※捏造多め

軽くノックをしてドアを開け、中へ入るとお義兄さんしかいなくて一瞬固まってしまった。お風呂場から水音が聞こえてくるのでお姉ちゃんが入っているのだろうというのは安易に想像出来る。あ、どうしよう、タイミング悪かったかなと気まずく思ったものの、お義兄さんは左程気にしていないらしく「チャコならもうすぐ上がるだろう、座って待つといい」と言われてしまったので大人しくそれに従った。紅茶でいいかと聞かれたので慌てたように頷けば、直ぐに洒落たティーカップが出てくる。


「頂きますっ」

「…あぁ」


猫舌の為ふーふーしながら紅茶を口に含む。するとお義兄さんが突拍子もなく「聞いたぞ、恋人が出来たんだってな」などと言うので危うく紅茶を吹き出しそうになった。慌てて飲み込むと今度はむせてしまいゴホゴホ咳き込むと、お義兄さんがふっと口元に笑みを見せる。


「こっ、なっ、こここ、いびとっ!」

「まぁそう慌てるな、落ち着け」

「だ、ってゴホゴホっ、恋人なんてそんなデマっ、一体どこから…!」

「ん?なんだ、違うのか」

「ぜんぜん違いますよ!お義兄さん一体どこ情報ですかそれ」

「ナマエが怪獣役者の彼とよく一緒にいるとチャコがな。とても嬉しそうにしていたよ」


怪獣役者の彼。確かに比較的一緒にいる時間は長いけれど別に恋人なんかじゃない。頭に浮かんだ彼の姿に思わず赤面。するとお義兄さんに声を立てて笑われた。ちょ、なに笑ってんですか。


「赤くなる辺り満更でもないらしいな。これから彼氏になる予定か?」

「っ〜!違いますー!ちょっと気が合うとかたまたま一緒にいる時間が多いだけで、ただの同僚だし」

「…そうか」

「そうですよ。第一私、今はまだ恋人なんて」

「だが、チャコは心配していたぞ」

「お姉ちゃんが?」

「辛いこと悲しいことがあっても一人で抱え込まず、ちゃんと分けあえる素敵な人がナマエにも出来ればいいのに、ってな」

「…んー、」

「あんまり口にしないだろう、そういうの。そんなんじゃあいつか爆発するぞ」


昔から遠慮して本音が言えないのはよく言えば我慢強くて悪く言えば私の悪い癖だった。昔はよくお姉ちゃんに零していたものだけれど、それもなくなって胸にしまう事が多くなったのはいつからだったか。うーん、爆発、ばくはつかぁ…分かってはいるのだけれど、も。返す言葉が出て来なくて黙り込む。するとお義兄さんは目を伏せながら言った。「まあ、無理して作るものでもないだろう」静かに紅茶を飲むお義兄さんを横目に、私もカップを手に取ってそっと口をつけた。それっきりお互い黙り込んでしまい沈黙に包まれたものの、不思議と気まずさは感じない。

お義兄さんは表情の変化があまりないから、初めて会った時は何考えてるか分からない人だなと実は少し人見知りをしていた。表情が豊富でないというのはうちのお姉ちゃんにも言えることなのですぐに慣れたが、それでも沈黙が続いたりすると息苦してしょうがなかったのに。私も大分馴染んできたなあ。あれからもう何年経ったのだろう。


「ナマエ、来てたの」

「あ、うん。お姉ちゃんに聞きたい事があって」

「そう、ちょっと待ってて。ケン、お風呂、熱いうちに」

「あぁ」


お義兄さんと入れ替えで、お姉ちゃんが私の前に腰掛ける。丁寧にタオルドライをして、お風呂場のドアが閉まる音が聞こえるなりそれで?と話を持ち出したお姉ちゃんに小さく頷いた。


「あのね、私今まで案内係だったんだけど、人手不足だからって言われて託児所の方
に移動になって」

「うん」

「制服も変えなきゃってなって貰いに行ったんだけど、それがどこに聞いても無いって言われるからさ。あれって普通どこで受け取るものなの?」

「あぁ、託児所用の制服は確か…地下室の一番奥の部屋で貰えた気がするけど」

「うん、分かった。じゃあ明日行ってみよーっと」

「うん…で?」

「うん?」

「え、それだけ?」

「うん、そうだけど」


はあ。お姉ちゃんがあからさまに溜息をつき、呆れた眼差しで私を見るのでたじろいでしまう。え?なになに。


「身構えて損したじゃない。もっと凄い悩みとか、何か相談があるのかと思ったのに」

「えー、私にとっては大事な事だよ。制服ないと困るもん」

「そういうんじゃなくて、もっとこう、…そうよ、彼とはどうなの?上手くいってる?」

「…!そうそれ!言おうと思ってたんだけどあの人ただの友達であって恋人なんかじゃないから」

「そう、でも彼のこと好きなんでしょ?」

「えぇ?何でそうなるのよ」

「彼の話して顔が赤くなるのは意識してる証拠」

「違いますー。だって私他に好きな人いるし。もうとっくにフラれてるけど」

「ちょっとそれ初耳」


誰?割と神妙な顔をして距離を詰めたお姉ちゃんにただ一言、お姉ちゃんの知らない人だよと言えば不満そうに「そう、」と呟く。不意に浴槽から零れる水の音が聞こえておもむろに瞬きをした。


「今でも好きなの?その人のこと」

「ううん、今はもう吹っ切れたっていうか、好きというよりは憧れに近いかな」

「…そっか」

「うん」


叶わない恋だと気付いた時は思わず泣いてしまった。どうして好きになってしまったのかと自分を責めて、誰にも相談出来なかったあの頃は今思い返すととても追い詰められていたと思う。表上はなんでもないように振舞っていたつもりだけど、お姉ちゃんには見事に見抜かれていたっけ。あ、そういえばもう一人だけいた、あの時何故だか私の、不安定な気持ちを言い当てた奴が、


「ナマエと相性いいと思うんだけど、怪獣役者の彼」

「まだ言うか。確かにいい奴だけどさー」

「けどなによ」

「私は暫く恋愛したくないから」

「とか言って、彼といる時のナマエ、凄く楽しそう」

「なんでそんなの分かるの」

「分かるよ。大切な妹だもの。ナマエの事は下手したら、ナマエ以上に知ってる」


少しだけどきっとした。確かにお姉ちゃんは鋭いし、下手すると私よりも私の事を知っているから、もしかすると私の気持ち全部筒抜けなのかもと思うと胸の奥が冷えた。そんな私のことも見透かしたように、お姉ちゃんが「ナマエはもっと自分の気持ちに素直に生きなよ」と目を細めながら言った。でもお姉ちゃん、それはお姉ちゃんも一緒だよ。お姉ちゃんももっと、みんなに素顔を見せればいいのに。本当はお姉ちゃんが表情豊かなのを、妹の私は知っている。

私が恋人を作らない理由はとても簡単な物だった。好きな人が出来たら、大切な人が出来たら、私はきっとその人と未来を生きたくなってしまうから。家族になりたいと、きっと思ってしまう。そんな事になったらお姉ちゃん達、悲しいでしょう?お姉ちゃんは私のこういう気持ちも全部見越した上でああ言ったのだと思う。でもだからこそ今はまだ、お姉ちゃんの家族でいさせて。







「ナマエ!」


休憩時間、子供たちに提供しているのと同じパックのオレンジジュースを飲みながら時計に目をやっていると、半脱ぎの着ぐるみをずるずる引き摺る彼に名前を呼ばれ顔を上げた。撮影を終えたばかりらしい。額にも首筋にも汗がダラダラの状態でも彼は爽やかに笑い嬉しそうに手を振る。お疲れ様と一言掛けるよりも早く、彼が一口くれよと私のオレンジジュースを指差した。


「私の飲みかけだよ?」

「え、あれ、ナマエってそういうの気にするタイプだっけ」

「ううん、別に気にしないけど…あんまりベタベタしてると皆に勘違いされちゃうから」

「は、勘違い、って?」

「二人は恋人同士なんじゃないか、とか…」


言葉に詰まりながらしどろもどろにそう言うと、彼は露骨に顔を顰めてふいと顔をそらした。


「ナマエは嫌か?俺とそういう噂になるの」

「え…?」


なによ、それ。そう言うそっちこそ、いいの?聞いたところでああ、いいよ、と、とんだ自惚れだけどそうベタな返事が返ってくる気がして、言うに言えなかった。黙り込んでしまった私に彼が口を開く。


「俺は、」


ぴぴぴっ、短く響いた可愛げのかけらも無い電子音は私に着信を知らせていた。彼が気まずそうに頬を掻いた後、出なよとぶっきら棒に言って背を向ける。電話の相手を確認して思わず瞠目。電話だとどうしても、緊張してしまう、から。もしかすると第一声は裏返っていたかもしれないと思うと居た堪れなくなった。


「はい、ナマエです…はい、はい、そうです…あっ大丈夫です!ちゃんと貰えました」


電話の相手はお義兄さんからで、内容は制服がちゃんと受け取れたか確認の電話だった。そのまま他愛のない話をして、口元に笑みを残したまま電話を切る。そのまま彼と目を合わせようと顔を上げるけど、彼にはすいすい視線を逸らされる一方で全然合いそうになくぽかんとしてしまった。え、なに。変に思ってわざわざ至近距離まで詰め顔を見るとやっぱりふいと背けられてしまう。


「どうして怒ってるの」

「怒ってないし」

「話遮っちゃったから?今度はちゃんと聞くよ」

「別に。ただ随分嬉しそうに電話すんのなって思っただけ」

「…そりゃあ義理の兄だし、私たちのリーダーだし」

「…まだ好きなのかよ」

「そう見える?」

「あぁ」

「そっか。でもそれ、ハズレ。私はもっと、私にぴったりの素敵な恋人を探すことにするよ。例えば私の事なら見てるだけで何でも分かっちゃうようなね、すぐ見抜けちゃって慰めてくれる、そんな人がいい」

「…俺、俺割りと、ナマエのこと…見てるつもりなんだけど、」

「?うん、知ってるよ?」

「…あっそう」


ふんと拗ねたようにそっぽを向いた彼の耳がほんのりと赤い。どうしてだかこのタイミングで昨日お姉ちゃん達に言われた事を思い出して私まで赤くなっていると、「そういえば移動になったんだってな」と言われ自慢げにケープの裾を持ち左右へ広げて笑った。


「似合う?」

「…黄色の方が似合ってた」

「えー、見慣れてないだけじゃなくて?」

「分かんないけど。まぁ緑も可愛いんじゃない?メルヘンチックで。森の妖精みてぇ」

「え?あ、うん、ありがとう」


可愛いという単語に素直に喜んで照れてしまったけれど、あれ、もしかして可愛いというのは制服がという意味だろうかと深読みして頭にハテナが浮かんだところで、聞いてみる勇気もなかった。改めて自分の体をマジマジと見つめていると、彼も私のスカートにじっと目をやっていて首を捻る。


「なに?」

「スカート、短すぎないか?」

「そんな事ないよ。ここの制服元々短めじゃん」

「でも子供の面倒みるんだろ?頻繁にしゃがんだり屈んだりしたら絶対見えるぞ」

「大丈夫だもん」

「見えるって!じゃあ今ここで屈んでみ?」

「…へんたい」

「やっぱ自覚してんじゃん!」

「あっいけない!休憩時間終わっちゃう行かないとー」


わざとらしくそう言って彼に視線を送ると、呆れた面持ちでさっさと行けと手で合図された。少し形の崩れてきた帽子をきちんと被り直し、まだ半分ほど残っているオレンジジュースを彼に手渡すときょとんとされてしまった。


「あげる」

「いいのかよ、噂の二人になっちゃうぞ」

「よく考えたらさ、間接キスぐらいじゃ噂になんてならないもん」


彼の首に掛かっているタオルで顔を拭いてあげると驚いたのか身動ぎされる。きゅっと結ばれた彼の口元にタオルを押し当てたその時、彼の手が後ろ頭へ回ってきたと思った次の瞬間にはぐいと引き寄せられていて、そのまま勢いに任せてタオル越しに唇と唇が触れていた。瞬きすら忘れて、ぎゅうときつく瞑られた目の前の彼に私は一ミリも動けなくなる。


「俺は、俺はお前と、噂の関係になりたいよ」


彼の顔は真っ赤で、私の顔も絶対真っ赤で。何も言わない私に居た堪れなくなったらしい彼がじゃあ俺も戻るわ!今の、嫌だったからごめん、と深く頭を下げて行ってしまう。髪の間から見える耳はやっぱり赤かった。


「…っ、嫌、とかじゃないけど、さ」


両頬に手を添えると手袋越しでも分かるくらい顔が熱い。心臓はまだドキドキしていて、堪らず私はその場にへたりと座り込んだ。


「弱ったなぁ…」



ー確実に惚れていってるー



(これ以上誤魔化せる気がしない)


20151203

託児所の制服キュロットでしたね…


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