げた。


「大丈夫です、私行きますよ。お腹すいたの私だし、コンビニだから近いし」

「…」


ムカつく。そうやって私を悪者みたいにしていい子ちゃんぶるとことか、最悪。


「いいわよ、私が行く」

「あ、でも、」

「その代わりちゃんと店かたしときなさいよ」

「は、はい」


でもとか言うくらいなら最初からお腹すいたとか言うな。彼女への不満に胸をムカムカさせながら、私は夜のコンビニへ繰り出した。

最近うちの店に入ってきた新入りは、オカマバーにいてはいけないはずの女で、それなのに何故か客お兄たま佐竹レモンと皆からチヤホヤされているというモテモテ逆ハーレム事態に陥っているのに誰も気が付いていないというのが余計に私をイライラさせた。特にレモンとは一番歳が近いからか凄く気が合うらしく、一緒にいるのをよく見かける。中良さげに談笑してたのを思い出し自然と眉根が寄った。佐竹は仕事の出来る可愛い妹みたいな奴だと言っていたっけ。そしてローズお兄たまからもこの気に入られようである。

確かに仕事は真面目にきっちりとこなしている。客がナマエに絡もうとすれば上手くかわして洗い場に逃げ込むし、仕事の手際もいい。けれど彼女目的でここにくる客が増えつつあるのも事実だ。これがビッチで私たちの客を平気で掻っ攫う奴だったら気持ち良くここから追い出してやるのに。あーあ。最初は皆が皆、ナマエがここで働くことに乗り気じゃなかったり反対だったりしたのに、


「一体いつから、あんな歓迎されるようになったのかしらね」



近くのコンビニでロールパン買うだけ。の筈が、まさかのロールパン売り切れという事態でコンビニ三軒梯子することになるとは店を出る時には思ってもいなかった。腕時計を見れば既に時計が一周していて遣る瀬無くなる。ったく、何で私がこんな目に。ぶつぶつ言いながら店に入ると、しんとした室内には誰もいない空気が漂っていて一瞬目を瞠ったもののすぐに状況を理解して顔をしかめた。ナマエはどうしたナマエは、言い出しっぺどこいった。ため息混じり、奥へ進むと店のソファに寝そべって熟睡している彼女を発見。

ロールパン投げつけて叩き起こしてやろうかとも思ったけど、思えばこの子も最近は働き詰めだったのを頭の隅で思い出しやめた。ロールパンの袋をそっとテーブルの上に置くとナマエが小さく身じろぎする。横向きに寝てる、だらりと投げ出された腕に挟まれた胸の谷間が丸見えで、思わず凝視してしまった。


「…」


言っておくが、今更女の体に興味なんてサラサラない。ただ無防備すぎるその姿に呆れてしまっただけであって、そりゃあ目の前に晒されれば見てしまうっていうのは人間の本能よ。


「あーあ、ボタン外れちゃってんじゃない」


しかも取れかかってるし。やれやれ、肩を竦め、良心から彼女の襟を正しボタンを留めてやろうと手を掛けた時だった。一回睫毛が揺れたかと思えばゆっくりとその瞼が持ち上がり呆然としてしまう。


「あ、れ…ラベンダー、っ…!?」


勢いよく起き上がるなり、大きく開いた自身の胸元と私の顔を交互に見合わせては怪訝な表情して口を開く。


「な、なにしてっ!?ももももしかして、ラベンダーさん男でも女でも両方イケるとかそういう?」

「…はぁ?」


この馬鹿が。んな訳ないでしょ。呆れた顔で近づくと何を思ったのか、ナマエがおどおど私を凝視しながら身を引こうとするがその後ろはソファーの背もたれだ。逃げ場のない彼女にそのまま詰め寄り更に距離を無くしていくと表情がどんどん焦りに塗れていって笑ってしまう。「えっ、あの、なにか?ていうか近っ」さっきから下らない事を言うその煩い口を塞いでやろうと、私はそっと彼女の唇に押し当てた。…買ってきたばかりの、ロールパンを。


「…」

「…」

「おいしい?」

「うん」


ぽぽぽっ、と、ナマエの頬がほんのり赤くなる。「なに期待してんのよ」「なっ、別に期待なんか…!」「キスでもされるかと思った?」にやりと笑って茶化すと彼女は更に顔を赤くしてふいと私から視線を外した。あら、意外。


「少しだけ」

「…ふーん」


案外素直なとこもあんじゃんない。まあ別にだからといって可愛いとは思わないけど、調子狂うわね。黙々とロールパンを頬張る姿はなんだか小動物みたいだ。さしずめリスといったところか。佐竹の好きそうな、如何にも守ってあげたいって感じよね。


「…ハっ」

「えっ!何でいま鼻で笑ったんですか」

「なんかムカついたから」

「えぇ?なんて理不尽な、ていうかなんかって何なんですか」

「…」


小さくて柔らかくて守ってあげたい、ザ、女の子の彼女に、悔しいが嫉妬してるんだと思ってた。けれどこれに別の感情が含まれているというのに気が付いたのは、まだまだ先の事。


「えへへへ」

「何よ突然笑いだしたりして、気持ち悪いわね」

「やだラベンダーさん辛辣。でも前よりは、ラベンダーさんと仲良くなれた気がして」

「…自意識かじょー」

「えー?だって前だったら話しかけても無視の連続だったじゃないですか。中々へこむんですよー?あれ」

「…」

「だから、こうして距離を縮められて、純粋に嬉しいなと思いまして」


うん、嬉しい。ゆっくりと確かめるようにして、ナマエが再度呟き微笑んだ。可愛くなんてない、ぜんっぜん。これっぽっちも。…でも、可愛げはあるんじゃないの?…とか、やっぱ今の無し、うん、無いな。けど妙に胸がざわつくというか、騒がしいこの感じは一体なんなんだろう。


「ほら、口元マーガリンついてるわよ」

「取ってくれてもいいですよ?んー」

「調子に乗るんじゃない」


ー××色の感情ー


(最初はグレー、次は黄色、続いてオレンジ、じゃあ今は…?)


20150831


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -