「今我々の活動資金が底を尽きようとしている」 「ロボット開発ってかなりお金が掛かりますからね」 「そうだ。少しでも活動資金を増やす為、先日頑馬に作らせた美少女ロボの存在は覚えているかな?」 「…あぁ、リアルな女の子ロボットで疑似恋愛が出来るっていう。そういえばあの作戦ってどうなったんでしたっけ」 「失敗に終わったよ」 これがその美少女ロボ元祖の美香ちゃんだ。そう、署長の奥から出てきた彼女はお世辞にも可愛いとは言えない身なりで思わずうわと零してしまう。「触ってみたまえ」そう促されて恐る恐る美香ちゃんの手を握る。…固い。ロボットの発明に長けている博士だけど、女の子には慣れていない為こんな結果になってしまったのだろうと予想して眉を下げた。 「いやぁ、これは厳しいですよ総裁」 「うん、僕もそう思う。そこでナマエ、是非キミに協力して欲しいんだ」 「はぁ」 「美香ちゃん改良の為一役買ってくれないかい」 「…と言いますと?」 「生身の女の子の身体を実際に触って美香ちゃんをより精巧な女の子ロボへと変貌させるのだ」 えっ。短く呟いた驚きの声が口の中で消える。総裁はすでに手袋を嵌めて私へとにじり寄っていた。 「ちょ、ちょっと待って下さい、総裁が触るんですか?私の、身体を?百歩譲った所で博士ではなく!?」 「…じゃあ逆に聞くけれど、ナマエと対面した頑馬が淡々とこの研究を遂げられると思うかい?」 そう言われて想像する。確かに。ただでさえ私とロクに目も合わせてくれない程人見知りの博士が、研究の為とはいえ面と向かって私にベタベタ触ったり美香ちゃんの改良を行なったり出来るのだろうか。目のやり場り困りながら赤面してワタワタとする博士の姿を思い浮かべて益々眉尻を下げてしまう。 「なぁに、データの収集くらい僕にだって出来るさ。ナマエは大人しく触られているだけでいい。そうすれば直ぐに終わるよ」 そうやって総裁に促され、元々断るのが苦手な私ははいと二つ返事で了承してしまった。薄着になるように言われて渋々上着を脱ぐものの、総裁は手始めに私へと手を伸ばしてきたので恐る恐る握り締める。しなやかで指が長い。けれど骨ばった男の人の手だ。少しだけドキリとしてしまう。最初はただの握手だったのが、次第に総裁は私の手の隅々までを撫で回して、人差し指の先から根本までをなぞると「綺麗な手だね」と呟いた。 「…そう言う総裁の方こそ、綺麗な手をしているじゃないですか」 己の美しさには否定をしないのが総裁だ。どうせ今回も当然だよとか言ってドヤ顔するのだろうと思ったけど、意外にも総裁は愁いを帯びた表情で笑った。 「面白い事を言うね。僕の手は汚れて真っ黒だっていうのにさ」 「総裁…」 「さぁ次は二の腕だ」 「ええっいきなり飛躍し過ぎでは!?」 「触るよ」 「ひいっ!」 総裁のしおらしい姿につい隙を突かれてしまった。ふに、とか無遠慮に、総裁が私の二の腕を掴むので反射的に身を捩る。二の腕を触られる際に少し胸にも手が当たっていた気がして、私は自身の腕で庇うようにしながら抗議の声を上げた。 「セクハラはやめて下さい!」 「おや、人聞きが悪い。この程度でセクハラ扱いとはね。じゃあこの先一体どうするつもりだい」 「この先…?」 「…例えば、」 胸、とか。自然と総裁の視線が私の胸元へと下がる。あからさまに顔を顰めながら総裁を見やると、彼は相変わらずのポーカーフェイスで「美香ちゃんの胸に触れてご覧よ」と言うので触ってみた。ゴム毬か!やっぱり固さの残るその感触に項垂れたくなる。 「博士…」 どれだけ女の子に疎いんだ。でも、それはそれで何だか可愛いかもしれない…。 「ていうか、ドサクサに紛れて私の胸まで触るつもりですか」 「…ダメかい?」 「当たり前でしょう!セクハラで訴えますよ」 「しかし困った。それでは美香ちゃんロボの改良が上手くいかなくてキミ達の給料にも影響が出てしまうなぁ」 「えっ」 「この作戦が上手くいった暁には、手伝ってくれた報酬としてナマエの給料は跳ね上げさせるつもりだったんだけど…嫌だというなら仕方ない」 蘭々にでも頼もうか、と顎に手を当てながら背を向けた総裁に、つい「わああ待って下さい!」と制止の声を上げてしまった。「まだ何か?」振り返りざま、してやったり顔で笑う総裁が恨めしい。 「き、気が変わりました…、」 「それは良かった」 くううっ、だってロボ開発の博士と助手兼ね秘書の蘭々に比べて私の仕事は楽だしその分お給料も低めなんだもの…!これ以上下げられるなんて堪ったものじゃない。うら若き乙女でもあるまいし、胸くらい…仕方ない!そう割り切る事にした。総裁は私の手や二の腕の感触をメモしながら、静かに私へと向き直った。 「それじゃあ失礼するよ」 綺麗に揃えた指でふにゅりと私の胸に触れる。お医者さんが触診をするような手つきで、あくまでも業務的に。フニフニとその柔らかさを確かめた後、総裁はふむと1つ唸って詳細をメモへと書き込んだ。 「シリコン、でもまだこの柔らかさには到達しないか…しかしそれ以上の材質にすると予算が、」 なんてブツクサ言っている総裁に、一応ちゃんと考えてデータを取っているんだなと感心した。もっとガッツリ揉まれてしまうかもとも思っていたけど。そうだよね、仮にも仲間。そんな気まずくなるような事する訳ないか…。また私の手を握り、腕の太さと二の腕の柔らかさを確認しては美香ちゃんに触れメモを残す。その動きがあまりにも淡々としているのでついボーッとしてしまったのだ。 不意に総裁の手が再び私の胸に触れて、ムニっと揉まれたのに驚いて飛び退く。「ひゃん!」とか艶っぽい声を出してしまったのに赤面しつつ、慌てて両手で口を押さえるけどもう手遅れで。総裁は豆鉄砲を喰らったような顔をして私を見ていた。き、消えたい…今すぐ空気中に溶けて無になってしまいたい…。 「どうかした?」 「ど、どうもしないです!」 ニヤニヤと口元を緩めて楽しそうに私を見つめる総裁を睨みつけてみるものの、多分あんまり効果はない。「もう少しだけ触るよ」と、総裁が少し力を入れてやわやわと。最早触るというよりは揉むという行為に、私は今度こそ声が出ないよう唇を引き結んで息を呑んだ。 「…っふ、う、」 「…」 息が少しずつ上がってくる。さっきまでニヤついていた表情が一変、至極真剣な顔付きで私の胸に触れるから、私は総裁にセクハラだと訴える事が出来ないのだ。何だか私ばっかり意識しているみたいで…嫌だな。 「…そう、さい」 「うん?」 「さ、触り過ぎでは…?」 「…ふむ、まぁキミがそう言うなら仕方ない」 あっさりと身を引いてくれた総裁を少しだけ意外に思う。しかしホッとしたのも束の間、「触感テストはこれくらいにして、そろそろ表情筋とボイス採取に移行しようか」とか言い出した総裁に目を剥いて思わず二度見してしまった。 「なっ、え、はい?表情筋?ボイス?何ですか、それ」 困惑する私に構わず、総裁はどこからか怪しい器具を取り出すと、私の顔にそれをペタペタ貼り出した。伸びたコードはパソコンへと繋がっていて、多分私の細かい表情を読み取る物なんだろうなと察する。 「やるからにはトコトン、だよ。彼女は僕とナマエの手により更に精巧な美香ちゃんへと生まれ変わるのだ」 「えぇ…」 「さぁナマエ、まずは笑顔から始めようじゃないか!」 「えええ、」 げんなりする私に反して総裁はやる気まんまんだった。その後はハニカミ顔拗ね顔泣きそうな顔と…色々な表情やボイスサンプルの採取で私はもうヘトヘト。顔中の筋肉が引き攣りすぎて、もしかすると筋肉痛になってしまうかもしれないとすら思えた。 「も〜っ無理です!表情が固まりすぎてピクリとも動かせません!これは筋肉痛決定ですよ」 両頬に手を添えながらブスっとした顔で総裁に訴えると、「顔の筋肉痛なんて聞いた事がないよ」と躱されてしまう。じゃあ私が第一人者ですね!と皮肉の一つでも言ってやろうかと口を開きかけたその時、総裁の手が滑り込んできて私の手の上に自身のそれを重ねるので呆気に取られた。…、そうさい…?ア然と固まる私の手を、総裁はそのままそっと剥がすなりキュっとそれなりの力で握り締める。そうしてふんわりとした微笑みを浮かべながら言うのだ。 「大丈夫。どんな顔でもキミは可愛いから」 なんて、キザな。しかしナルシスト上司が他人を褒めるなんて珍しくて、私はあんまり可愛いだなんて褒められていなくて。だからついつい露骨な反応を見せてしまったのだ。 顔が見る見るうちに赤くなる。ついでに心拍数も上がって総裁から目を逸らせなくなった。見つめ合うこと数秒、総裁はとても涼しげな顔をしている。そして耐え切れないといったように声を立てて笑い始めると、「表情動いたね」とか、そんな事を口にした。表情、動いたね…。総裁の言葉を口の中だけで復唱する。 パソコンがピピッと私の表情を感知して、モニター画面に「照れ顔」と表示がされている。そこで漸く私は総裁の言葉の意味を理解した。 「…総裁」 「じゃあこの調子で、次は怒った顔の表情でも、」 「総裁!」 「…やだなぁ冗談だよ。おや、でもパソコンはしっかりとキミの怒った顔も記録しているね。有能有能」 「…もういいです」 「ごめん、怒った?」 「怒りました」 ふいっ。頬を膨らませて、露骨に怒ってますよアピールをしながら顔を背ける。けれど総裁は相変わらず綺麗に笑うだけだから余計にムッとした。私の乙女心を弄んで、なのに総裁はずっと飄々としているから腹立たしい。私ばっかり意識してドキドキさせられて…ズルいじゃないか。 「まぁまぁ、約束通り給料は上げるし、美香ちゃんは責任を持ってより可愛く仕上げてみせるよ」 美香ちゃんなんてもう知りません!その時はそう声を上げたけれど、後日新美香ちゃんと対面させられた時は思わず目を丸めて口をポカンと開けて固まってしまった。 「ナマエちゃんっ、おはよう!」 そう言って笑顔で私に抱き着く新美香ちゃん。私の目を見ながら小首を傾げる様はどう見ても人そのものだった。硬かったボディも一変。地味に押し当てられた胸はしっかりと柔らかくて変にドギマギしてしまう。新美香ちゃんには、もう以前のザ・ロボット!といった面影は一切残っていなかった。普通の人間の女の子と瓜二つ。一応ボイス源は私のはずなのだけれど、断然私よりも可愛い声をしている…。寧ろ私よりも全然可愛い。提供元は全部私なのに!?なんかちょっとショックだ… 「やぁ、どうかな新美香ちゃんは」 「…見違えましたね」 「まぁ頑馬の力を最大まで引き出せればこれくらいは」 「…」 「おや、何か不満そうだね」 「…べつに」 そう否定してみるものの、総裁は見透かしたようにそうと笑って。私の顔を覗き込みながら言った。 「まぁ僕は、美香ちゃんよりもナマエの照れ顔の方が好きだけれど」 「…!」 「ほら、それ、その顔」 クスクスと可笑しそうに笑われてまた顔が秒で赤くなる。く、悔しい。総裁に翻弄されてドツボにハマっているのが余計に。「もうっ、からかわないで下さい!」そう声を上げて軽く睨みつければ、総裁はまた一つ笑って目を細めながら私を一瞥した。 「本気なんだけどなぁ。って言ったらどうする?」 …あぁ、もう。やっぱり総裁はズルい。 20190430 |