珍しい子だな、とは思っていた。元々偽物として入れ替わったこんにゃくろーんがここに戻ってくるという事自体中々ないことなのだが、どうしてだか彼はとても頻繁に帰ってきては何故か私になにかしらのお土産をくれる。それは美味しいと評判のスイーツだったり、私の好きなケーキ屋さんのケーキだったり。最初は何で私にと面食らっていたのだが、彼に尋ねてみても無表情でうんともすんとも言わないので取り敢えずありがとうと受け取っている。どうやら口数が少ないのは普通のこんにゃくろーん達と一緒みたいだ。毎回そっくりさんとしてでなくこんにゃくろーん自身の姿で私へ会いに来るのも変わってるなあと思っていた。まぁ私に差し入れをくれるのは彼ぐらいなので、今ではすっかり彼の細かい特徴も自然と覚えてしまったが。団員の中に混じっていても彼だけは発見できるレベル。これに気づいた時は思わず失笑した。 そしてあの日もいつもと同じ、ケーキの箱を両手で持ちながら私の前に差し出して、深く頭を下げてきた彼に微笑してそれを受け取る。箱の柄を見てすぐに分かる、やっぱり私お気に入りのケーキ屋さん。でもこうして毎回もらいっぱなしもなんなので、「いつもありがとう!ね、たまにはお返しするよ?君は何か欲しい物とかないの?」と聞くけど彼には勢いよく顔を上げてからぶんぶんと首を横に振られてしまった。うーん、これは困ったぞ。頑なに拒む彼に苦笑いする。 「ねぇ、どうしていつも、君は私に優しくしてくれるの?」 差し入れだけじゃない。最初は全然気がつかなかったけど、彼はいつも紳士的だったりさり気なく私を助けてくれたり。好意を寄せられてるのだろうか、と思うと擽ったくなって、でも私のことを慕ってくれる部下もいたんだなぁ、それも人外で、なんていい子、と勝手に深読みして嬉しくもなった。だからこの質問にもきっと「尊敬してるからです」みたいな答えが返ってくるんだろうなとこれまた勝手に予想してた私は、「ナマエさんの事が、好きだから、です」としどろもどろに言われてケーキの箱を落としてしまいそうになった。 「…え?」 「すっ、好きだから、です」 ちゃんと聞こえていたけれど、思わず聞き返してしまえば彼は丁寧にも繰り返し言ってくれる。口数が少なくて一度も私の前では喋ってくれなかった彼が。小さく口を開いて私に好き、と。 「あの、それは上司、として?」 私の顔は多分赤くなっていたけど、彼はもっと顔を赤くしながらふるふると首を横へ振った。まさか、まさか。こんにゃくに告白されるなんて思ってなかったし、彼らにそんな感情が芽生えることすら予想外だったから。あなたって変わってる。照れ隠しに下を向いてわざと素っ気なく言ってみると、彼も赤い顔のままはにかんでくれた。そしてその日から彼の名前はコンちゃんになって、私とコンちゃんの少し変わったお付き合いが始まったのである。コンちゃんは相変わらず紳士で優しかったし、私もそんなコンちゃんが好きだった。 「ナマエ、ただいま」 そんなコンちゃんの様子が、ここ最近可笑しい。 にこりと笑ってみせる彼は確かにコンちゃんのはずなのだが、今の見た目がコピーした偽物の姿であるせいかコンちゃんの雰囲気がいつもと違う。コンちゃん。あからさまに顔を顰め名前を呼んだにも関わらず、コンちゃんはどうしたの?と爽やかスマイルでクビを傾げた。どうしたのではない。 「早くコンちゃんの姿に戻って」 「え、別にいいじゃないかこのままで」 「よくない、戻って、今すぐ」 コンちゃんに一体どんな心境の変化があったというのだろう。元々コンちゃんがクローンとしてコピーした青年は笑顔の似合うイケメンだったが、何故だかコンちゃんは最近常にこのイケメンスタイルで私へ会いに来る。最初は偶然その姿で帰ってきただけなのかとも思った。でも私が早く元のコンちゃんに戻ってとお願いしても毎回彼がいやだと渋る為、恐らくわざとこの姿で私に会いに来てるんだろうと思わざるをえない。そしてやっぱり今日もだんまりで視線を逸らしまくって一向に元へ戻る気配のない彼に「コンちゃん」と声を低くして催促すると、例のイケメン面で「だって、こっちの方がナマエも喜ぶだろ!」と言うので本気でビンタしてやろうかと思った。 「なにそれ、どういう意味よ」 更に声を低くしてどんどん機嫌を悪くする一方で、コンちゃんもだって!と声を張り上げる。だってなによ、なんなのよ。 「だってこっちの俺の方がイケメンだし!」 「はあ?」 「性格だって明るくて、気さくに話すことも出来て…ナマエだって癒されるイケメンの方が一緒にいて心地いいだろ」 「…あのねえ、」 「そんな事よりさ、お茶にしようよ」 ほら、今日はミルクレープにしたんだよ、ナマエ、と、きらきら笑うこんな男なんて知らない。誰だお前は。私のコンちゃんはもっと照れ屋でもじもじしてるんだもん。そしてこんなに大事な事をそんな事で片付けて終わりにしようとするコンちゃんに私のイライラがピークに達して。 「っ、もう知らない!コンちゃんのばぁか!」 コンちゃんそれ空回りしてるよ。しかも私の気持ち分かってないし、聞こうともしないし。悲しくなってきて涙目になりつつ背を向け走り出すと、名前も知らないイケメンが「ナマエ!」と私の名前を呼んだ。コンちゃんのおバカ。さんはどうしたさんは!しかも追いかけてこないし。…ばかやろう! 「というのが喧嘩の原因です」 「ほう、成る程な」 「どう思います鈴木さん!酷くないですかっ?」 「所詮こんにゃくの思考なんてそんなものだろう」 「ううっ、鈴木さんも素っ気ない…!」 涙でぐしゃぐしゃになった顔を晒しながら鈴木しゃあん、と我らがボスの元へ向かったら汚いと一蹴されてしまった。うぅ、酷い。それでも美容にいいらしいなんちゃら茶を淹れてもらって今の事を聞いてもらったら大分落ち着いてきた。ふぅ。ため息交じりにカップを両手で包み込むと、鈴木さんがまぁ、と何かを言いかけたのでそちらへ視線をやる。 「こんにゃくと人間という相性を、あいつも気にしていたんじゃないのか」 「え、」 「嫌われたくなかったんだろう、お前に。まあそれが今回は仇になったようだが」 「…そうですね」 癒されるイケメンの方がいいだろと言われた事を思い出して、なんだか切なくなった。 「…バカだなぁ、勝手に深読みして傷ついて。有りのままのコンちゃんが好きなのに…」 ぽろりと、気づいた時にはもう口から零れていていてはっとする。鈴木さんが「それを本人に言ってやればいいじゃないか」と言ってカップに口をつけたので、私は顔を赤らめながら口を尖らせた。 「嫌ですよ。恥ずかしいじゃないですか」 「はっ、夜中にもっと恥ずかしい事してるくせによく言うわ」 「え?」 「気を付けろよ、たまに部屋から聞こえてくるぞ」 「ええええっうそおおお…!」 思わず大きな声を出してしまったが、今はそれどころではない。まさか、壁がそこまで厚くないのは知っていたけど、まさか漏れてたなんて…それもボスに聞かれてたとかうわっ、うわ!き、消えてしまいたい…。 「すっ、鈴木さん、あのぉ、」 「心配するな。お前の部屋は隅の方にあるだろう、チコの部屋は真逆だしな。今のところソレに気が付いてるのは私と一部のコンニャクローンくらいだろう」 「うっ、す、すみません」 「…で、前から気になってたんだが、こんにゃくとヤるっていうのはどうなんだ、実際」 「えっ?そうですね、最初はひんやりぬるぬるしてて中々きもち…って、鈴木さん!何言わせるんですかっ!」 「はっはっは、お前が勝手に話し始めたんじゃないか」 く、しまった。コンニャクローンを身に纏った鈴木さん(アミーガバージョン)とお茶してるとつい女子会のノリであれこれ喋ってしまう。中身はただのおっさんだっていうのに。鈴木さんそれセクハラです。真っ赤になった顔を晒しながら項垂れると、鈴木さんはくすりと優雅に笑ってみせる。はぁ、女の子の同僚が欲しい。ダメ元でお願いしてみたらコンニャクローンがいるじゃないかと即答された。 「好きなのを選んでいいぞ。こんちっちとか」 「うっわあ、鈴木さんなんですかそのネーミングセンス…」 「お前にだけは言われたくないわ。コンちゃんも大分酷いぞ気付いてないのか」 「可愛いじゃないですか。コンニャクのコンちゃん」 「じゃあこの基地はコンちゃんだらけだな」 「ちょ、やめて下さいよ!コンちゃんはうちの子限定なんです…!」 とは言ったものの、実は私もコンちゃんとか随分単純な名前をつけてしまった事を後悔していたりする。あの時はコンちゃんに言われてなんとなくで決めてしまったけど、よくよく考えたらな、コンちゃんはないよな。パッとしないっていうか、折角だからもっといい名前つけてあげれば良かった。と思い改名してあげるよ!と言ってあげたこともあるのだけれど。 「いいえ、折角ナマエさんのつけてくれた名前だし、気に入ってるんです、って言われちゃって。えへへ」 「何がえへへだ。私の前で惚気るんじゃあない」 口ではそう言っているが、鈴木さんの口角は僅かに緩んでいてとても穏やかだ。娘さんと歳が近い私を、鈴木さんはなんだかんだ気に掛けてくれている。そしてそれがとても温かかったりするのだ。 「それはそうとナマエ、お前ミルクレープなんて食べてるから太るんだ。その上最近サンバサボってるだろう」 時々言うことシビアだけど。そして鈴木さんの言うとおり、実はコンちゃんに出会ってから体重が7キロも増えて今切実に危機感を感じている。さすがにこれはマズい。 「あ、バレました?」 「バレバレだ。そんなぶよぶよボディでサンバが踊れるはずもない。今すぐ痩せろ、今週中には元に戻せ」 「え〜、鈴木さん今週中はさすがに無理ですよ。それに贅肉は増えたけどその分胸もボリュームアップ、」 「無理ならコンニャクとは別れるんだな。どう見てもあれが元凶だろ」 「今すぐ痩せます!」 冗談じゃない。折角増えた胸が元通りになってしまうのは惜しい気もするが、鈴木さんなら本気でやり兼ねないためすぐに即答すると何がおかしいのか、ふっと鼻で笑われた。 「随分と必死だな」 「当たり前じゃないですか。私、ケーキは好きだけどコンちゃんのことはもっと好きですもん」 「それを本人に言ってやったらきっと嬉しがるぞ」 「だからそんな照れ恥ずかしい事面と向かって言えな、」 すっ、と、鈴木さんが無言に無表情で私の背後を指差した。え?つられて振り向いて、固まる。「こっ、こん、ちゃん」顔を赤くしながら突っ立ってるコンちゃんに私の頬も赤らみだして、後方では鈴木さんが「いちゃつくなら他でしろよ」とカップを持って立つ音が聞こえた。暫くお互いに目を逸らしたり意味もなく自身の爪の先を弄ってみたりしていたのだが、不意にコンちゃんが一歩踏み出してきたのに気が付き、視線を向けると混じり合う。 「ナマエさん」 「…」 「っ、ご、ごめ、ん…!」 口数の少ないコンちゃんが、謝った…。私の手をしっかりと握り締めながら、相変わらず顔を赤くして。ねえ、コンちゃん。私が僅かに瞼を伏せながら彼の名前を呼ぶと、コンちゃんは大袈裟なくらいにびくりと跳ね上がる。あまりにもおどおどと不安げに私の目を見返してくるので、思わず笑ってしまった。 「あのね、私、明るくて気さくで超モテモテのイケメンよりも、優しくて口下手なコンちゃんが好きだよ」 「…!」 「コンちゃん…?」 彼の肩が細かく震え出したのに気付いて顔を上げると、仮面の下から涙をだーっと流していてぎょっとした。まるで子供みたいにえぐえぐと喉を引きつらせながら、コンちゃんが私の名前を呼んだ。 「俺も、俺もそんな事言ってくれるナマエさんが好き!です…!」 「…うん」 貰い泣きしてしまって目を潤ませつつゆうるり頷くと、通りすがりのチコさんにバカップルが仕事場で何やってんだとか舌打ちされたのであとでシメてやろうと思う。 ー私のダーリンー (あとね、そういう涙脆いところも好き) 20160723 |