あのネコの被り物に紫のレオタードだけはちょっと勘弁して欲しいなあ、と思ってSKBEガールズに入ったのだけれど、それでも基本基地内では男も女も安定のあの格好で最初は失笑が止まらなかった。けどそれを毎日のように続けていればどうせ皆同じ格好だしこれじゃあ誰が誰だかも分からないのだから別にいいかと思ってきてしまうので慣れって恐ろしい。ああ、すっごい過酷な食事制限とダイエットしてくびれ作ってSKBEガールズのオーディション通ったんだけどな。


「ナマエ!今日の終盤、笑顔が引きつってたわよ!」

「ひいいいっ、申し訳ありませんマイハシさまあ!」


しかも苦労して入った割りに中々厳しいときた。


「今日は仮面抜きでずっと笑顔を保ちながら雑用すること」

「ええっ!」


思わず不満の声を漏らしてしまうとぎろり、マエハシさまに睨まれてたじろぐ。わ、分かりましたよぅ。それ以外の返答はきっと受け取って貰えないので、私は仕方なくそう言って更衣室へと戻った。いやしかし、これは無い。さすがに素顔丸出しでこの紫ハイレグはない。キツい。これじゃあ公開処刑だ…


備え付けの鏡の前でぐるぐる回転すること数分、同じSKBEガールズのメンバーにはドンマイと笑われ置いていかれた。それ全然ドンマイって思ってないよね。取り敢えず素顔ばれの状態は辛すぎるので、マイハシさまに見つかりそうになったらこのネコちゃん外せばいっかと更衣室を出た。


「ナマエ!笑顔の練習を兼ねろとあれほど言ったでしょう!」

「ひううう!ごめんなさあああい!」


しかしマイハシさまは鋭かった。というか、賢い。集団の中に紛れ込んでいてもナマエ!と一声掛けられるだけでびくりと反応してしまった自分が憎い。


「だって、だってだって、私だけ素顔晒すなんて耐えられないじゃないですかぁ」

「…はあ、仕方ない。ならあっちで雑用の仕事を続けなさい。四膳さまがいる、いい特訓になるでしょう」

「は、…はい」


上司を前にしたら嫌でも笑顔を取り繕えるという方針らしいが、き、緊張してしまう…。それは単に四膳さまが私たちのボスとか上司だからという理由だけでなくて、もっと、



「…ナマエ」

「っはい!」

「そんな所で何をしている」

「あ、ええと、笑顔の練習兼ね雑用です」

「ふっ、またマイハシに叱られたんだろう」


小さく笑った四膳さまに胸がきゅんとする。まさか、顔と名前を覚えて下さってたなんて。SKBEガールズからくる知名度のおかげか私の失態が多いせいかは分からないけど。うーん、前者だといいなあ。でもこの言い方だと後者っぽい。

自然と漏れる苦笑いに、四膳さまがまあと顎に手を置き考えるような素振りを見せた。一日中笑ってるのも疲れるだろうと労わりの言葉をかけてくれたのが嬉しすぎたのでなんかもう苦笑いも笑顔に変わってしまう。


「でもこれが私の仕事なので、これからも頑張らせて頂きます!」

「ああ、宜しく頼む」


久しぶりに四膳さまを目にして、初めて名前を呼ばれて、初めてこんなに言葉を交わして、もうそれだけで今日の私ついてるとか舞い上がってたのに最後の最後でぽんと頭に大きな手が乗せられたことに私は天にも昇る気持ちになった。ああ、四膳さま、…すきっ。遠ざかる背中に口元を押さえながらときめく。相変わらず葉っぱ一枚だけど。別に今に始まった事じゃないし、寧ろ今ではその逞しい身体を見る度に一々反応してしまうので恋煩いも末期だ。はあ、好きだなぁ。


そのままるんるん気分でモップをかけ水拭きしていく。本部ほどではないけど、ここも中々広いので終わる頃には汗びっしょりになっていた。モップ掛けしただけなのにね!でもその間私のニコニコ笑顔が途絶えることもなかったのでマイハシさまにはやれば出来るじゃないと珍しく褒められた。

上司に褒められるってこんなにも達成感があるんだ。と簡単にモチベーションが上がる私は褒められて伸びるタイプ。この調子で頑張るぞー!と気合いを入れて今度はダンボールを運ぶ作業に移るけど、案外重さがあってほげぇ!とか普段は出さないような声が出た。お、おも。ていうか今の声ぜんっぜん可愛くない。四膳さまに聞かれていないだろうなとキョロキョロするが幸い誰もいないようだ。


一体何が入ってるんだろうという好奇心からちらりと中身を見てしまう。透明感を保った黄緑色の液体が入っている小瓶、それがぎっしりダンボールいっぱいに詰まっているのに、あぁあの動物にする薬の失敗作かと察しがついた。差し込まれていた紙を手に取ると、効果の欄にほぼ無し水と同等と書いてあり更に赤字で大きく失敗と記されている。恐らくかなり初期の方に作られたものなんだろう。


…あー、なんかこれ見てると喉が渇いてきたかもしれないとか、思えば思うほど喉がカラカラになってしまうもので。困ったな。でもここから休憩所は遠いし、目の前の失敗作は水とほぼ同じだというし。…どうせ破棄されるものだし飲んでも平気じゃない?とか思ってしまった私はどうかしてたんだ。汗塗れでくたくた、の脳みそでは正しい判断はちょっと出来なかったかな。そして一本くらい、とキャップを開けて飲んでしまったあと、ダンボールも全て運び終えたくらいの時私の身体に異変が起きた。


なんか身体中がムズムズする。まさか、まさかさっきの薬効いてる…?とか思った瞬間マイハシさまがやってきて雑務のチェックを受けてひやひやしてる真っ最中に頭とお尻に違和感を覚えた。恐る恐る、マイハシさまを見やると大変驚愕している様子でプルプル震えているのに青ざめた。あ、ばれた、怒られる!



「っ、ナマエーっ!」

「ごめんなさああああい!」


やはり失敗作でも全く効果が無いというわけではないらしい。でも水と同等って書いてあったし!言い訳がましいが、そう訴えるも「だからといって実験薬を飲む馬鹿がいるか」と四膳さまにも呆れられてしまった。ごもっともです、ぐうの音も出ません。なんであんなの飲んじゃったんだろう。はい喉が渇いていたからです!


聞くとこの段階の薬は飲む人の体質によって効果が違うらしく、動物化しない場合の方が殆どだったとか。ていうか変化があっても絶対猫の耳や尻尾が生えるだけで身体能力的にはなんの変化もないだけなのでほんとに飲んでも意味が無いらしい。人類猫化計画に変更というわけにもいかず、一から作り直すので大変だと四膳さまが言っていた。でもこの薬一部のマニアには絶対売れますって。

思ったものの、また四膳さまの前で失態を犯してしまった事への自己嫌悪でそんなくだらない事を言えるような元気すら残っていなかった。耳も尻尾もしゅんと垂れ下がっている私に、四膳さまが本部に行けば解毒剤がある、それまで我慢するんだなと頭を撫でてきたので思わずぴくりと反応した。あ、なんかちょっと、気持ちい…。


心臓が心地よく音を立てる。私としては無意識だったのだが尻尾がゆらゆらと揺れていたらしく、四膳さまが不意打ちを食らったように小さく吹き出し口元を手で押さえた。「ナマエ、お前、単純すぎだろう」とか笑った顔に胸がくすぐったくなる。うわ、きゅん。四膳さまのそんな無防備な表情とかレアすぎて。「心配しなくとも、ちゃんと元に戻る、安心しろ」別に元に戻れる事が嬉しくて尻尾振ってるわけじゃないけど。


「(…好き)」


この気持ちが伝わってしまうのも困るから今はそれが理由で丁度よいのだ。「はい、ありがとうございます」真っ直ぐと四膳さまの目を見つめお礼を言った刹那、地面が揺れて少し足元がふらつく。なんだなんだと監視カメラのモニターをチェックした四膳さまが悔しそうに歯を噛み締める。画面の中でばっちりポーズを決める美人さんに自然と私の表情も強張った。ああ、まったく、相変わらず綺麗な人だ。





彼女が研究所を片っ端から破壊していくので、もうどこもかしこも大火事になってるわ皆大パニックだわで中々大変なことになった。取り敢えず屋上に設置してある飛行船から本部へ移動すると命が出たので頑張って四膳さまの後を追うが、なんだこれめちゃくちゃ疲れる。ていうか走っても走っても全然前に進んでない。後ろから迫る爆風に押されて思わずすっ転んだ。なんとか起き上がるけど、息切れが激しくて立つこともギリギリだ。そんな私に気付いたらしい四膳さまが罰の悪い顔をして言う。


「やはり体力が大幅に落ちているらしいな」

「すっ、すみませ、足引っ張っちゃってっ、」


足手まといはこのまま置いていかれてしまうかもしれない。自然と表情が陰っていく中で、四膳さまが全く手がかかると言ったのに胸の奥がひやっとするが、次の瞬間にはまるで猫を抱えるようにして四膳さまに抱き上げられていたので目を瞠る。


「っひ、あの、四膳さまっ」

「走るぞ」


四膳さまの逞しい腕がしっかりと私を抱き抱える。私は紫のレオタード一枚だし、四膳さまは葉っぱ一枚だしで、つまり、密着度がやばい。四膳さまは走るのに集中しているのでそんなの意識してないんだろうけど、そういう下心のないところも好き。胸のドキドキが苦しすぎて死んでしまいそう。…後ろは火の海なので下手したら本当に死にそうだが。




「…はぁ」


なんとか逃げ切った。無事本部へと辿り着き、四膳さまから受け取った解毒剤を口にしたところでホっと一息つく。ちゃんと人間の姿に戻れたのでもう終わり、というわけにもいかず、その後は研究所での損害と人数確認や全員の安否などで割と忙しなく働いていた。それら全て終わった頃、報告する為もう一度四膳さまの元へと戻ってくると監視カメラに映っている侵入者を見て四膳さまが一つ笑みを零した。


「性懲りも無くまたやって来たか」

「如何なさいますか、四膳さま」

「ブランド物のバッグでも下げておけ」


四膳さまは、彼女が全ての始まりだと言っていた。憎くて絶望したとも。でも可笑しなことに彼女を見る四膳さまはとても嬉しそうな顔をするのだ。今だってそのふっと笑った表情は普段あまり見られないもので。その理由に気付けない程、私も鈍いわけではなくて。夫婦喧嘩の延長戦、仲が悪いのも表上だけで彼らはまだ夫婦なのだと思い知らされた気分だった。


「…私じゃない、か」


思わずぽとりと漏らす。四膳さまの事をそぉろりと一瞥した瞬間マイハシさまに呼ばれ顔を向けた。


「午後からは本格的にあの薬を散布するわ。その特訓まで2時間ある、今のうちにゆっくり休んでおきなさい」

「はいっ、ありがとうございます!」


一応働き詰めだった私への配慮らしい。元気よく返事をし部屋を退出したものの、今は失恋したての気分で部屋に戻る気分でも無かったので工場の端の方で三角座りしながらぼーっとしていた。因みに耳も尻尾もちゃんと引っ込んだので、またネコの覆面をつけておく。でももしまだ耳と尻尾があったら間違いなくしょぼんと垂れ下がっている事だろう。


やっぱり私みたいな下っ端Aと組織のボスが結ばれるなんてあり得なかったんだ。一応SKBEガールズの名は持っているが、やっぱり四膳さまルートに入るには幹部くらいにはなってないと、なんて、乙女ゲームみたいな事を考えてまた落ち込む。これが本当にゲームだったらもう少し簡単だったのだろうか。


「こら!サボってんなよー、ナマエ」


どん、と後ろから背中を叩かれ寿命が縮む。心臓バクバクさせながら振り向くと、SKBEボーイズで同期の彼が立ってて一つ息をついた。


「脅かさないでよ…それにサボってるわけじゃないもん」

「ほー?じゃあ何してんの」

「ちょっとね、考え事」

「またマイハシさまに叱られたとか?」

「…うん、大体そんな感じ」


外から帰ってきたばかりらしい。本来なら私と同じように専用の青いレオタードと犬の覆面があるはずなのだが、彼は素顔にSKBEボーイズ専用のシャツとズボンだった。そこでふと今の自分の姿を思い出し疑問が過ったのでねえと声を掛ける。


「なんで私だって分かったの」

「え…」


ぱっと見たら皆同じなのに。猫の覆面したままじっと見つめれば、割と真剣な目をした彼に見つめ返され少しだけどきんとする。


「いや、皆同じ格好してても体型までは一緒じゃないじゃん?特にSKBEガールズって特別スタイルいいし。あっ、でもナマエは胸でかいだけでウエストのくびれは甘いけどさ。だから逆に分かりやすいっていうか」

「…さいてー」

「すけべボーイズだからな」

「あ、それ四膳さまにチクっちゃおうかな」

「わあ嘘嘘!冗談だって」


ドキドキして損した。でもそれこそこんな少女漫画みたいなことあるわけないかと割り切ってしまうなり、当の本人に「でも後ろ姿でお前だって分かるのはホント」となんでもないように言い切られるので堪らない。



「…あ、今ときめいてる?」

「はあ?ときめいてないし」

「んー?そう?俺、結構当たってる自信あるんだけどなぁ」


不意に彼が近づく。反射的に身構えるがぺろりとネコちゃんを剥がされて。


「なんだ、やっぱり顔赤いんじゃん」


爽やかに笑った彼に悔しくなって顔を顰めるとますます声に出して笑われる。「なんで分かっちゃうの」仕方がないので顔面に手を当て覆い隠してしまうと、くすくすと楽しそうに笑う彼の声が聞こえて直球ど真ん中に言われた言葉に顔の熱が上がるのを感じた。


ーモブ同士でお似合いー


(好きだから、かな)



20160209


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