「しんのすけくん怪獣です」


ピカピカとシリマルダシのお尻が光る。いつもだったら素早く立ち上がり駆け出すしんのすけだけど、今日はテレビの前から微動だにしないので珍しいなと横目で見つつ一口掬ったプリンをひまわりにあーんと食べさせた。ぱくりと食いつくなりきゃっきゃと笑ったので私まで口元が緩む。


「あの、しんのすけくん、」

「わるいけど今だけは無理なんだゾ!今日のアクション仮面はカンタムロボとレボリューションの日だから」

「それを言うならコラボレーションね」

「そーともいう」


なるほどと思ってる間にもオープニングが始まりしんのすけが興奮しながら立ち上がった。ミライマンは予想外の事態にタジタジになっている。因みにみさえさんは買い物に行っていて私はひまわりのお世話中、シロも一人で散歩の為不在だから、ミライマンどうするんだろう、とちょっと好奇には思っていた。もう一口プリンを掬ったところで、しんのすけが思い立ったようにあっそーだと呟きテレビから視線をそらさずに言った言葉にスプーンを落としそうになる。


「ナマエちゃん連れてけば?」

「はいっ?」

「ひまならオラがめんどうみとくからさぁ」

「やだよ!」


否定するなりくるんと、ミライマンが私の方に向き直るのでぎくっとする。だってもうヒーローとか正義の味方に憧れるような年じゃないし、私いい大人だよ?と言ったらしんのすけにジト目でじゃあオラのとーちゃんかーちゃんはどうなるのと言われ言葉に詰まった。本当にこの子は5歳児の癖に口が達者だ。


「ナマエさん」

「やだ、絶対行かないから」

「ナマエさん、世界が滅んでもいいんですか?」

「…しんのすけ」

「いけーっ!アクションかめーん!」

「しんのすけ!」


いくら声を荒げて名前を呼んでも無視!それどころかひまわりもジタバタし出すので仕方なく降ろすと、しんのすけの隣に並びアクション仮面の敵役であるイケメンキャラに釘付けで頭が痛くなった。


「あーっ、もー、さいあく」


項垂れる私の手を、「さあ行きましょう」とミライマンが引っ張るので仕方なくそれに従い掛軸を潜り抜けた。目の前には昔アニメで見てたような典型的な怪獣がいてくらりと目眩を覚える。え、あんなのと戦うとか絶対ムリなんですけど。


「ミライマン、これで私死んだりしない?」

「ナマエさんの世界を守りたいという気持ちによります」

「…かえりたい」

「今更引き返すことは出来ませんよ。ファイトです、ナマエさん」


そんな淡々と、簡単に言ってくれるよね!取り敢えずこのまま何もしないで世界が滅んでしまうのはまずいので、まずは第一歩としてミライマンをひん掴みへ、へんしん、とたどたどしく呟いてみる。勢いがなくても一応変身出来るみたいだ。すぐにポポポポン!といったような音がして目の前が白いような黄色いような光の玉で覆われ咄嗟に目を閉じる。やばい、そういえば変身する姿とかちゃんとイメージしないまま変身してしまった訳だけど、この場合どういうヒーロースーツになるんだろう。取り敢えず全裸じゃなければいいや。なんて思いつつ目を開け唖然とした。


「…もえ、ぴ?」

「しっかり影響受けちゃってますね」


言われて思い出したのは、さっきひまわりを抱えながら一緒に見ていた女児向けアニメ。ああああ、どうせならモエPじゃなくてマリーちゃんに変身すれば良かった。私はモエPよりもマリーちゃん派です。しっかし、いい年してモエPのコスプレ…


「は、恥ずかしい」

「頑張ってください、思いの外似合ってますよ」


普段服で褒められたことなんてなかったのにここでそんな風に言ってくれるのはミライマンの優しさなのか私のコンディションを上げる為なのか。なんにしろやっぱり恥ずかしさは拭えない。しかし怪獣が大きく一歩を踏み出して前進しているので、私も仕方なく、しかたなーく意を決してピョンとビルから飛び降りた。ふわりと浮いた身体と一緒にスカートまで大きく捲れ上がるので慌てて押さえる。


「ていうか、スカートみじかっ!」

「どうやらナマエさんにあった服のサイズまではイメージ出来ていなかったみたいですね」

「なんか所々デザインが違くて変に露出が多いのは?背中とか出てるんだけど」

「単なるイメージ不足です」

「うっわ」


こんなん恥ずかしすぎて死ねるわ。しかもピカピカ点滅してるのとそこから声が聞こえてくるので気がついたけど、


「もしかしてこの胸元のハートアップリケがミライマン?」

「え、えぇ、そうですね」

「…」


やっぱり谷間の辺りからミライマンの声がしてる…恥ずかしさ倍増じゃないか。


「それでミライマン、どうやって攻撃すればいいの?」

「ビームでもサイケ光線でも物理攻撃でもご自由に」

「適当すぎないっ!?」


とか言っている間にも怪獣はがんがん破壊活動を続けているので、流石になんとかしなくちゃと考えた私は思い切って怪獣の前へと飛び出し両手を広げた。


「と、止まりなさい!」


勇気を出して大きく一声。けれど、それに対抗するようにして怪獣がまた一つ鳴いた。耳を劈くような鳴き声が轟いて広がるので反射的に耳を塞ぐと、今度は口から炎が吹き出され目を瞠った。


「うわああああ!みらいまあああん!」

「両手を前に出して下さい!」

「ひいっ、」


言われた通り咄嗟に手を前へ出すと、大きくて半透明なハートシールドが出てなんとかバリアー出来たので一つ息をつく。少し力を抜いたらそれだけで簡単に吹き飛ばされてしまいそうだけど…


「さあナマエさん、反撃開始です」

「反撃開始です!って言われても」

「なにか武器になるものを思い浮かべて見て下さい」

「そんな急に言われてもっ、」


時間がありませんよと言われて余計に焦ってしまう。うんうん唸ってふと思い出したのは、モエPが終わったあとにやっていた男児向けアニメで出て来た巨大バズーカ。いやいやさすがにそれは、モエPには不釣り合い。けれどその一瞬の想像でも形になってしまうらしい。またポポポポーンって音がして眩しく光ったと思ったらすぐ頭上に黒光りするそれがあってキャッチする。しかし妙にスースーする胸元に違和感を感じて目をやるなり瞠目した。


「う、うわああああ!ミライマンが抜けたせいでまた露出が増えてる!」

「す、すみません」


くっそぅ…。こういう恰好はもっとスタイルのいい可愛い女の子がするべきだよ。私の想像力が乏しかったせいで自分の見た目が変わらなかったのもあって余計に恥ずかしい。羞恥心に見舞われながらも意外と重くないそれを構え、十分に狙いを定めるとそのまま息を止めて引金を引いた。怪獣のお腹にバズーカから放たれた光の玉が激突して、また鋭い悲鳴が鼓膜に響き顔を顰めた。


「うわ、まぶしっ、」


急に怪獣が白く眩しく光ったのに目を細める。そのまま光の玉となってバズーカに吸い込まれたのを見て、何度か瞬きをしつつミライマンを一瞥した。


「え、おわった、の?」

「えぇ、おめでとうございます」

「意外とあっさり」


私って結構怪獣退治のセンスあるんじゃないのと思った所に「弱い怪獣でラッキーでしたね」と言われてぐさっときたので空笑いする。


「ミライマンって時々辛辣だよね」

「そんな事ありません。さあ、帰りますよ」

「はーい」


一気に飛び上がるとパンツ丸出しになってしまう為少しずつ跳ねながら元来た場所まで戻ろうとしたその時だった。頭についていた金の髪飾りに陽の光が反射してキラキラ光るのに寄ってきたのか。やけにカラスの鳴き声がするなと思ったその直後、突然目の前に突っ込んできたのに驚いて咄嗟に両手を顔の前にやる。その拍子にバズーカを落としてしまった訳だけど、一瞬にして元のシリマルダシの姿へと戻ったミライマンを目にしたのと同時に私の変身も解けて。「ひえ、っ」視点が一気に反転し真っ逆さまになる。うっ、そ…!


「きゃあああああああ!!」

「ナマエさんっ」


凄い風圧にばたばたと服や髪がはためく。確実に近くなる地面に気絶寸前な私の前に、ふわんとミライマンが滑り込み目の前が深緑一色に染まった。目を見開く私の唇がミライマンの小さな口に食べられる。ぴたりと、途端に風の音が止み周りの景色も変わった。状況がよく分からないままにべしゃりとカーペットの上に落とされる。未だ食べられたままの唇にきょどりながら、さっきと打って変わって怖いくらいしんとした中おもむろに身体を起こしえへへと一つ空笑いを零してみたりして。


「た、助かった、ミライマン瞬間移動も出来たんだね」

「…」

「…ミライマン?」


何故か黙りこくったままのミライマンを不思議に思って顔を近づけるとふよふよ浮いたまま距離を置かれて笑みが固まる。


「え、なんで避けるの」

「…いえ、別に」

「なによ、言ってよ」

「…では言わせて頂きますが」

「うん」

「どうしてそうも平常心なんですかっ無機質だからっ?無機質な私だとノーカンですかそうなんですね!」

「えっ、ええっ」

「まったく、私ばっかり意識してバカみたいじゃないですか」


急にプンスカしだしたミライマンにぱちくりしながら狼狽えていると、ミライマンはもう一度まったく!と呆れるように言ってリビングの方へと行ってしまった。見事に置いてけぼりをくらった私はただひたすら呆然と固まるばかりだ。だってミライマンこそそういの、流すタイプっぽいのに。


「…ノーカンって」


じゃあ逆にカウントしてもよいのですか。そっと指先を唇に乗せたら、なんだか急に火がついたみたいに顔が熱くなって困る。


「えー」



ー怪獣さんはピュアハートー



20160723


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