午後二時半、彼女がおぼんに茶を乗せて時間ぴったり部屋に入ってくる。いつも通り会議を始める。

午後四時、会議を終える。それと共に食事の予約を彼女に取り付ける。

午後六時、待ち合わせ場所にて集合、そのまま予約したレストランへ行きディナーを共にする。それとなくいい雰囲気へ持って行き告白、そして一年の交際を経て時期を見てプロポーズ。最終的にはハワイで白いウェディングドレスに身を包んだ彼女とけっ、こん。


完璧だ。そう、私のスケジュールはもう出来上がっている。あとはこの筋書き通りに実行したらいいだけなのだ。簡単な事ではないか、


「失礼します、長官」

「…!」


意思を固めているところへこんこんと控えめにノックがされ、不覚にもびくりと肩が跳ね上がった。情けない。そしてそんな様を彼女に見せる訳にはいかない。依然と冷静を装い彼女へ向き直ると、机の上にまだ湯気の立つお茶が置かれる。「ありがとう」お礼を言えば、彼女は返事の代わりに一つ柔らかい笑みを浮かべ私の前へと腰掛けた。


「では始めようか」

「はい」


午後二時半、いつも通り会議が始まった。心なしか心臓の動きが少しほど速い気もするが平然を装い会議を進める。彼女も容量がよく時間の調節が出来るため会議はサクサクと進んでいった。


「それで長官、ここの予算なんですが、」

「…」

「長官…?」

「あぁ、どうした」

「最近ぼーっとしている事が多いようですが、何かあったんですか?」

「特に何もない。会議を続けよう」

「…そうですか?」

「そうだ」


あと15分、あと15分で今日の会議は終了する。早鐘を打ち出す心臓に目を泳がせながら会議が終わるのを待った。午後四時、ぴったり。彼女が資料を片付け始める。


「それでは長官、本日もお疲れ様です」

「ああ、お疲れ様」


今だ、言うんだ。会議中もつい集中力を切らして今夜一緒にディナーでも今夜一緒にディナーでも今夜一緒にディナーでもという台詞を何度も脳内シミュレーションしてきた成果をここで言わずにどうする。そして今日、今ここで言えなければこの計画も本日で33回目の失敗に終わってしまう。これ以上スケジュールを遅らせるわけにはいかない、なんとしても今日、今日こそは…!


「…その、君、」

「はい?」


書類と盆を持ち立ち上がり、今にも部屋を出て行ってしまいそうな彼女に内心焦りつつ声をかけた。長い睫毛に縁取られぱっちりとした瞳が私を捉える。途端に続きが言えなくなり口ごもると、「どうしました?」と小首を傾げたのに確信犯かとすら思えた。その小さな動作がいちいち可愛いんだよと、言えてしまえば楽なのだろうか。


「だから、その」

「はい」

「…最近スカート丈が短すぎるんじゃないか」


ばっと彼女がスカートの裾を手で押さえた。違う、そんな事を言おうとしていたのではない、「ただでさえ男の多い職場でそんなに脚を露出するのは如何なものだろう」違う、気持ち短めなのは確かだが私の前ならノープロブレムだ。寧ろウェルカム、


「すみません、一応指定の長さにはしているのですが。明日からはパンツスタイルのスーツに変えて、」

「いやスカートのままでいい」

「ですが、」

「その方が私と並んだ時に見栄えがいい」

「…なるほど、分かりました。もう少し長めの物を新調して参ります」

「ところで、君…、今夜、その、もし空いているなら食事でも、しながらこれからの(二人の)事について話をしたいのだが」

「(これからの事?仕事についてかな)」


緊張のせいで予定していた物とは全く違う少々支離滅裂なことを言ってしまったが、彼女にはしっかりと伝わったらしい。


「いいですよ」


微笑んで頷いてくれたその様子にすっと心が軽くなる。「わー、長官とご飯行くの初めてですね!」と口の前で指先を揃えて笑うのに胸がぎゅっと音を立てた気がした。


「本当は、もっと前から誘おうと思っていたのだが、」

「いえ!長官がお忙しいのは承知の上ですから。寧ろ長官と(ご飯に)お付き合いできてとても嬉しいです」

「…ん?」


今、彼女は何と言った?私の聞き間違いでなければ確かに「今、私と付き合うと、そう言ったのか?」確かめるように繰り返すと、彼女は一瞬きょとんとした後にこくんと頷く。付き合う、つまり交際、ゆくゆくは結婚するのだから結婚を前提の付き合い。


「はい、わたしでよければいくらでも」


わたしでよければではない、君でなければいけないんだ、とはプライドが邪魔して言えなかった。心が浮きだち気分も軽かったが、何でもないようにそうかとだけ答える。では今夜の食事は二人の初デートになるわけだ。漸く予定通りになってきたことに満足しつつうんうん頷き、彼女に待ち合わせ場所と時間を指定する。分かりましたと笑顔で部屋を出ていった彼女にここで思わず笑い声が漏れた。ふふふふ、ステップその一、ディナーに誘うはクリアだ。いやそれだけではない、ステップその二交際を申し込むもクリア。さぁ、大まかなプランは決まっている、次は以降の細かいデート設定や食事の日程を決めなければ。

スケジュール帳を取り出しさらさらと軽い調子で執筆していたところでふと疑問が一つ頭をよぎった。…そういえば私はいつ彼女に交際を申し込んだのだろうか。覚えていない。だが彼女が付き合うと口にしたのは変わらない事実であり、恐らく緊張のしすぎで知らず知らずのうちに言ってしまったのだろうと自己完結し特に気にも止めなかった。


「…今日は交際記念日だ」


これからの未来を想像し、また嬉しくなり一人で笑ってしまう。ああ、今夜の初デートが楽しみでしょうがない。



ー勘違い仕立てのミルフィーユー



「長官、お茶が入りました」

「…ああ、ありがとう。そこに置いてくれ」

「はい」

「ナマエさん」

「…はい?」

「そろそろ止めないか、その長官というのは」


え…。と、開いた口が暫くその形のまま固まっていた。なんとお答えしたらいいのか分からず、戸惑いながらも「では、…キャップ時雨院?」とおずおず口にしてみるものの、長官は納得がいっていないようで依然と眉間に皺を寄せている。はて、長官、キャップ時雨院以外に呼び名はあっただろうかと記憶の引き出しを開けまくってみるけど妥当な答えは見つからない。早く、早く答えなければ長官の気に障ってしまうと焦る私を見越してか、長官が「時常」とだけ口にしたのでわたしも恐る恐る「時常、さん?」と言えば彼はとても満足そうに大きく頷いた。

…どうしよう。最近長官の様子が可笑しい。明らかに、可笑しい、変。最初は主に食事を共にする回数が増えただけで、長官と仲良くなってきたんだなと思うと素直に喜ばしかった。でも今までは名字にさん付けや君と呼ばれていたのが知らないうちに名前にさん付けで呼ばれるようになっていたのにまず「…?」となり、いかにも高級そうなお菓子やプレゼントを頂いた時には「…???」とハテナが倍増し、何回目かの食事の帰りで急に手を握られたのに「…!?」となった挙句の果てに社内だろうが外であろうが二人きりになると頭を撫でられたりハグまがいのことをされたりスキンシップが増えたのに「…!!??」となってそして今のこれである。時常さん、セクハラですか?いやまさか、長官に限ってそんな…。無意識?いやいやいや、それこそ長官に限ってあり得ないだろう。


「あの、ちょうか…、いえ時常さん」


長官と言いかけた途端にまた眉間に皺が寄ったのですぐに言い直す。「どうした」言いながら長官に腕を引かれ後ろ向きになり、自然と長官の膝の上へと誘導されたのにまた「…!?」となった。これは、一体…、


「…なんでもないです」


なんでもないというか、言おうとしていたことがぶっ飛んでしまったよ。え、何これ、やっぱりセクハラ?汗が、汗がやばい。


「あの、長官、会議を、」

「ああ、始めようか」

「(このままっ?)あ、あの、放していただけませんか」

「ふっ、相変わらず照れ屋だな、君は」


照れ屋というか、頭の中大混乱というか。お腹に回されていた手がゆっくりと解かれ離れていくのにほっと息をつく。どうしよう、これは正直にお伝えするべきだろうか。長官こういうの世間ではセクハラに分類されてしまうんですよ。少しストレートすぎるだろうか。そもそも長官にとっては部下への愛情表現なのかもしれない、少し行き過ぎてるだけで、スキンシップを取ることで仲良くなれると思ってる、とか?何にせよセクハラですは長官の機嫌を損ねてしまう気がするから言えない。


「あの、長官…」

「時常だ」

「時常さんはわたしのこと、どう思ってるんですか?」


元々コミュニケーションを取りづらい人だとは思っていた。でもそれはわたしだけでなく、多分時常さんも同じように思っていたのかもしれない。そう、コミュニケーションが苦手でどう接したらいいか分からないんだ、長官は。女の子の少ない職場だし、女性部下の扱いに慣れてないんだと思う、と自分に言い聞かせ真っ直ぐと長官を見た。長官は驚いたように目を少し見開いたけど、すぐにわたしのことをじっと見つめ返す。


「そういえば、そういう類の事は口にした事がなかったな」

「はい」

「…まず、私は計画性のある人が好きだ。きっちりと時間を守って行動する人を秘書にしたいと、そう思っていた。それに抜擢されたのがナマエさん、君だ」

「…はい」

「毎回のお茶の温度、濃さ、会議の進行速度、実際の働き、どれも私の理想そのものだった。私はナマエさんのそういう、正確に時間を守るところが好きだ。もっと仲良くなりたいと、そう日々思っていた」


やっぱり!仲間としてという意味だとは分かっているが、面と向かって好きだと言われるのは何だか照れる。ていうか長官も部下に向かって好きとかいうんだ、意外。そして思った通りだった、長官はわたしと仲良くなりたい、部下として、専属秘書として、信用して下さっている。とても喜ばしいことじゃないか。


「わたしもちょうか、時常さんと同じ気持ちです。もっと仲良くなれたらなと思っていました」

「ナマエさん…」

「わたし、もっと時常さんの期待に答えられるよう頑張りますから!でもあんまりベタベタされるのは恥ずかしいので、出来ればやめて頂きたいのですが」

「そうか、それもそうだな…うん、分かった」


考える素振りを見せ、静かに頷いた長官につられてわたしも笑顔で頷く。「次からは人前ではベタベタしない」…うん?


「人前では?」

「ああ、人前では」

「じゃあ、二人きりの時は…?」

「何か問題があるのか?」

「大有りですよ!」


目の前の長官が怪訝そうな顔をする。え?わたしも訳が分からなくて唖然とすると、長官は何度か静かに瞬きをしてから「もしかして、初めてか?こういうのは、」とどこか言いづらそうに言った。こういうのとはこのセクハラまがいの行動のことだろうか。


「はい、こんな事されたのは長官が初めてです」


長官が何を言いたいのか分からなかったので取り敢えず正直に答えると、長官がはっと目を瞠りわたしの肩を掴んだ。うわ、びっくりした。じっと見つめられ戸惑っていたら、唐突に長官がすまないと謝った。…えっ?


「ナマエさんの気持ちも知らず考えず、私はなんて事を」

「長官…?」

「安心してくれ、もう二度と、二度と君の嫌がるような事はしない。これからはゆっくりナマエさんのペースで共に進んでゆこうではないか」

「は、はぁ…」


なんかよく分からないけど、長官は理解してくれたらしくわたしの両手を取りきゅっと力を込めた。なんかよく分かんないけど!取り敢えずわたしのお悩みは解決したらしい。


「あの、えと、…ありがとうございます」

「なに、恋人の気持ちを考えるのは当然のことだ」


長官の口からさらりと出てきたその言葉に酷く違和感を覚えた物がある。聞き間違いだろうか、今確かに恋人と聞こえた気が、


「すまない、もう時間だ。次の会議へと急がなければ」

「まっ、待って下さい!」


お茶を飲み干し、資料を片手に席を立った長官の腕を掴むと、長官の持つ資料がばらばらと床へ落ちてしまい慌てて拾い集める。


「すみませ、ん…?」


すると仕事の資料に紛れて一枚どう見ても別物の紙を見つけてきょとんとする。長官によって瞬時に回収されてしまったからよく見えなかったけど今のはどうみても、


「婚姻届け、ですか?」

「っ…!」


びっくりした。まさか、長官が、


「いや、これはその、」


いつもは血色が悪くて色白の肌が、今だけは赤くなっており慌てていた。珍しい、こんな長官を見るのは初めてだ。さっきの恋人発言も忘れて「ご結婚なさるんですか?おめでとうございます!」と祝福の言葉を言おうと思っていたのだけれど、その前に長官に左手を取られあれ?となった。


「本当は、もっと後に言うつもりだったんだが」

「はぁ」

「見つかってしまったからには仕方がない。ナマエさん、」

「はい」

「私と婚約して下さい」

「…」


にっこりと笑ったまま動けなくなってしまったよ。だって、長官の鞄から四角い箱が出てきて、更にその中にはきらっきらの高そうな指輪があって、それが私の左手薬指に、…うん?何これどういう事なの、


「勿論、婚約といっても今すぐ結婚する訳ではない。ただ、結婚を前提にお付き合いしているということを改めてお互いに意識しておこうと思い、」


婚約?結婚を前提にしたお付き合い?恋人?誰が?…もしかしてわたし?そんな馬鹿な、

頭の中がハテナだらけになって長官の言葉がまともに入ってこない。でもここで漸く長官が大きな勘違いをしているのだと気付き、そう考えると今までの食い違いも面白いくらいに合点がいって青ざめた。え、でも、いつから…?


「そして、ゆくゆくは結婚したい、と思っているわけだが、ナマエさんはどこで式を挙げたい?個人的にはハワイを考えているのだが。はは、君のウェディング姿、絶対に綺麗なんだろうな」


ぶわっと汗が噴き出す感覚。勿論この婚約にOKすることなんて出来ない。しかも気が早い。でも珍しく微笑みを浮かべる我が長官に、すみませんそれ勘違いですとはとてもじゃないけど言えそうになかった。


勘違いミルフィーユのかんせい!


20160919


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