物心ついた時からUMAとかUFOとか、地球外生命体にとても興味があった。女の癖に変な奴!って、学生時代はよくからかわれて嫌な思いも結構したけれど。宇宙人大好きな自分に後悔などはしていない。それに本当に宇宙人に出会えた今、最早そんな過去はどうでも良かった。


「しーりーりーくんっ!」

「…お前、また来たのか」

「何度だって来るよー!だってシリリくんいつ帰っちゃうか分かんないんだもん」


言いながら、野原家の縁側に腰掛けてカバンを肩から下ろす。おぼんに麦茶とお茶菓子を乗せたみさえさんが私を見て、「あら、また来たの」とシリリくんと同じ反応を見せた。


「お邪魔してます」

「貴女も飽きないわねぇ」

「飽きる訳が無いですよっ!夢にまで見た宇宙人との接触ですもん」

「…でも貴女の顔見るの今日で3日連続な気がするんだけど。お仕事は?」

「あぁ、有給取って来てるんで大丈夫です。因みにあと2日は来ます」


みさえさんがアハハと乾いた笑みを浮かべる。本当、よくやるわねぇと零すみさえさんから麦茶を受け取りいただきますと返す。口に含んだ麦茶が冷たくて美味しい。うーん、野原家の麦茶だなぁ。ウチはウーロン茶だから野原家の麦茶は割と新鮮だったんだけど、それにも慣れてくるくらいには此処に通い詰めた。ふとシリリくんを見やると、ボンヤリ空を見つめてノスタルジックに浸っていた。きっと故郷が恋しいのだろうと想像して私も切なくなる。シリリくんの事、帰したくないなぁ…。


「まぁゆっくりして行って頂戴」

「ありがとうございます!」


2人きりになった所でにっこり。じゃーん!とカバンからお弁当を取り出してみせると、シリリくんは目を爛々と輝かせながら歓声を上げた。


「ナマエの!手作り弁当!」

「えへへ、今日は腕によりをかけて頑張っちゃった」


お醤油もあるよ、と言いながら、お弁当箱の蓋を開けて醤油をビチャビチャに掛けてあげる。正直こんなに醤油を掛けてしまったらどんなオカズも醤油味で、シリリくんにとってはどんなオカズでも美味しくなるのでは?とも思うけど。それでもシリリくんはいつも美味い美味いと私の作ったお弁当を頬張っては褒め称えてくれるのだ。


「ナマエの作ったお弁当が一番美味い」

「醤油味だけどね」

「分かっていないな。美味い弁当に醤油を掛けたらもっと美味くなるに決まっているだろう」

「…なるほど」


確かに、それも一理あるのか。ふむと考え込んでいると、シリリくんが今日のメインであるミニハンバーグをお箸で取って口に放った。手足をジタバタさせて、ん〜っ!と声を上げるシリリくん。どうやら気に入って頂けたようだ。瞳の中に沢山の星を浮かべるシリリくんを見ていると、何だか私まで嬉しくなってくる。やっぱり男の子って皆ハンバーグが好きなんだなぁ。それは宇宙人も一緒らしい。


「ナマエは良いお嫁さんになれるな」


そんな事を言われてついドキリとする。いくらずっと会ってみたかった存在とはいえ、こんな宇宙人の子供に本気で恋に落ちたと言ったら一体誰が信じてくれるだろうか。間を開けてから本当…?と訊ねてみる。打って変わって、シリリくんからは間髪入れずに返事が返ってきた。


「あぁ!しかもオレのお墨付きだからな!」

「じゃあ将来は私と結婚しようよ、シリリくん」


私の事、お嫁さんにしてくれる?そう、シリリくんの方を真っ直ぐと見据えて聞いてみる。その時、一瞬だけ時が止まった様な感覚に見舞われた。良い歳をして、胸はドキドキの緊張状態で。シリリくんの大きな黒目が僅かに揺らいだ気がした。


「なっ、は、え…何言って」


挙動不審になって私から余所余所しく目を逸らしたシリリくん。あー、これは玉砕したなぁ、と思うと年甲斐もなく胸が震えて痛くなった。まぁ、そうだよね…。人間と宇宙人だし、そもそも歳が違い過ぎるし。静かに意気消沈する私に構わず、シリリくんは顔を真っ赤にしながらポツンとボヤいた。


「い、いいよ…」


って、消えてしまいそうな程小さな声だったのと、予想外の返事だったのとで私は思わずえ?と聞き返してしまった。シリリくんはシュウシュウと音を出して縮こまりながら、もう一度「いいよ」とはっきり言ってみせる。今度は私が慌てふためいて驚く番だった。


「えっ、あ、…いいの?」

「なっ、何だよその反応はっ!まさかオレが子供だからからかったのか!?」

「ちちち違うくて、!その、…まさかOK貰えると、思わなかったから、」


さっきまでの勢いは何処へやら。しょぼしょぼと火が消えて行くかの様に大人しくなると、今度は無性に不安になってくるから難しい。


「…良いの、こんなおばさんで」


消え入りそうな声でそう問い掛けるけど、シリリくんはやっぱり間髪入れずに即答してみせるから敵わない。


「何言ってるんだよ。綺麗なお姉さんの間違いだろ」

「…えへ、宇宙から見ても通用する容姿だなんて、光栄だなぁ」


なんて言っておちゃらけてみるけれど、内心いっぱいいっぱいで気を抜くと泣いてしまいそうだった。凄い、この短い時間内で喜怒哀楽がグルグルとしている。色々な感情が混ざり合って結局最後には涙腺に回ってくる。ヤバい、本当に泣いちゃいそう。それほど好きだったし、それ程私にとっては本気の恋だった。


「…シリリくん」

「ん?どうした?」


首を傾げる姿の愛らしい事。私も一緒に連れて行って、と、遠慮なく言えたらどんなに良かったか。この小さな男の子ならパアっと笑って叶えてくれるのだろうけど、厳格なこの子の父親が許さないだろう。何よりもシリリくんはまだまだ育ち盛りの男の子なのだ。それは地球でも宇宙でも変わらない。この先私よりももっと好きで大切で、お嫁さんにしたいと思える人がこの広い銀河の中で現れるのかもしれないと想像して一度目元を強く擦った。可笑しいなぁ。こんな的外れな恋愛、する筈じゃなかったのに。催促するでも無く、遮るでもなく、シリリくんはただ黙ってわたしの言葉の続きを待っていた。


「…私の事好き?」


言葉に詰まった末、結局そんな事を聞いてみる。何だかんだ一番気になっていた事なのかもしれない。照れて誤魔化すかと思いきや、意外にもシリリくんは「当たり前だろ!」と得意げに言ってみせる。


「大好きだから将来はナマエと結婚するんだ」

「…えへへ、そっか。ありがとう」

「… ナマエは?」

「うん?」

「ナマエはオレの事、好きか?」


その質問にまた泣いてしまいそうになる。涙脆くなったのは歳の所為だと言ってしまいたいくらいには涙腺が危うい。でもそれくらい好きなのもまた事実なのだ。


「うん、大好き」


今にも泣き出しそうな顔で笑んで、そっとシリリくんの手に自分のそれを重ねた。ビックリしたのか。ぴゃっ!と飛び跳ねるシリリくんだけど、振り払う気配は無かったし顔を赤らめてモジモジするのがとんでもなく可愛かった。あぁ、この幸せな時間が永遠に続けば良いのに。


「…大人になったら絶対、ナマエの事迎えに来る。約束するから」

「うん、待ってるね」

「浮気したら許さないんだからな」

「シリリくんこそ」

「する訳ないだろ!…あのなナマエ、オレ、本当は、」


シリリくんが何か言い掛けて、止める。何となく察してしまったその続きを、私は大人しく待つべきなのか。迷った末にギュウとシリリくんの手を握り締めて一つ笑った。


「シリリくん、帰る前に私にバブバブ光線撃って行ってよ」


歳の差だけでも、埋めようよ。合法だけど。笑いながらそう提案をしてみる。シリリくんは少しだけ難しそうな顔をして、うんうん唸りながら片手で何やら計算を始めた。おっとやばい、ここまで秘密にしてきた年齢がバレてしまう。


「…25年前にはもう生まれてるのか?」

「うーん、ギリ?」

「ギリ…」

「万が一シリリくんにポイされてもそれで第二の人生始めるから大丈夫」

「な、なんて酷い事言うんだ…!ナマエだって、やっぱり人間の男が良いって乗り換える可能性あるだろ!」


冗談のつもりだったんだけど、シリリくんにはそうは聞こえなかったらしい。声を張り上げて、ちょっと泣きそうになっているのが可愛いくて自然と口角が緩んだ。不安そうにするシリリくんに「ないよ」とハッキリ否定してあげる。涙で潤んだ瞳が静かに私を見上げた。ずっと会ってみたかった宇宙人。私の青春も全て宇宙やミステリーに費やして来たのだ、今更興味が無くなるなんてあり得ない。


「はなから地球の男に興味なんてないよ」


正直決まった、と思ったし、我ながら中々良い口説き文句なのでは?と思った、のだけれど。シリリくんは余計に目を潤ませながら「他の異星人だってダメなんだからな!?」と詰め寄って来るので呆気に取られた。ついその勢いに押されて口角が引き攣る。


「人間の男に興味は無くても、カッコイイ系の宇宙人には興味があるんじゃないのか」

「そっ、そそそ、そんな事は、」

「そこで挙動不審になるなよ!不安になるだろ…」


安心させるつもりが余計不安にさせてしまっただろうか。ぴょんと私に飛び付いて来たシリリくんを咄嗟に受け止めて抱き締める。可愛すぎて呼吸が止まるかと思った。すき。

私が宇宙人という言葉に異常な程反応する事を知っているシリリくん。彼に初めて会った時も感激し過ぎて常に目はキラッキラ、頬は紅潮しっぱなしだったし。興奮状態で一緒に写真良いですか!?と近付くと、シリリくんが僅かに後退しながらおずおずと頷く姿は強く印象に残っている。八尾さんの次に出会った人間というのもあり、シリリくんは訝しげにしながら「人間って皆こうなのか?」としんのすけくんに訊ねていたっけ。それからは毎日の様にシリリくんシリリくんって、異様な程の執着心を見せていたので、他の宇宙人にもきっとそうだと思い込んだのかもしれない。…確かに、他の宇宙人にも興味はあるけど、


「…大丈夫、好きになって結婚したいと思うのは、シリリくんだけだよ」

「……本当か」

「うん」


例え蛙の見た目をした侵略者が来ても、トランスフォーム出来る地球外生命体と出会ったとしても、


「私が結婚したいと思うのは、ナースパディ星人のシリリくんだけだよ」


泣きたくなるくらい、鮮やかで清々しい青空の下。私は宇宙人の男の子と結婚の約束をした。



20210313


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