来月、トオルくんと籍を入れる事になりましたー、と、親に報告した次はまず一番にしんちゃんに伝えたいと思った。お互い忙しくて最近会えてなかったけど、それでも大事な幼馴染に一番に教えたかった。残念ながらしんちゃんは不在だったけど、訪れた野原家には思いもよらないお客様が来ていて驚くと同時に自然と笑みが零れた。


「うわっはぁ、ちっちゃいカスカベ防衛隊かわいい!かわいいっ」


特にトオルくん!しんちゃんとは幼馴染だけど幼稚園は違うところで、小学中学で皆と知り合ったから子供時代の皆を見るのはなんだか新鮮な気分だ。抱きしめたい…。おばさんが朝ご飯を勧めてくれたので一緒に食べている間もついついそんな事を考えていたら、不意におばさんが「ナマエちゃんはねぇ、風間くんの未来の彼女さんなのよ」と茶化すように言うのでご飯吹き出すところだった。えっ、と頬を染めたちっちゃいトオルくんと目が合う。にこりと笑うと、慌てて顔をそらすので本当に可愛い。


「おかげさまで、来月入籍することになりまして」


えへへ。はにかみ混じりに言うと、皆からはええええー!と驚きの声が上がる。おじさんが「おめでとう、じゃあ彼女さんじゃなくてお嫁さんに昇格させないとなぁ」と笑うので照れてしまう。テレビにトオルくんが映って、タミコさんと結婚するとの報道が流れたのは丁度その瞬間だった。一瞬同姓同名でしょうと、私もおじさんと同じように思ったけど。


「風間トオルです、皆さんこんにちは」


トオルくんだ。軽やかにウインクを決めた彼は間違いなく私の婚約者の風間トオルだった。お箸が机に落ちる。意味がわからない。「えええええー!!」と再び皆から聞こえてきた驚きの声はさっきよりも二割まし大きめに聞こえた気がした。私はというと、茫然と固まってしまって上手く事を理解できなくて。ああ、人間予想外の驚きが起きると声も出ないんだとどこか他人事のように思ってしまった。みんなが心底驚いた顔をしながら風間くんを責め立てているのが聞こえたけど、私は頭が真っ白でぼーっとしてしまって、なんにも考えられない。おじさんとおばさんが心配そうな面持ちで「ナマエちゃん…」と口にしたのではっとする。


「ご、ごめんなさい!私…私ちょっと行ってきます!」


残っていたご飯を全て口の中に押し込んで、ぺこりと一礼するなり慌てて玄関へと赴いた。相変わらず頭の中はぐちゃぐちゃで何でそんな事になったのかもよく分からないけれど。


「(なにかの間違いだよね。ねえ、私以外の人と結婚なんて、嘘だよねえトオルくん、)」


とても怖い顔をしていたと思う。震える手で靴を履き立ち上がると、あの、と困惑したような、ほんのりと高い声が聞こえて振り返った。彼はちらちらと私を見やりながら小さくごめんなさいと謝るので思わず笑ってしまう。


「やだ、風間くんが謝る必要ないのに」

「で、でも」

「きっとね、何か理由があるんだと思うの。大丈夫、大丈夫だから。そんな困った顔しないで?」


きみが悪い訳じゃない。そう想いを込めて出来るだけ優しく風間くんの頭を撫で微笑みかけた。大丈夫、大丈夫。暗示のように心の中で呟く。


「トオルくんは私の婚約者だもん」




もう何年間も愛用してきた自転車を飛ばしてやってきたのは金有会社。表入り口は既に二人の結婚式を見ようと参列してる人がちらほらいたので、私はこっそり裏口から侵入することに決めた。トオルくんが所属している事務所の階までエレベーターで向かおうとしたら警備の人に捕まってしまったけど、ダメ元で「かっ、金有タミコです。もう準備を始めないといけないのにどこへ行けばいいのか分からなくて」と言うとそうだったんですか!と笑ってくれた。意外すぎて思わず固まってしまう。マジか。


聞くとここの会社に入ったばかりでまだここの知識が浅いらしい。運が良かった。因みに案内された部屋に入ると準備を手伝ってくれる人が何人かいたけど、彼女たちもタミコさんとは面識が無いらしくまんまと私をタミコさんと間違えてくれたので本当に今日はついてる。問題は、用意してあったウエディングドレスを私が着れなかったことぐらいかな!



「大丈夫です!こんな事もあろうかとワンサイズ大きめの物も用意してありますので!」


泣いてもいいかな。



「…あの、新郎の部屋はどこでしょうか?」

「すぐ隣の部屋となっていますよ」


白いウエディングドレスを身に纏って、髪を上げてもらいお化粧もしてもらう。お綺麗ですよ、タミコさまと全て整えてくれたお姉さんが笑ったけど、私は勿論上手く笑い返す事なんて出来なくて。苦笑いしながらこっそり部屋を出た。すぐ隣のドアをノックすれば、中からトオルくんの返事が聞こえてきて緊張する。中へ入ると、同じように支度を終えたトオルくんが外を見ながら立っていた。


「トオルくん」


振り向いたトオルくんは目を大きく見開いて、激しく狼狽えた様子で私の名前を呼ぶ。


「ナマエ、ちゃん、?」


聞きたい事は沢山あったはずなのに、次の言葉が出てこない。トオルくんから真実を教えてくれるのを待っていたのかもしれないね。でも私が真っ直ぐとトオルくんを見つめても、あなたは罪悪感からか全然こっちを見ようとすらしてくれないから。


「ねえ、ちゃんと私の目を見てよ」


そう言って漸く、視線がぶつかった。


「…ごめん」

「ごめんじゃ分からないよ。…ねぇ、どうしてこんな事になってるの?」

「…」

「…トオルくん」

「…」

「…」

「…」

「ねえってば、トオルくん、」


トオルくんのお嫁さんは、私だよね…?なんにも返事をしてくれないのが悲しくて、不安になって、少し涙声になってしまった。目にも涙が張って今にも零れ落ちてしまいそうだ。トオルくんが「凄く綺麗だよ、ナマエちゃん」と漸く返事をして笑ったけど、逆に私は胸の奥がざわつくのを感じて上手く呼吸が出来なくなる。


「でも、ごめん」


そらされた視線に、紡がれた言葉に、予感が的中したのだと悟った。


「…やだ、」

「ナマエちゃんをお嫁さんには、出来なくなっちゃったんだ」

「やだ、よ、」

「ごめんね」

「ねえ、どうして?」


何度聞いても、この答えだけは教えてくれないから困ってしまう。なんで、どうしてなの。理由も教えてくれてないのに別れるなんて、こんなの、悲しいよ。瞳を伏せる。ぼろりと堪えていた涙が零れて落ちた。


「私たち、本当に終わりなの?」

「…ナマエちゃん、」


不意に部屋のドアが開いて誰かが入ってくる。慌てて涙を拭い顔を上げると、金有企業の社長が立っていて目が合った。よくテレビで見る人だとか思っていたら誰だお前は!と怒鳴られビビる。


「うえ、えっと、金有タミコです」

「そうかタミコか…ってんな訳あるか!」

「ひいいいいっ、」


やっぱり流石に通用しないかぁ、と項垂れていたら、つまみ出せ、と言われトオルくんに腕を掴まれた。そのまま強引に引っ張られ部屋の外へと追い出される。


「ごめん」


ああ、最後に聞く台詞がごめんだなんて、トオルくんてば本当に、酷いなあ。




「…で?」

「結局、私たちの婚約は破棄。其の後タミコさんというのが実はしんちゃんの恋人でしんちゃんの命と引き換えに諸々という理由があったのはその時にやっと知った」

「ほうほう、成る程」

「こっちは意味も分からないまま突然フラれてろくにご飯食べられなかったっていうのに」

「えー、でもあんま痩せたようには見えないけど」

「うるさい!これが私とトオルくん破局の原因だよ!そしてその破局原因の君たちが今度は婚約ってどういうことなの!ううううっ、祝ってやるうう」

「ほいほいあんがと」


トオルくんにフラれてから毎日、毎日とあるマンションの屋上へと来て青空を眺めた。トオルくんと付き合い始める前から、このマンションの屋上で昼も夜も暗い空を一緒に見ていたから。いつか青空が戻ってくるといいね、そしたら一緒に寝そべって、ため息が出るくらい美しい空を見ようって言ったあなたはどこにいるの。私の隣には誰もいないよ。としんみりしていたところにやって来たのが彼。この前の大事件の中心にいた人物。


まさか私たちの破局にしんちゃんが絡んでいたとは思わなかったよ。そして皮肉にも、彼は私を見つけるなり「実は来月籍を入れることになりまして」と言ったので露骨に顔を顰めてしまった。ちょっとそれ、私がこの前しんちゃんに言うはずだった台詞。



「しんちゃん彼女いたんだね」

「言ってなかったっけ」

「初耳だよ。かわいいし、スタイルいいし、オメデトウ」

「ナマエちゃんだって着てたんでしょう?ウエディングドレス。綺麗な人だったってうちのタミさんが言ってたゾ」

「ふっふっふ、素敵なドレス着て綺麗になれたって、相手がいないんじゃ意味ないわ」


自嘲気味に一つ笑う。そよそよと気持ちのいい風が吹くので余計虚しくなってしまった気がした。思わずため息をついてしまうと、隣でしんちゃんが幸せ逃げるぞと言うので眉が下がる。幸せなんてとっくに逃げてるもん。


「も〜、だいたいっ、トオルくんと破滅した半分の理由はしんちゃんたちにあるんだからねー!?」

「もっかい風間くんと婚約し直せばいいじゃん」

「…それは、多分むり」

「なんで」

「トオルくんはプライドが高いから。自分から破局宣言しておいて、もう一度私と婚約するのは気が引けてると思う。それに私も、まだトオルくんの事許せない。どんな理由があったにしろ何も教えてくれなかったんだもん」


ああ、思い出したらまたムカムカしてきた。ぎゅっと眉根を寄せ唸っていると、しんちゃんが「じゃあ、」と言って私の左手薬指をおもむろになぞった。


「オラが責任取って結婚してあげてもいいぞー」

「しんちゃんもうすぐ既婚者でしょ。私のためにしんちゃんも婚約破棄してくれるの?」


そうやって、意味深に笑うからたち悪い。ナマエちゃんはオラの大事な幼馴染だからなあと言って私の頭をくしゃくしゃ撫で付ける。もししんちゃんが本当に独り身だったらなぁとか一瞬考えてしまって罰が悪くなった。


「じゃあオラがいい人紹介してあげよっか」

「言っとくけど私理想高いよ。トオルくん以上の人じゃないと」

「大丈夫、きっとナマエちゃん満足する」

「じゃあぜひぜひ紹介してー」

「まあ、ここにいるんだけど」

「だからしんちゃん既婚者でしょーっ」

「違う違う、オラじゃなくて、あっち」


あっち。指差された方を素直に見て、固まった。咄嗟にしんちゃんの後ろに隠れるとたどたどしく名前を呼ばれる。


「ナマエちゃん、その、」

「…いまさら、何しに来たの」

「…ごめん」

「ごめんじゃ、ないよぉ、トオルくん、この前から、謝ってばかり、っう、」


私がどれだけ辛い思いしたと思ってるのぉ。どうも感情的になりすぎていけない。涙と嗚咽のせいで言いたい事が上手く出てこなかった。


「凄くナマエちゃんを傷つけたし、今だって勝手な事してるって分かってる。でもやっぱり、僕には、きみが必要なんだ」


しんちゃん越しにトオルくんの声がすっと耳へ入ってくる。涙腺は既に崩壊でボロボロ涙止まらなくて、それでもやっぱりトオルくんの事を許せない私は思い切りぎゅうとしんちゃんの腰に抱き付いた。


「もう、遅いもん!私だってしんちゃんと婚約してやるんだからぁ!」


ええええー、と困ったような声を上げたのはしんちゃんだった。なによぉ!さっきはあんなに大事な幼馴染ウェルカムみたいな雰囲気出してたくせに!歯をギリギリさせながらしんちゃんを上目遣いで睨みつけてやる。「ナマエちゃんもオラの事本気で愛してくれるならウェルカムだけどさ、違うでしょ?」また、くしゃりと私の髪を乱して、しんちゃんはゆうるりと緩く笑った。そのまま腕をゆるゆると引っ張られトオルくんの前に突き出される。


「ナマエちゃん、」

「…」

「何も説明できなくて、深く傷つけちゃった事は、本当にごめん。一度婚約を破棄してるのに、また僕と婚約して欲しいなんて虫のいい話だと思う。でも、…僕には君じゃないと駄目なんだ、あの日ナマエちゃんのドレス姿を見て心底思った。ああ、やっぱりこの子と結婚したい、って。ナマエちゃんを、僕のお嫁さんにしたいって」


じゃあ何で、あの時何が何でも私を取ろうとしてくれなかったの?と言いかけてやめた。よくよく考えたらしんちゃんの命が絡んでたんだ。それにタミコさんとトオルくんも仕方がなく従っていただけで。もし今回人質がトオルくんで私としんちゃんが結婚しなければいけない状況だったとしたら、私だってしんちゃんと結婚したと思う。そう自己解釈はしたものの、トオルくんにはなんと返事をしたら良いのか分からなくなってつい黙りこくってしまう。それに助け舟を出してくれたのはしんちゃんだった。


「綺麗なぼくのお嫁さん、大事にして下さいって、風間くん言ってたゾ」

「…へ?トオルくん、?」

「そ。5歳のちっちゃい頃の風間くんだけど」

「おいっ!しんのすけ!」


思わずトオルくんを見やる。顔が赤いあたりそれはきっと本当の事で、あの時のちっちゃいトオルくんが苦笑しながら言ったのを想像すると私まで苦笑いが零れた。こほんと、トオルくんが赤い顔のまま一つ咳払いをする。


「大切にする、約束する。もう君だけを離したりしないって、ここに誓うから」


僕のお嫁さんに、なって下さい。と、深く頭を下げたトオルくんにまたポロポロと涙が零れた。



ー僕の花嫁さんへー



(涙声ではいと小さく頷くと、トオルくんも少しだけ目に涙を溜めながらそっと私の指に婚約指輪を嵌めてくれた)



20170401


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -