「あぁ、ワシ、説得失敗、なんやあのガキ…うん、今出て行けたで、あと頼んだわ」 プツンと、通信が切れたのに思わずイヤホンを外し強く握りしめた。侵入者、がっつり侵入しちゃってるじゃないですか!しかも入り口から堂々と…!持っていた試食用のトロロ芋を近くの係員に渡しわなわなと震える手を握りしめる。早足で受付へ向かえば、同じくご立腹した様子のジャガーさんとマッシュさん。腕を組みながら近づくと皆の視線が私へと集まったので淡々と言葉を紡いだ。 「この際仕方ありません。ですが捕まえてしまえばこちらの物です」 「ああ、せやな」 「私は持ち場を離れる事が出来ないので加勢は出来ませんが、後の事は皆さんにお任せしても大丈夫ですか?」 「勿論や、まかせとき!」 ドンと頼もしく胸を叩いたジャガーさんにこくりと頷いて腕時計を見やった。「ではお願いします」そう頭を下げて僅か10分。さっきと同じようにパーティの司会を続けていると、天井から何かが降ってきてみんなの視線が一斉にそちらへ向く。それが敵国のスパイだと気づいた私は、咄嗟に彼らを捕まえようと走り出した。他の皆さんは一体何をしているのか、このままじゃ外に出て逃げられちゃう…!これ以上は、もう敵国に私たちの研究を盗まれちゃいけない。その強い思いが私の足を加速させた。ぶつからないよう何とか人を避けながら無我夢中に追いかける。転びそうになって足を挫いた拍子にミュールが脱げたので、そのままもう片方のミュールも脱いでしまい素足で走った。 「お願い!待って、それを返して!」 プライドの欠片もないけれど、半ば叫ぶようにして出た言葉がこだまする。息も絶え絶えになって呼吸がしづらい。枝や小石を何度も踏んづけて、その度に走り抜ける痛みに顔を顰めた。裸足の足裏はもうボロボロだったけどめげずに走り続けて、ジェット機をつけ今にも飛び立ちそうな彼らに飛びつこうとしたらギリギリの所で掠る、そしてそのまま転んだ、いたい… 身体中が、心が、キシキシとしていてとても痛い。少ししてから、トロロ芋塗れになった皆さんが同じく息を切らしながら追いついてきた。私はあからさまに一つため息を漏らし、砂利をぎゅうと強く握りしめるてからおもむろに起き上がる。取り敢えず中へ戻りましょう。お説教はそれからです。自分でも分かるくらい声は低かったし、もうそういうオーラが出ていたんだと思う。たじたじになったマッシュさんがど、どうぞ、と靴を貸してくれたのでここは大人しく借りておくことにした。うう、歩くたびに足が痛い。くしゃりと表情を歪めてしまうとジャガーさんが肩かそか?と腕を引っ張ってくれる。もう、身も心もボロボロだ…はあ。 「まず、何故メガヘガデル2をあんな分かりやすい所に置いてるんですか。金庫に入れましょう?って何回も言いましたよね私」 「うぅん、で、でもなぁ?金庫入れたら頻繁に出せなくなるやん?」 「今日ぐらいは入れておくべきでした!説得まで失敗しちゃって、呑気にお茶してる場合ですか。私がなんの為に博士の代わりにパーティへ出席したと」 「ごめんなぁナマエちゃん」 「…いえ、謝らないで下さい。それで、受付さんは彼らの変装を見抜けなかったんですね」 「う、そ、その通りです」 「コントロールルームの皆さんは小芝居にやられマスターキーを盗られたと」 「ゆ、油断しました」 「そしてあなた方は何で同じ方向を見ながらの見張りをしていたんですか?」 「それはですねぇミヤマクワガタが、」 「そんなんだからザル警備って言われちゃうんですよ!もうこれ何回目ですかっ?スパイに入られて逃げられた挙句の果てに、自分たちのトロロトラップに引っかかるなんて」 「面目ない」 「不甲斐ないですわ」 「…もーっ、折角、私が、敵国の情報集めたのに、今回はしんのすけ君の名前と住所まで徹底的に調べて特定したのに。どれだけ苦労したと思ってるんですかぁ、」 突然の頭痛に見舞われ、両手で顔を覆いながら軽く目を伏せた。折角ハッキングに成功して初めて敵の情報を得る事が出来たのに。今日ここに忍び込むってことも分かってた、なのに、 「っ、また盗まれたっ」 メガヘガデルだけじゃない、今まで私たちの得てきた研究結果を、何度も何度も隣国に盗まれてきた。そしてその度に落ち込む皆の事も、ずっと見てきたから。だから私が守らなきゃって、思ってたのに、 「ナマエちゃん、ごめんなぁ」 そう、博士がまた謝るので、私は息を飲んで唇を噛む。 「っ、博士が悪いんじゃ、ありません」 極力気を付けたつもりだったけど、やっぱり声が震えてしまって、両手の内側がじんわり湿った。途端に皆がざわつきだしたのを感じとってゆっくりとしゃがみ込む。あたふたしながら、「せ、せやんな、俺たちが不甲斐ないばっかりに、」とジャガーさんが言うので慌ててかぶりを振った。 「皆さんのせいでも、ありません。悪いのは、横取りを働くあの人たちで、」 「うん」 「あれは、皆の研究成果なのに、あんな簡単に持って行かれちゃうのが、納得いかないんです」 「うん」 「…っ、く、くやしい、」 「…うん、せやなぁ」 ぽんぽんと優しく、博士の手が私の頭に触れるので堰を切ったように涙が溢れてきちゃうから困った。しかもポロポロと零れて止まらない。嗚咽とか本当勘弁して。 「っ、う、だから私が、守らないとって、思ってたのに、っ」 「ナマエちゃんはようやってくれとるでぇ。ほんまにありがとうなぁ」 「…せやで、ナマエの頑張りは、俺たちもよう分かっとる、ありがとう」 「そうですよ、俺たちが言うんもアレですけど、元気出してくださいナマエさん」 皆が、私の周りに集まって肩やら背中やらを叩いてくれる。相変わらず顔を伏せたままなのでどれが誰の手か分からないけれど、その優しさにまたじわじわと涙が滲んだ。ぐすぐすと鼻を啜りながら、袖で目元をぐっと拭い顔を上げる。 「…そうですね、そろそろ、泣き止まないと」 「うん、せやせや、やっぱりナマエちゃんには笑顔が一番やで」 「…はいっ、ありがとうございます。元気、少し出てきました」 「うんうん。盗まれたもんはしゃーない、また一から研究頑張るだけや」 「そうですね。今回の事で私たちの欠点や失敗は嫌と言うほど見つかったと思いますし、次回の対策はこれで練れるはずです。もう二度と同じ失敗は繰り返しません。そうと決まれば反省会ですよ?でもまずはパーティの後片付けとトロロ芋の掃除から始めましょう。なにか分からない事があれば私に、博士はお疲れたでしょうから今日はもうゆっくり休んで下さい」 「う、うん。ナマエちゃんはほんまに仕事の出来るしっかり者やさんやなぁ」 「…さっきまで泣いてたとは思えないスタンスですわぁ」 「凄い嬢ちゃんやで」 「でもテキパキ働くナマエさんかっこよすぎて惚れてまいます」 「ほんまやわぁ、嫁さんにしたいわ」 片っ端から仕事内容を伝え指揮をとっていると誰かが私の後ろでそうぽつりと言ったのが聞こえ条件反射で振り向く。 「私をお嫁さんにしたい人はもっとしっかりして下さいね。私は頼りになる人が好きです」 「「はい喜んで!床掃除でも後片付けでも是非やらして頂きますぅ!」」 「えっ、あの、冗談のつもりだったんですけど、あのーっ!」 廊下を颯爽と走り去っていくジャガーさんとマッシュさんに慌ててそう告げるけど、その頃には二人とも大分小さくなっていて私の声も彼らに届いたかは曖昧だ。ま、まぁ、ヤル気があるのはいいこと、のはず。取り敢えず苦笑いしながら彼らの後ろ姿を見つめていると、いやぁ、モテモテやなぁと博士が囃し立てるので、私はえへへと表情を崩して笑った。 僕らのプラチナ原石 20171231 |