乾燥注意 / クザサカ



天気予報によると今日はとても乾燥するらしい。
だからだろうか。道行く女性たちは誰もかれもポケットからリップクリームを取り出し、唇に塗っていた。
そして隣りに座るこの男も。


「クザン、女々しいぞ」

「いいじゃない。唇割れると痛いんだって」


そう言いながらクザンは唇にスティック型のリップクリームを塗る。
さすがに職場でやるとファンの女の子たちが離れていきそうなので塗るのは家でだけだ。
しかし家にはサカズキがいるため、毎年サカズキにだけは同じ小言を言われてしまう。


「それにほら、オレとチューした時にガサガサしてたら嫌でしょ?」

「んなこと心配するんじゃあない・・・バカタレェ」


去年も聞いたような言葉にサカズキは飽きれたと言わんばかりの溜息を吐いてそっぽを向く。
クザンはおもむろにテーブルの真ん中に置かれたポットに手を伸ばし
空っぽになった湯呑の中にお茶をそそぎながら「あっ」と何か思いついたような声を出した。


「サカズキもつけなよ」

「いらん」

「オレがつけてあげるからさ」

「・・・・・・・」


どうやら最初から断る道はなかったようで。
それをすぐに察したサカズキは溜息をついて、了承の旨を伝えた。
するとクザンは嬉しそうにポケットから自分が持っている物とは違うリップクリームを取り出す。
平たい缶のようなケースに入っていて、リップクリーム=スティック状という固定観念があるサカズキにはとても新鮮に映った。
クザンはそれを手慣れた手つきで開けて人差し指ですくい取り、空いている片手でサカズキの顎に触れた。


『何を緊張しとるんじゃァ・・・・わしは・・・・!』


まるでこれからキスするような、そんな体勢と雰囲気にサカズキは思わずピクッと身体をこわばらせてしまった。
とっさにからかわれるのではとクザンの顔色をうかがったが気付かれた様子はない。


「塗るよ」

「お、おぅ・・・・」


声が少し上ずったような気がして不安になったが、クザンは特に言及せずサカズキの唇に人差し指で触れた。
そしてゆっくりと指を滑らせ、塗り広げてゆく。
その優しい動きが知らず知らずのうちに気持ちが昂るのをサカズキは感じた。
唇を触られるだけなのに、とてもくすぐったくて。まるで情事の前の愛撫のように気持ち良い。


「んっ・・・・」


気持ち良さと恥ずかしさの間で揺れ動いているサカズキをクザンは内心ニヤニヤしながら見ていた。
もちろんサカズキの今の状態に気づかぬほど疎くはない。
ただ見ていて非常に楽しいので気付かぬふりをして、塗り続けているだけだ。
興奮しているせいか唇は温かく、手入れを全くしていない割には触り心地もいい。
そして何より唇に触れているだけなのに気持ち良さそうに目を閉じている恋人がどうしようもなく、たまらない。


『ほんと・・・・挑発してんのかね・・・』


クザンは指は動かしたまま、そっと唇を近づけた。
サカズキは目をつむっているので全く気づいていない。
そして。


「んっ」


わざと音を立てて軽くキスをすると、サカズキが驚いたのかピクッと震えた。
すぐに唇を離して何事もなかったかのようにいつもの笑顔を見せてみる。
サカズキはしばらくきょとんとしていたが、キスされたということが分かったらしい。
まるで能力でも発動したかのように顔を真っ赤にさせた。
無意識なのか手の甲で唇を抑えている。


「な、な・・・・」

「え?キスしたそうだったから」

「そ、そんな事思うちょらんわい!」


――こんなに慌てちゃって可愛いな。
サカズキの反応にクザンは口元を緩めた。
そんなだらしない笑みを浮かべているクザンにサカズキはさらに怒る。
後ろの方にプンプンと効果音でもついていそうだ。


「俺はサカズキが『キスしたくてたまりません!』って言う電波を受信したんだけどなァ」

「思っとらん!思っとらん!お前は見聞色使えんじゃろうが!」

「あんな物騒なモンと俺のサカズキを想う気持ちを一緒にしないでもらえねェかな〜・・・・あ、それともアレ?」

「あァ!?」


軍の中で聞けば中将でさえもすくみあがってしまうような大将の怒声も、クザンからすれば恋人の可愛らしいさえずりにしか感じない。
ただクザンはそろそろ怒声より愛の言葉が聞きたいわけで。


「サカズキは俺とのキスは嫌だったわけ?」

「!!」


そう言えば先ほどまで勢いよく飛び出していた怒声はすぐにゴニョゴニョと小さい音となってしまった。


「い、いや・・・そういうわけじゃ・・・・ないが・・・・」

「じゃあチューしよう」

「何故そうなるじゃ!」

「やっぱり嫌なんじゃない・・・」

「違うと言うとろうが!」

「じゃあチューしよう」

「うぐっ・・・・!」


どう返しても戻ってしまうクザンとの押し問答にサカズキはついに言葉を詰まらせた。
そしてハァとため息をつき、目を閉じる。


「サカズキ?」

「・・・・5秒、だけじゃけェ」


――あぁ、これだからこの恋人は。
それ以上のことをしたい気持ちを抑えてクザンはそっと唇を重ねた。
自ら唇を差し出したくせに、それでもサカズキは一瞬ビクッと震えた。


これ書いてる途中に本誌がまさかの展開を迎えた( д )゜゜
本誌とずれてるけどキニシナーイ

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(12.03.14)




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