今思うと、ここは凄く暗くて不気味で怖いところなのかなと思う。お父さんは世界支配を目論む悪のボスで、飄々としてて目つきの悪いいつもイタチを連れてるおじさんはその部下で、美人でスタイル抜群のお姉さんも性格はそこそこ悪いし、よく見れば見るほどすっごい変な家族だ。見た目だけならまるでサーカス団の中にでも入り込んでしまった感じ。中身は常に悪いことばかり考えてて恐ろしいものだけど。でも彼らはわたしがここに迷い込んだあの時から今日まで、ずーっと一緒にいてくれた大切な親代わりであり、大好きな家族なのです。正直昔のことはあまり覚えていないけれど、彼らによるとわたしの幼き頃は中々大変だったらしい。とても泣き虫で、一度泣きはじめると中々泣き止まなくて慰めるのに一苦労だったと、ダークさまはうんざりしたような表情で、でもどこか嬉しそうに言う。 「もしも私が、実はあの日お前は迷い込んできた訳ではなく、私たちが意図的に誘拐したのだ。と言ったらとうする」 彼らとわたしたちの時間の流れは違うらしくて、あんなに小さかったわたしが高校生になっても、皆は昔とあんまり姿が変わっていなかった。正直今でもとちらかといえば泣き虫な方だけれど、簡単に泣くことはなくなった、と思いたい。でもダークさまがやけに真剣味を帯びた声で言ったその一言に、不覚にも一瞬だけ目が潤んだ。 「え、誘拐?」 「私の計画をよりスムーズに、効率的に進めるにはそっち側の人間がいた方が良いと考えたから誘拐した。どうせ誘拐するならまだ幼き子供の方が洗脳しやすい、だから別に連れてくるのはお前じゃなくても良かったのだ、そう言ったらどうする」 「…別に、わたしはあんまり本当の親とか、あっちの世界のことは覚えてないから」 「だがこの世界はお前にとって暗すぎるだろう。そんな世界に閉じ込めたことを、お前は恨むか」 「ううん、恨むなんてあり得ないよ。だって皆は…血は繋がってないけど、寧ろ種族すら違うけど、わたしの大事な家族だもん。そりゃあ、色々と悩んだりすることも不便なことも多いけど。ここまで育てくれた皆が大好きだから」 「…そうか」 少し間を開けて、ダークさまが言う。わたしの心臓はどくんどくんと低く音を立てていて、合わない視線に余計不安を煽られてる気がした。 本当の親じゃないなんて勿論分かってる。でもわたしが迷い込んできたのと、誘拐されてきたのとでは、多少ニュアンスが違う、というか。少なからずショックは発生する。なんだかまるで、今まで育ててきたのは全て自分たちの為だった、本当は愛していなかった、と言われてるみたいで。何より、誰でも良かったというのが一番ショック、かも、 「…本当に?」 恐る恐る、ダークさまを見上げて尋ねてみる。彼は真剣な顔を崩さない。酷くドキドキしながら汗ばむ手の平を握り締めると、そんなわたしを見てダークさまがふっと笑った。「冗談だ」その一言にどっと肩の力が抜ける。 「もー、やめてよぉ。マックならともかく、ダークさまが言うと全然冗談に聞こえない」 「ふっふっふ、そう拗ねるでない。今日はなんだ、あれの日だろう、嘘をついてもいい日。毎年ナマエにはしてやられてるからな、仕返しだ」 「…ダークさまそれとっくに過ぎてる」 どうやら、毎年わたしがしてきた四月馬鹿の日に対するお返しらしい。 わたしのは全部些細な嘘だったっていうのに、ダークさまったら酷い。むうっと頬を膨らませてむくれていると「だが、計画をより効率的に進めることが出来るやもという思いで時を共にしたのは本当だ」などと、無表情のような真剣なような、微妙な顔をして言ったので顔を上げる。派手な顔のせいでダークさまの小さな表情は見分けづらい。 「…じゃあ、わたしじゃなくても良かった?」 「いや、それは違う。あの頃私は、もしこのガキが使えなかったり少しでも面倒だと感じれば切り捨ててしまおうと考えていたからな」 でもナマエは今も、確かにここに存在しているだろう?そう、今度ははっきりと、悪役にあるまじき優しい顔をしてわたしに言い聞かせて。 「分かったか」 「…うん」 「なら早く部屋へと戻れ。そして勉強しろ。来週は小テストがあるのだろう」 「もう少ししたらちゃんとするよ」 昔のことはあまり覚えてない。けれど、確かに、彼らはわたしの為に色々なことをしてくれた。学校へもちゃんと通わせてくれてたし、欲しい物があれば出来るだけ叶えてくれた。この溺愛っぷりだけは本物だと信じていたい。 初めて小学校に行ったあの日、わたしは久しぶりに元の世界へと戻ってきた。皆と離れたくない学校なんて嫌と大泣きした事だけは実はほんのり覚えていたりして。友だちにうちの家庭の事は絶対に話せなかったし、悩み事があっても誰にも相談出来なくて溜め込んだりもしたし、帰りはいつも真っ暗になった夜更け、プリリンかマックが迎えにきてくれるまでずっと一人ぼっちで動けなくて不安でまた泣いてたりして。わたし本当に泣き虫だなと思い出して苦笑した。この暗すぎる世界を不便に感じて、嫌になることも実は何度かあったけど。 「…ほんとに嘘なんだよね?さっきの」 「疑り深いやつだ。そんなに私の言うことが信じられないか」 「…」 黙ってしまったわたしに一つため息をつかれる。だって、それでも大好きな家族なんだもん。それが偽物だったって言われたらわたしは、悲しい。 「ナマエ、」 「うん」 「お前は私の娘だ」 「…!……じゃあわたしのこと、ちゃんと、…愛してる?」 「ああ、愛してるさ」 「…」 「ナマエはいくつになっても泣き虫だな」 「泣いてない、涙ぐんでるだけだよ」 「そうか。じゃあ泣いてくれるなよ。お前の涙は、私では拭えないからな」 ー涙は自分で拭ってきたー (涙を拭うどころか、頭を撫でてやることすら出来ない) ナマエはとにかく、泣き虫な子だった。まず寝起きで泣いて、大きな音がなるとびっくりして泣いて、真っ暗になるとまた泣いて。煩いったらありゃしない。これは使えるどころか足手まといなのでは?さっさと殺してしまうのが最適かと、なんてダークさま本人には言えなかった。だってまさか誰が予想するだろう、ナマエが一番懐いた人物がダークさまで、そのダークさまもナマエにべったりだなんて。ナマエが命拾いしたのはここなんだと思う。普通の子供ならダークさまの姿を見た途端大泣きだろうに。ナマエだけは違った。寧ろどんなに泣いててもダークさまにいないいないばあをされればぴたりと止まってしまう程の懐き具合で、それが可愛いんだろうなとダークさまの気持ちは手に取るように分かった。あの容姿でいないいないばあとか、普通の子供だったら泣いてる(二回目) でも逆に言えば、ナマエをこうも簡単に泣き止ませることが出来るのはダークさまだけということで、そのダークさまは一ヶ月の長期外出中で今はいないわけで、つまり、 「ふええええ!」 地べたにぺたんと座り込んで大声を上げながら泣きじゃくるナマエをどうにかするのは私たちしかいないということだ。大きくため息をついてから近寄り、ナマエの目線に合わせてしゃがみ込む。 「どうしたの」 「ダークしゃまが、いない、よお!」 「…はあ。あのねナマエ、ダークさまは今外出中なの、暫くは帰らないの」 なるべく優しい声でそう言い聞かせるけど、ナマエはふるふると小さく首を横に振って泣き止まない。ああ全く、手が掛かる。 「じゃあほら、ナマエ、おやつにしましょう。何がいい?」 「ひっ、く、いら、ないっ、」 「ナマエちゃーん?いないいなーい、ばあっ」 「…」 ダークさまの真似をしてみる。一瞬泣き止んだものの、ナマエはあのダークさまの迫力が好きらしくまたすぐにしゃくり出してしまう。仕方ない、奥の手よ。 「じゃあほら、見て見てー、ナマエの好きなみみっちーマウスよー」 ぽんぽんっと出現したみみっちーにナマエの瞳が途端に光出す。みみっちー!声を上げて、走り回るみみっちーの後を追いかけるナマエにまずはティッシュで顔を綺麗にしなさいと言えばちゃんという事を聞いてくれる。子供って単純だなと思った。ぱたぱたと走っていって鼻をかむナマエにやれやれと小さく笑みを溢す。ウサギみたいに目を赤くしたナマエが私の元に戻ってきて、「プリィ」と呼んだので首を傾げると、視線を下げながら小さく謝った。 「…ごめんなさい」 「ふふっ、ちゃんと泣き止んでくれたから、許してあげるわ」 ナマエは泣き虫だけど、可愛い気のある子供だった。暗くて怖いからと、寝るときは一緒に布団に入ってあげないと眠れない。手を繋ごうと言われて、でも本当に手は握れないので代わりに服をぎゅっと小さな手に握られた時は不覚にもきゅんとした。 「ねぇ、プリィ」 「んー?」 「ダークさま、あとどれくらいで帰ってくる?」 「そうねー、夜にナマエがあと十回寝たら、かな」 「ほんとっ?」 「うん」 それから毎晩、ナマエはあと何回、と嬉しそうに指折り数えていた姿は多分忘れられないと思う。なんて健気なんだろう。 「ふっ、ううう、」 でも、その日のナマエは少しだけ様子が可笑しかった。ナマエはいつも大きな声を上げて目立つ場所で泣いていたのだが、この日だけは部屋の隅っこで声を押し殺しながら泣いていたので堪らず声をかける。 「ちょっと、どうしたのよ」 「っ、プリィ!」 よっぽど悲しい事があったらしい。ナマエが感情余って私に飛び付こうとするけど、当然叶わない。触れることなくすっと私を通り抜けてナマエが床へとダイブした。ずきりと小さく軋んだ痛みに気づかないフリをしてナマエの方を振り向く。起き上がることなくえぐえぐと泣きじゃくる様子にもう一度どうしたのと聞けば、酷く震えた返事が返ってきた。 「ダークさま、もう帰って来ない、って」 「はぁ?何言ってんの、もうあと二回寝たら帰ってくるわよ。ナマエだってちゃんと数えてたじゃない」 「でもっ、マック、が、ナマエが悪い子だから、泣き虫、だからっ、わたしの事嫌いになったって、だからダークさま、もう、帰って、こな、っふ、ううう!」 どんどん細くなる声。最終的にひっくひっくと泣くのを抑えようとするのは泣き虫だと言われたのを気にしているからなのか。マックのやつ。達の悪い笑みを浮かべながら言ったのであろう奴の姿を想像して顔をしかめた。あいつ元々ナマエを泣かせるのを面白がってたからな。でも今回ばかりは許さないわよ。慰めるの誰だと思ってんの。 「ナマエ、ほら見て?みみっちーマウスー!」 ぽぽぽんっ。いつもよりも数を増やしてナマエの周りに集めるけど、ナマエが顔を上げることはなく見ようともしなかった。ガチャガチャしてたみみっちーが一気に煙となって消えた時の虚しさに、私はどうしたらいいのか分からなくなる。 「ナマエ」 「ぅ、ダークしゃまに会いたい」 「…泣かないでよ」 「っ!ごめっ、もう、なかない、からっ」 嫌いに、ならないで。ゆっくり時間を掛けて起き上がりながら、途切れ途切れに言ったナマエに愛しさが募る。やっと見えた顔は涙でぐしゃぐしゃで、また彼女の頬を涙が伝ったのに思わず手が伸びそうになるけど、すぐに私では拭ってあげられないことを思い出して引っ込めた。 ー触れることが出来たならー (あなたを簡単に泣き止ませることが出来たのかもね) ナマエは凄くからかいがいのある奴だった。ナマエのおやつのプリンを横取りした時は勿論、数少ない灯りを全て消してやった時やナマエの嫌いなものを出現させればわんわん声を上げて泣きはじめる。あまり頻繁にやりすぎるとダークさまにばれて叱られてしまうため時々ナマエを虐めては楽しんでいた。だがそんな俺様でも参った事が一度だけある。ダークさま不在の間に俺がナマエにある嘘を吹き込んだ時のことだ。俺の姿を見るなりナマエは警戒心丸出しで、一歩後ずさる姿がたまらなく面白くて早くも口がにいっと弧を描く。 そこからがもう最高だった。俺様がちょいと一つ嘘をついただけで、ナマエの丸い大きな瞳がすぐに潤み出しぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。だがこいつはとても単純だ。どれだけ泣いていようと、俺様がアホウでみみっちーマウスなりモケチュウなり、ナマエの好きなキャラクターを作り出せば一発で涙が止まる。はずだった。というのもどういうわけか、この時ばかりはうまくいかなかったのだ。声を上げて泣かないのもいつもと様子が違かった。喉を引きつらせて泣くのがとてつもなく苦しそうで、だが何をしても泣き止む気配がなくて、「おい、いい加減泣き止めって。俺が悪かった、な?」そう言うとナマエは膝を抱えて俺の姿すらを目の前からシャットアウトした。 泣き止まないナマエに焦り、コツコツと近づくヒール音に焦り。堪らずその場を逃げ出すと、やっぱりというか案の定というか、後でプリリンに大変だったと怒鳴られるわダークさまに密告はされるわ、その後の処分は思い出すのも苦だったりする。因みにナマエには「まっく、きらい」と言われた挙句暫く会話はおろか目も合わせてくれなかったりで。あれ以来ナマエをからかうことも無くなったが、人間はどうも俺たちよりも成長が早く、気付けばナマエも子供ではなくなり簡単に泣くことも無くなっていた。最近では外で遊んでくることも覚えたらしく、遅い時間になっても帰ってこないナマエにダークさまがまだかまだかとご乱心だったりする。 「というわけでこの俺様が直々に迎えに来てやったのさ」 「…頼んでない」 俺を不審者でも見るような(心外だ)目でじろじろと視線を彷徨わせるナマエ。その警戒心丸出しな目つきは昔から変わっていなくて思わず鼻で笑ってしまう。 「どうせ帰れるのは夜中になるんだもん。なら何時まで遊んでたって一緒じゃん」 「こんな時間まで何してたんだ。またカラオケか?」 「今日はゲーセン。でも10時には解散したし」 「じゃあ解散したあとは」 「…ファミレスで時間潰してた」 「ふっ、なんて寂しい奴」 「うるさい」 ぷいっとナマエが視線を逸らし家へと向かって歩き出す。その後を黙って追うと、ナマエが前を向いたまま「なんでマックなの」と素っ気なく言った。 「プリリンが良かった」 「おいおい、たまに迎えにきたらこれか。俺が並んで歩くことで変な輩を寄せ付けなくしてやってるんだぞ」 「…そのマックが十分不審者みたいなんだけど」 先ほど、一人でとぼとぼ街灯の下を歩いていたこいつに声をかけた瞬間大きく肩が跳ね上がった姿を思い出してまた笑う。ナマエは相変わらず機嫌が悪そうな顔をしながら、こつこつローファーの音を鳴らし歩調を速めた。少しずつドン・クラーイの世界へ入っていく。周りの景色をナマエがじっと見据えたので、「変じて一気に帰るか」と提案してみたが「今日は歩いて帰りたい気分だから」と断られた。ほーう? 「ここまでくれば普通の人は入って来れないし、マック先に帰ってもいいよ」 やはり視線を合わせずにナマエが言う。ナマエが歩いてのんびり帰りたいという日は、大抵それなりの悩みがある時の癖だと当の本人は恐らく気が付いていない。そして今回の悩みは大方あれに関してだろうと俺は察しがついていて、からかい半分と目が合わないことや帰っていいと言われたことへのイラつきから気付けば「もうすぐだな」と言葉を発していた。あっちの世界が俺たちの物になるのも。惜しげも無く続きを口にして漸く、ナマエの瞳がこちらを向く。だがそれと同時に地雷を踏んでしまったことにも気付かされたが、もう遅い。 「…そうだね」 「人間代表であるナマエちゃんは、今どんな気持ちなんだい?もちろん幸せだよなぁ。俺たち家族なんだもんなぁ。上っ面の友達続けてる仲間なんかより俺たちといた方が楽しいだろう」 「…」 「それともまさか、今になってあっちの世界へ戻ってもいいとか思ってたりするのかねぇ意外と」 「そんな訳ないじゃん。私の居場所は最初から…ここだけなんだから」 「はっ、じゃあもっと喜べよ」 「…ほんっと趣味悪い。サイテー」 「ははっ、褒め言葉としてとっておこう」 高校生活がそれなりに充実していることに戸惑ってるのは、ナマエを見れば一目瞭然だった。あの世界は意外と楽しくて、居心地がいい。だがそんな世界がもうすぐ壊れてなくなる事を知っているナマエは今酷く悩んでいる。 「…もうすぐだ」 もうすぐ、お前のその悩みだって消える。そしたら悩んでた事を馬鹿らしく思ってまた俺たちと笑って過ごすんだ。今まで通り、な。 「っ、なんで、」 俺がぽろりと零してしまった言葉にナマエが反応した。やっと視線が合ったというのに、その目つきは鋭く俺を睨んでいる。 「なんでそういう事言うの」 「おいおい何泣きそうな顔してるんだよ。まさかお前本当に、」 「うるさい!」 勢いよく顔を逸らし大股で歩き始めるナマエの後を追うとついて来ないでと怒鳴られた。そう言われてもなあ。家一緒だし。呟くと、早足に慣れてないナマエの足が縺れて派手に転んだ。ぶふうっ!と間抜けな奇声を上げ顔面から突っ伏した姿にあーあと肩を竦める。 「何してんだよ」 「…」 「ほら、早く立て、帰るぞ」 何を言ってもナマエは反応を見せず、顔も上げなかった。手でも差し出してやろうかと思ったが意味がないことに気付きやめる。「おい、ナマエ」この感じはなんだか、あの時に似ている。苦い思い出に思わず顔を顰めると、砂利の擦れる音がした。 「マックなんて、きらい」 相変わらず地面に顔をうずめていたが、その言葉ははっきりと俺の耳に届き心臓が震える。しんとした空気にナマエの鼻を啜る音が無駄に耳へとついた。 「…俺だって、お前なんか嫌いだよ」 ー君の泣き顔は好きだけれどー (実際に泣かれてもその涙は拭えないからきらいだ) 丸テーブルには教科書とノート、それと蛍光ペンが転がっている。珍しく真面目に勉強しているのか、感心だと褒めてやろうと思い背後から近づくと、両手はペンでなく携帯を握り締めており一気に気分が下がった。誰かとメールしてるらしい。メールが来るなりナマエはぱああっと花が咲いたような表情を見せたが、内容を見るなりがくりと今度は項垂れ始める。一喜一憂してなんて忙しい奴なんだと思いつつ頭上から携帯を取り上げると、ナマエの肩が大きく跳ねた。 「うわっ、ダークさま」 「勉強はどうした。課題が山ほどあったんじゃなかったのか」 「だってぇ、英語とか辞書引いても引いても全然わかんないし。だからクラスの英語が出来る子に聞いてたのー。サボってたわけじゃないよ!」 確かに、カチカチと携帯を操作しメール一覧を見ると始めの方はその趣旨の内容を話していた。が、途中から話ががらりとかわ「ちょっとー!プライバシーやめて!」…。 「おい」 「いくらダークさまでもして良い事と悪い事があるんだからねっ」 「それは分かったが、そのクラスメートって男なのか」 「えぇ?うん、そうだよ。最近仲良くなったの」 境遇が少しわたしと似てるんだぁ。と何でもないように言ったナマエだが、頬が薄っすらと赤らんでいる。 「育ての親と生みの親が違うんだって。でもここまで育ててくれた両親に凄く感謝してて、俺は今の家族が好きだって、聞いてて凄く共感できるの」 目を細め、その男のことを思い出しながら言うナマエの表情には一つの特別な感情が込められている気がした。…。「好きなのか」少し間をあけてから単刀直入に言うと一気に顔を赤くして叫ぶように否定し始める。 「えええっ?そんな訳ないじゃん!確かにわたしの事も気にかけてくれるし優しいしいい人だけどっ、全然わたしのタイプじゃないし!」 「…」 「英語が出来るところとか男のくせに字が綺麗だったり憧れるところはあるけどっ」 「…」 「…好き、なんかじゃないよ」 「…そうか」 「うん、そう」 まるで自分に言い聞かせるように。ナマエがぽつぽつと言葉を漏らす。切なげに寄る眉がナマエの本音を物語っていたが知らないふりをした。名前も顔も知らない輩に娘をくれてやる気など毛頭もない。ただあまりにも憂いを募らせた顔をするのでぽんっ、とその頭に手を置いてやると一気にその表情が驚きに塗れる。 「え…、」 ナマエに触れるのは、これが初めてだった。 「うそ、ど、して」 どうしてなどと言いながら、頭の回転が速いナマエはすぐに状況を飲み込み私の目を見て息を飲む。そのまま撫で撫でとなるべく優しい手つきで触れると、ナマエが俯きながら先ほどと同じように頬を染めた。 「…わたし、憧れだったんだ。こうして頭を撫でてもらうの」 「ああ、お前が九つの時、同じ事を言われた」 「そうだっけ」 「誕生日に何が欲しいと聞いた時、プレゼントよりも頭を撫でて抱き締めて欲しいと言われ私もプリリンもマックも困ったものだ」 「…うん」 「だがこれからはいつでも触れてやれる。どうだ、泣いてもいいんだぞ」 「泣かないし〜!わたし、昔よりも強くなったんだよ?もうそう簡単に泣いたりしないもん!」 そう強がってみせるが、やっぱり泣き虫な彼女の目尻がきらりと光る。反射的に自分で拭おうとするナマエに待てと声を掛け、その涙をそっと拭ってやるとナマエは眉を下げ微笑んで見せた。 「次に泣いた時もまた、私がその涙を止めてやる」 「…うん、ありがとう、ダークさま」 ー僕に君の涙は拭えないー (でも本当は気付いているの、次にわたしが泣く時、もうあなた達はここにはいないって事) 20161027 |