「ちょっとナマエ」

「ちょっとナマエ!」

「話が違うじゃないのよ!」

「違うじゃないのよ!」


ニーナの言葉を、サリーがオウム返ししながら私に顔を近づけ詰め寄ってきたものだから、その迫力に押されて思わず上半身を後ろに仰け反らした。いやだって怖い、顔、二人とも顔!


「ちょっと待って、落ち着こう?これなんの話?」

「しらばっくれちゃって」

「所詮あんたも女だったってことよね」


え、そりゃね。だって私男になった覚えありませんもの。言ったところで二人のボルテージが上がってしまうのは分かっているため大人しく口を閉ざしたが、ここまで言われたら二人が何で怒っているのかも想像つく。ずばり、男だ。


「二人ともなんか誤解してる。だって私この二週間ずっと仕事詰めで男の余裕なんてなかったもん。一緒の任務も多かったんだからニーナとサリーだって分かってるでしょ?」

「じゃあアレは一体なんなのよ!」

「アレってどれ」

「そうよそうよ!あたし達がミスターハブに首ったけなの知ってるくせに!」

「え?」


昨日ナマエとハブ様が奥の部屋入っていくの見たんだからねっ、一体中で何してたのよ!ヒステリックに叫んだサリーに頭が痛くなった。何って、仕事の話に決まっているじゃないか。じゃなきゃ誰が好き好んであんな男と、…まぁご飯に誘われたりもしたけれど、生憎私は彼のことなんとも思ってない。寧ろ毎回のセクハラで困ってるくらいだ。


「何時間も出てこないで、あーやしー」

「…あのねぇ、私ミスターハブになんてこれっ、ぽっちも興味ないから!ハブ様と付き合うくらいならニーナと結婚するわ」

「え」


ニーナがぽっと顔を赤らめる。え?思わず聞き返したよね。サリーが呆れたようにニーナを小突く。


「ちょっと、あんたも何満更でもなさそうな顔してんのよ」

「だって、ナマエがあんまりにもすぱっとプロポーズするから」

「プロポーズじゃないよ、例え話だよ」


ていうか、ニーナの照れ顔とかギャップが、凄まじい。でもちょっと可愛かった。これが所謂キモ可愛いおっさんというやつなのだろうか。


「けど意外、ニーナでも女の子にきゅんとする事あるんだね」

「え?違うわよ、そんなのナマエにだけだし」

「…あのそれは、今度は私をきゅんとさせようという魂胆ですか」


これまた無表情に淡々と言ってきたものだから、さっきの仕返しかとさえ思った。きゅんまではいかないけど、うん、嬉しくないわけじゃない。けれどすぐに「だって、ナマエは女って感じしないじゃない?」と言われては?と顔を顰める。


「あー!それ分かるかも」

「ねぇ?」

「待って、待って、私そんなに女の子らしくない?確かに服は仕事柄いつも動き易い格好してるけどさ、」


でもちゃんと化粧は毎日してるし、色気は無くても言動は女の子っぽくしているつもりなのだけど、しどろもどろ、あ、なんだか自身無くなってきた。しょんぼり落ち込みだした私の肩をぽんとサリーが叩く。続けて違う違うと手でジェスチャーしたサリーに小首を傾ると、「うん、そういうとこは女よね」と言われきょとんとなった。


「え?」

「だからそうやって、首こてんってするとことか見た目はまんま女なんだけど」

「けど、なに」

「ほら、ナマエって妙に男らしい時あるじゃなあい」

「そうそうそれね!」

「虫がうじゃうじゃしてる壺の中に手を突っ込んで鍵取り出したときなんてねぇ、」

「普通の女はまずしないわよねえ」

「う、だってあれは、サリーもニーナも無理!出来ない!って私に押し付けたから!」


そりゃ私だっていやだったよ!でも私がやらなきゃ誰がやるのよ状態だったじゃない!うん!


「あとはあれよあれ、潜入スパイでナマエが裏切り仕掛けて逃げる時?軍服にあんなおっきいバズーカ構えてさぁ、足引っ掛けて転んだあたしを負ぶって走り出した時は本気で惚れるかと思ったもの」

「…そういえば、そんな事も、」

「あったわねぇ」


軍服に黒いタンクトップに黒ブーツ。それで軽々とまではいかないけど、背負ったバズーカにナマエあんた、意外と力持ちねとあっけからんに言われたのは今でも覚えている。そしてすっ転んだサリーを慌てて回収したのは確かに私。その先のドアが鍵閉まってて開かない!なら蹴飛ばせばいいじゃないと冷静に言い切りドアを蹴り破って進んだのも私だ。…あれ?よくよく思い返してみると私なんか男らし、


「ちょっとナマエ、一回男装してみない?」

「まずは髪切ってみて、」

「声低くしながら喋ってみて、」

「ほらあんた割とタッパあるし」

「ていうか寧ろ性転換してみない?」

「ナマエって今年いくつだったかしら」


ひぃふぅみぃ、うん、年下だけどありね、問題なし。年の差を数え始めた二人に多いに突っ込みたい。


「いやいやいや問題ありまくりだよ!何故そうなる!」

「あ、今の言い方ちょっと良かった、ナマエもう一回言って?」

「え、やだ」

「もーいけずぅ」


ばし。肩辺りを叩かれて変な声が出た。と同時に少しよろけると、顔面からニーナに突っ込む。


「あ、ごめんニーナ」

「…」

「?…ニー、」


え、うん、…え?空いた口が塞がらない。もう私の頭上にはハテナが三つくらい浮かんでいると思うのだが、誰かこの状況を説明して欲しい。え、何これ。私の後ろでは「え、ちょっとあんた、え、」とサリーが同じく狼狽えている。


「あの、ニーナ、どーし、」

「いやぁ、ナマエって…」

「…」

「抱き心地いいのねって思って」


額に汗が滲むのが分かった。行き場のない両手を不自然にも浮かせたまま固まっていると、「まっ、あたしはやっぱり抱き締めるよりも抱き締められる方がイイけどぉ」と笑い飛ばしながら速やかに離れていったので取り敢えず笑っておく。えへへへへ。焦った、私はまさかニーナにガチで惚れられたのではと思ってしまったよ…


「えーどれどれ、あたしもやりたーい」

「え、普通にやだ」

「いいから大人しく抱かれなさいよ」

「サリーその言い方止めて、なんか卑猥なんだけど」


言っている合間にも強引に手首を引かれすっぽりとその腕に抱きしめられる。けれどニーナよりも女性らしさがあるせいか、さっきよりも緊張しないことから少しだけ安心して肩の力を抜いた。ぽてっ。サリーの肩に顔を預けると彼女専用の香水の匂いがする。


「あー、確かに抱き心地はいいわね。抱き枕みたい」


不意に強く抱き締められてどきっとした。それもすぐ耳元で喋られた声がやけに低く感じられて、背中にゾクゾクが走り抜けたのにサリーが男だということを再認識させられたみたいだ。再び身体が強張り始める。あ、ちょ、何してんの私、意識しちゃダメじゃん。しかしそうなると益々サリーの広い肩幅とか逞しい腕とかに神経がいってしまい、ついに私の心臓が速くなり始めた。ヤバイ、ヤバイ落ち着け、サリーにばれる。


「ちょっとぉ、ナマエあんたさっきからなに黙り込んで…、っ!」

「え、なになに、どうしたのぉ?」


唖然と固まったサリーにニーナが食いつく。私は無言で、顔真っ赤にして、動けなくて、これから二人に茶化されるのだろうと思うとこめかみが痛くなった。


「もう信じらんなーい!あんた何でこんな心臓の動き速いのよ、ていうか顔真っ赤、」

「だって、サリー思ったより男の人だったから、」

「男の人って…あのね、そんな生々しい言い方しないでよ。大体ナマエだって、」

「もうやめて!言わないで!」


やけになって思い切りサリーに抱き付いた。そしたら気づいてしまったのだ、あれ、なんかサリーの心臓も速くない?恐る恐るサリーを見ると、慌てたように言葉を付け足されて余計呆然としてしまう。


「え、サリー、」

「こういうのはねぇ、伝染するもんなの!ナマエのせいであたしまでドキドキしてきちゃったじゃない」

「えっ、」

「え?」

「…」

「…」

「…ちょっと突っ込んでいい、なにこの空気、アタシお邪魔な感じ?」

「「何言ってるのそんな訳ないでしょ!?」」


がし、どこかへ行こうとするニーナをサリーと片腕ずつ捕まえて行かないでと懇願する。いやよ、だって、私たちを本気で振り払おうとしてるニーナはどこか怒っているようだった。


「妬けるじゃない。二人してそんなイチャイチャしちゃってさ」

「えっ、」

「ナマエはサリー取っちゃうし、あたしまるで空気じゃない!空気!」

「あーんもうバカねー、あたしのパートナーはあんただけよ?」

「サリー!」

「ニーナ!」


ニーナとサリーが目を輝かせながらがっしり手を握り合う。友情の再確認してるのを端っこで一人眺めながら思った。あー、そっちかー。一瞬でも私を取り合ってるのかと勘違いした自分がとんでもなく恥ずかしくなって手の平で頬を覆った。まぁね、二人は私が入るより前から仲良しのパートナーだもんね。そう考えると今度は私が二人のラブラブぶりに嫉妬してしまうよ。


「サリー!ニーナ!」

「ん?」

「なによ」

「私も二人大好きだからね!私のことも空気しないで!」


ぽかん。今度は二人が唖然と私の事を見つめ返す。けれど直ぐに当たり前じゃなーい!だのそうよそうよ、あたし達だってナマエの事大好きだし、と熱い抱擁を受けて嬉しくなった。



ー三角形に仲間入りー


(あ!でも男に関しては容赦はしないわよナマエ!)
(そうそう、それだけは譲れないわね)
(分かってるよ。その代わり、二人の興味ない人だったら応援してくれる?)
((えー、それもどうかしら))
(ちょ、手伝ってよ!)

20150725


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