「天城ちゃーんっ、ご飯行こー?」 「煩い、こっちは忙しいの、ベタベタ引っ付かないで暑苦しい」 「辛辣だなぁ天城ちゃん。スイートボーイズの数少ない女の子同士なんだからさぁ、もっと仲良くしようよぉ」 「……」 「あれっ、無視?無視とかわたし傷ついちゃう!」 「うるさい」 心底煩わしそうな目で見られしっしっと追いやられる。構わず、いやいやと顔を摺り寄せたら天城ちゃんに一喝怒鳴られてしまった。その気迫に押されて思わずぱっと離れる。きっついなぁ天城ちゃん。眉間に皺を寄せながら行ってしまった天城ちゃんは折角美人さんなんだからもっとニコニコしたらいいのに。前にそう言った事があったけれど、余計なお世話だと怒鳴られたのを思い出す。ついでに、あなたのその伸ばした語尾とチャラチャラした喋り方も嫌いなのと言われた事まで思い出してしまってまた落ち込んだ。ずーん。あれでもね、結構傷ついてるのよ天城ちゃん。 「またフラれたのか」 「…少佐、慰めてくれてもいいんですよ」 寧ろよしよしして!とそのウェスティンチックな胸に飛び込もうと突っ込んだら見事に躱されて冷たくて硬い床にダイブした。痛い、普通に、痛い。何がって、身体も心もボロボロだよ!よろよろ起き上がると、後方から下田ぶちょーにあれっ?ナマエっちそんなところで何してるのと聞かれた。ね、ホント何してるんだろうね、わたしが聞きたいよ。 「そこは受け止めてよ少佐ぁ」 「そんな事より俺のコーヒーはどこだ、そこでドリップしてたはずなんだが」 「そんな事だなんて酷い」 「ん?少佐の言ってるコーヒーって確かさっきナマエっちが全部床にブチまけたやつじゃあ、」 「ぶちょー!」 しーっ!それ駄目なやつ!慌てて下田部長に顔を向け表情で訴えるけどもう手遅れな訳で、ナマエ、お前か、と少佐に頭をはたかれた。痛い!堪らず叫ぶが、少佐に新しく淹れて来いと指でジェスチャーされ渋々従う。「お願いだから部長もっと空気読んでよ」「いやごめんごめん、僕ってほら、正直者だからさ」なんて会話を織り交ぜつつ再びコーヒーのドリップを始める。 「うーん、いい匂い」 コーヒーにはあまり詳しくないけれど、中々いいやつみたいだ。コーヒーの香りに負けて一口、飲んでから後悔した。あ、苦い、めっちゃ苦い。わたしはもうちょい甘口が好みだな、とシュガーポットから角砂糖好きなだけ入れてミルクも適量入れてからもう一度味見したらすっごい美味しくなっていて思わず声を上げた。 「やばいです少佐!わたし天才かもしれない」 興奮しながらはいとコーヒーカップを差し出す。しかし少佐はカップの中を見た後わたしの顔をじっと見てまたカップに目を移した。 「どうぞ」 「…ナマエお前舐めてるのか。コーヒーといいばブラックだろ」 とか言いつつ少佐はカップを持ち上げておもむろに口をつける。彼にとっては相当甘かったのか、少佐が僅かに眉を寄せた。やはりわたしと少佐とじゃ味覚が違うんだろうなと考えつつ頬杖をつきながら小さく首を傾げた。 「淹れなおしましょうか?」 「あぁ、頼む」 「…!ねーっ、そこのきみーっ」 丁度いいところに天城ちゃんとこの部下くん発見。じゃあ彼に淹れてもらおうかなと声を掛けると、彼は少し驚いたのか、目をぱっちりさせながら自分すか、とでも言うように自身を指差したので満面の笑みで頷く。 「あのね、ちょっとコーヒーを、」 「いや、やっぱりいい」 少佐がわたしの言葉を切り、部下の方に行っていいぞと手で合図を送った。わたしはきょとんと目を丸めたまんま、困惑する彼に「うん、じゃあいいや。ごめんねー、ありがと!」と付け加える。 「あの、ナマエ班長、」 「うん?」 「いえ、なんでもないです。失礼します」 何を言いかけたんだろう、気になる。けれども急いでるらしく駆け足で行ってしまったので、うん、まぁいいか。なんとなく無言でいると、部長が僕もお茶飲もうかなーと言って席を立った。甘ったるい苦手なはずのコーヒーを、少佐がまた口に含んだけど今度は表情を崩さなかったのにあれと思う。 「もしかして、甘いコーヒー気に入りました?」 「そんな訳ないだろう」 「じゃあ何で急にコーヒー取りやめたの?あっ、まさかまさか、わたしの淹れたコーヒーじゃなきゃ飲みたくない、とか」 「さぁ、どうだかな」 冗談めいた口調で言ったそれは見事に曖昧に返された。見ると少佐の口元は浅く弧を描いていて、やはりただの気まぐれかとも思える。けれど「ナマエ、コーヒー。ブラックでな」わたし特性の甘々コーヒーをテーブルに置いてそう言われたら胸のドキドキ止まらないわけで。え、本当に? 「しょうさ、」 「ナマエ班長!こんな所で何してるんですか!」 「…んー?なに、どうしたの」 またもや言葉を切られて少し顔を引きつらせながら振り返るとウチの部隊の子だった。彼はどうしたのじゃありませんよ!忘れたんですかっ?と焦っている様子だ。それを見てたらなんだか、わたしも不安になってきたな。あれ、今日って、 「なんかあったっけ」 「班長しっかりして下さい。今日は天城部隊と合同会議の日です」 彼の一言で全て一気に思い出して見る見るうちに青ざめた。そうだそうだ、合同会議の時はわたしと天城ちゃん代わり番こで指揮を取ることが多いのだけれど、そういえば今日の指揮官わたしだったっけ。 「やばい」 「天城隊長、カンカンでしたよ」 「うわあああ!ただでさえ天城ちゃんから嫌われ気味なのにぃ!」 「急いで下さい班長っ」 「ナマエ」 青くなるわたしの手首を彼がひん掴むと同時に、少佐が素早くわたしの名を呼んだ。表情はサングラスのせいで読み取れない。 「お前の淹れたコーヒーが飲みたい」 「…へっ?」 「堂ヶ島少佐!うちの班長誑かさないで下さい!」 「誑かすだなんて人聞きが悪いな」 「ナマエ班長もなにぽけーっとしてんですか、行きますよ!天城隊長にこれ以上嫌われていいんですかっ」 その言葉にはっとしてそれはまずい!と声を上げると、「じゃあ急いで下さい」とそのまま腕を引かれた。あ、なんかこの状況、いい。 「少佐!コーヒーは後ででもいいですか」 振り向きざまにそう言うと、少佐がやれやれとでも言いたげに肩を竦めた。わたしは少佐のこのポーズがとても好きだったりする。かっこいい。思わず見惚れていると部下くんに引っ張られたまま前進していたから壁にぶつかった。いたい。ぶつけたところを押さえると何してんですか!とまた呆れられてしまった。 「えへへ。でもこういうの、なんかいくない?」 「はい?」 「恋人同士みたい」 「あ、ちょっとナマエ班長とそういうのは勘弁です」 「おい」 会議室について中に入るなり、天城ちゃんには悉く怒られてしまったよ。天城ちゃんこわーいぃ。「家についてご飯にしようと思った途端の電話よ、会議にあなたが来てないって聞かされてすぐ駆けつけた私の大変さがあなたに分かるかしら」うん、うん、ごめんなさい、と相槌を打ちながら俯くと、大体あなたは!と言われた時に天城ちゃんの履いてる靴がとても見覚えのあるものでわたしはあれと顔を上げた。 「天城ちゃんのその靴」 「…!」 「この前わたしが、天城ちゃんにきっと似合うよーって言ったやつ?」 以前雑誌の中で見掛けた靴がすーっごくお洒落なやつで可愛くて、わたしよりも天城ちゃんの方が似合いそうだったから推薦した事があったのだが、あの時天城ちゃんに好きじゃないわと言われてしまったのを思い出す。さっき天城ちゃんに絡んだ時は間違いなくいつもの靴だったのだけれど。一度家に戻ったと言っていたし、履き替えたのだろう。いやというかそれよりも、 「買ったの?」 「っ、勘違いしないで!ただ靴屋で偶然見つけてセール中だったから買っただけよ」 「…うん、そっか」 「もう今日のところはいいわ、私が指揮を取る。その代わり次は二回連続であなたが指揮を取りなさい」 「うん」 「…ほら、分かったんならさっさと行って。ついでにそのだらしない顔を今すぐ引き締めないと今度こそ嫌いになるわよ」 そう言われてでれでれと締まりのない顔を慌ててなんとかしようとするけど、口元のニヤニヤが止まらない。天城ちゃんはやっぱり可愛い。スキップしそうな勢いで再び戻ってくると、ソファには下田部長だけが腰掛けていて疑問符が浮かぶ。 「あれ、少佐は?」 「さぁ。じっとしていられないのが少佐だからねぇ」 「確かに」 テーブルの上を見るとわたしのコーヒーが置きっ放しだった。それでも半分くらい減っているのを見るとつい笑ってしまう。口につけるとやっぱり甘い、わたしのコーヒーはすっかりぬるくなってしまっていた。 「…ん?」 床の端くれに何か落ちているのを発見。おや?と思い何となしに拾い上げて見てみると、中に写真が入っていて思わず固まった。え、え、うそ。目を瞠りながらその写真を凝視すること数秒、頭上からさっとそれを取り上げられ、つられて顔を向けると少佐が立っていた。 「…しょーさって、結婚してたんですね」 「あぁ」 「えー、すっごいお淑やかそうな奥さんじゃないですか。しかもお子さんまでいたなんて。いやー、全然気づかなかった」 うん。そっか、少佐、とっくに家庭あったんだ。うん、そっかそっか、うん、…うん。 「っ、下田ぶちょーっ!」 部長の隣にダイブすると驚かれた。顔を埋めて微動だにしないわたしに部長がおろおろしつつ「え、どうしたナマエっち、」と言われたので勢いよく顔を上げる。どうもこうも、 「もう今すぐなにか食べたいっ、部長のお弁当分けてください!」 ー失恋ラバーズー (え、うーん、まぁいいけど、何で泣いてるの。さっきまで笑顔だったのに) (失恋ですよ失恋、もうやけ食いしてやる…!) (ちょ、待って、僕のお弁当でやけ食いしないで!てか失恋って天城ちゃんに?そんなのいつもの事じゃない) (うううーっ!ぶちょ〜っ) 20160221 |