「ナマエ、まーたこんな所にいて。風邪ひいちゃうから中入んなさい」

「…」

「また来たよみたいな顔しない」

「うわー、また来たよ」

「え、そんなわざわざ口にしなくても」


高台の手摺りに肘を置き広い景色を一望していると、ジョコマンが私の後ろに立ち両肩へと手を置いてきたので舌打ちする。この近い距離をどうにかしたいのだけれどこれでは逃げられない。「お望みの物は見えたかい?」そう皮肉を言って笑うジョコマンを睨みつけるけど、奴はますます楽しそうにその笑みを濃くするから悪趣味だと思う。


「見えないよねぇ見える訳がない。待ったところで無駄なんだからいい加減僕の物になっちゃえばいいのに」

「ジョコマンのセンス最悪だから嫌。私そんな物好きじゃないし」

「きっついなぁナマエちゃん」


奴の手を払い除け、踵を返した。「それと、」ついてくる足音に顔も向けず言葉を放つ。浮かぶのは今朝の朝食だった味噌汁をぶっかけられたあの光景、もう冷めていたから火傷はしなかったけど、お気に入りの着物は汚れてしまった。


「いい加減あなたのお銀なんとかしてくれない?最近私へのイジメがますますヒートアップしてて大変迷惑なんですけど」

「うん、僕のお嫁さんになってくれるなら今直ぐにでも廃棄してあげるよ」

「わあぁジョコマンさん嫁が欲しいならもうお銀でいいんじゃないかなぁほら彼女ジョコマンのこと大好きだし美人だし」

「僕はナマエをお嫁さんにしたいんだ」


するり、ジョコマンが私の腕に自分のを絡ませて引っ張るから、自分の意思とは関係なしに奴の胸へ飛び込んでしまった。そのまま抱き締められ、ため息。ガリガリで私よりも軟弱そうな身体してる癖に、腕に籠る力はこんなにも強い。


「放してよ」

「ヤダ」


飄々と言ってのけてはぎゅうと苦しいくらいに抱き締めてくる。まったく、厄介な物に気に入られたものだと思った。捕虜になって連れて来られて、私が雲黒斎を未来人だと勘付いたのと同時に奴も私が未来から来ていると察したらしい。私に正体を現した彼はその後も、本当の姿で私の横にいるようになった。その時のやり取りがこれだ。「いやー、君の前だと本当の自分でいていいから楽だよ。しかも同じ未来から来てるなんて奇遇だねぇ。本来なら殺しちゃうところだけど、どう?君僕のお嫁さんにならないかい」「嫌です」「うわ即答だねぇ」なにがお嫁さんにならないかいだ。嫌に決まってるだろう、だってこいつは、吹雪丸の妹を捕らえた挙句彼の両親までもを死に追いやった男。私はこの男が許せない、もうずっと、吹雪丸の隣で彼の苦しみと悲しみを見てきたから。それでも吹雪丸は絶対に弱みや涙を私の前では見せなかったけれど、私はあなたに、


「…!」


不意に顔へと影が掛かり、目線を上げるとジョコマンとの距離があまりないことに気づいた私は咄嗟にグーで奴のお腹を殴る。ほぼ条件反射だったけど、凄い呻き声を上げてジョコマンが離れたので結果オーライである。でも今のは危なかった、本当に。


「いたい、痛い痛いナマエ何するんだ痛いじゃないか!」

「それはこっちの台詞だ、今キスしようとしてただろう!」

「ぼーっとしてるナマエが悪いんだよ。ていうか凄い気持ち悪いんだけど、何か臓器が出てきそうだ」

「あぁそう良かったね」


うぅ、痛い、痛いよぉ、ナマエが素っ気ないよぉ。ついにはその場に蹲ってうだうだ言い出したジョコマンに言ってあげる。


「あのねぇ、利き手とは逆の方で殴ったの、痛いのなんてすぐ治る」

「…」

「…聞いてる?」

「…」

「…、ねぇ」


急に黙り込んだりするから、少しだけ心配になって私もしゃがみ込む。ナマエには用心というものが足りていない、敵に情けは無用だ、その優しさに漬け込まれないよう常々気を付けろ。吹雪丸が私に対して、口癖のように言っていた忠告だった。でもごめんね、私はこの男と毎日一緒にいて、どうやら気が緩んでいたらしいの。


「ナマエは本当に単純だねぇ」


ちゅう。リップ音。後頭部に回った手に押されてジョコマンの唇が私の額に触れる。


「っ、こんのおおお!」


思い切り奴の足を踏んでやると早速悲鳴を上げる。速い心臓の音と熱を持って凄い熱くなる顔にやられたと思った。


「おでこにしたのに!」

「関係ないわ!」

「けど顔が赤いところから満更でもないたい!」

「煩い、もうジョコマン私の半径一メートル以内に入って来ないで」


言ってるそばからこの男は私の着物の袖を引っ張ってその腕の中に取り込んでしまう。そのせいで私は尻餅をついた。いった、お尻打ったじゃないか。うんざりとした面持ちでジョコマンを睨む。けれどジョコマンは「あー可愛いナマエ。早く僕の物にならないかな」なんて呑気なことを言うから。


「ならないよ、永遠にね」

「どうかな。君の待ち人は随分とのんびり屋さんみたいだし。君が囚われの身になって一体どれだけの時間が経ったのか、数えてみたかい」

「…うるさい」

「毎日同じ景色をここから見渡して、それでも来なくて、本当は君も気付いてるだろう?もうとっくに君は、」


今度は肘でジョコマンをど突いてやると難なく黙り込んだ。あのねぇジョコマン、地雷、踏んだね。


「ナマエ、僕と結婚するに当たってその癖は直して欲しいんだ。DVダメ絶対」

「吹雪丸は来るよ」

「…ほぉ」

「見放したりなんてしない。あの人は、仲間を大切にする人だから」

「そうして言い聞かせないと、不安でしょうがないんだよねぇ」


にたり、意地悪く笑ったジョコマンに唇を噛む。眉間に皺を寄せながらも目に涙が滲むのは悔しくも心の奥底にあった本音を突かれたから。この広い景色を眺めていると不安に駆られる時もある。ひと月、ふた月、時を重ねる程怖くなる。もしかしたらと疑ってしまう事もあるし、助けに来てくれるなんて絶対的根拠もないけど、


「それでも私は信じてるの」


今にも零れてしまいそうな涙を目一杯に溜めながらも、私は泣くまいと必死に堪えジョコマンを睨みつける。ジョコマンの表情が僅かに険しくなった。


「吹雪丸は来てくれる。私をここから、救い出してくれるから。あなたの思い通りになんてさせない」

「…飛んで火に入るなんとやらってね。そんなの、来たところで返り討ちさ」



ー囚われの椿ー


(そんな事させない、あなたが吹雪丸を手にかけようとしたその時は、私も命を張って戦うよ)
(そんな私をジョコマンはどこか切なそうに見つめるのだ)
(私を捕まえる腕が、少しだけ強くなった気がした)

20150808


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