熱情の香り / クザサカ
クザンは先ほど買った包みを大事そうに抱えながらホテルへ向かった。
そして受け付けに挨拶をして部屋へ向かう。
部屋を開けると中には約束の待ち人はいなかった。どうやら着くのが少し早すぎたらしい。
クザンは遠足を楽しみにしている子供のような笑顔を必死にこらえながら、テーブルの上に包みを置いてベッドに腰掛けてネクタイを緩めた。
しかしそんな純粋な子供はきっとこんな夜中にホテルのベッドに座らないだろうし
パンフレットにあったこのホテル自慢ガラス張りのバスルームを思い浮かべてニヤニヤしたりはしないから、この例えは子供に失礼かもしれない。
早く来ないかな、と子供のようなセリフを呟くとドアがコンコンとノックされる音が聞こえた。
「む、早いのう」
「それゃあサカズキのためだから。早くも来るよ」
クザンはそう言ってニコリと優しそうな笑顔を浮かべながら立ち上がって紳士の振る舞いのようにサカズキの腰に右手を回す。
ふっと時計を見るともうそろそろ0時。言うべきことを言わなければならない。
「サカズキ」
「うむ・・・・」
すぐ目の前にクザンの顔が迫る。吐息がかかりそうなほどの距離だ。
そんな距離感に年甲斐もなく心臓が高鳴るのを感じる。
言われる言葉はわかってる。知ってる。
「誕生日おめでとう」
「・・・・おぅ」
言葉自体はとてもシンプルだった。しかしその言葉がクザンの特徴的な唇から発せられたというだけで自分の唇がカァと熱くなる。
この唇を早く覆ってほしい、そんな心理が働いたのかいつもなら軍人らしく真一文字に結ばれているサカズキの唇は無防備にもポカンと開いていた。
それを好機と思ったのかクザンはそのまま口付けようと顔を近づける。
しかしサカズキは瞬時に我にかえったらしい。スッと軽くうつむいて唇をそらしてしまった。
その行動に少しショックを受けて寂しそうな顔を見せると、誤解されたと思ったのかサカズキは少し照れたようにクザンの空いている左手の裾を握る。
「プレゼントを・・・・見てからじゃ・・・」
このままクザンが行為に及ぶことぐらいは容易に予想出来たらしく、サカズキは恥ずかしそうにうつむきながらそう言った。
クザンはサカズキのその仕草が生み出した衝撃が自分の体に走る。
喉がゴクリと音を立てる。熱が高まる。
そんな自分の高まりを抑えつつクザンはコクリと頷いてサカズキの腰からゆっくりと手を離し、テーブルに上に置いていた包みを渡した。
「開けてもええか」
「もちろん。お姫様」
「ばかか・・・・」
“お姫様”という言葉をそう流しつつ包みを見る。
包みは渋い柄の風呂敷で包まれていてサカズキは純粋にその柄が好きだと思った。こんな柄のものをクザンが必死に選んでいる姿を想像すると笑ってしまいそうだ。
手慣れた手つきでそれを開けると中には意外なものが入っていた。
それはかごに入ったたくさんのバラだった。
てっきり和風なものかと思っていただけにサカズキは驚きを隠せない。
もちろん嫌なわけではない。ただ意外なだけだ。
「それね、お風呂に浮かべて使うバラなのよ」
「・・・・バラ風呂のやつか?」
「そう。サカズキにバラ風呂に入って綺麗になってほしくてね」
「わ、わしは・・・こんな物・・・・」
「嫌い?」
こんな女々しいものなんて、似合わない。
そう言おうとしたのだろう。
しかしそれを言われる前にクザンはわざと悲しい顔を見せてそう言った。
「いや・・・・お前から貰うなら・・・好きじゃ」
いつものように「構わない」とか「お前から貰うのならええ」という言葉ではなく「好き」という言葉に満足したのかクザンは今度はニコリと笑った。
その笑みを見て恥ずかしくなったのかまたうつむく。
――あぁ、可愛い。食べてしまいたい・・・・
そう心の奥底でむくりと頭をもたげた邪心を払うようにクザンは再びサカズキの腰に手を回した。
「じゃあせっかくお風呂あるんだし、入ってきてよ」
「ええんか?」
「うん。それでバラの匂い振りまいてベッドの上で乱れてほしい」
「んなことせんわっ!変態め!」
サカズキはそう怒鳴り、ズカズカと奥にあるガラス張りのバスルームへと向かっていった。しかもちゃんとクザンのバラ風呂のセットを片手に。
ガラスの向こうはカーテンで目隠しされていてサカズキの湯あみ姿を目に焼き付けることは出来なかったが、浴室のライトがついているのかカーテン越しからサカズキの影が見える。
その影で服を入れるかごを探す動作から脱ぎ始める動作まで全てが手に取るように分かる。
ただその姿が影でしかないのが唯一残念なところで、クザンは脳内でその姿をサカズキに当てはめることしか出来ない。
それでも。
「・・・・たまんねぇ」
当てはめることが出来るだけで思わず顔を抑えてベッドの上に寝転がり悶えてしまうほどクザンにとっては刺激的だった。
あの赤いワイシャツをゆっくりと脱いで、左肩から腕・身体にかけて刻まれた刺青が見えて、それで――・・・
そう妄想したところでふっと視線を天井からバスルームにうつすと出入口のドアを少し開けてサカズキが顔を出しているのが見えた。
どうやらクザンがベッドの上で悶えている音を聞きつけて様子を見に来たらしい。
「さっきからバタバタ何しとるんじゃ」
「サカズキのこと考えてたら興奮しちゃって」
「っく・・・・やかましいわい」
そう言うとサカズキは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてうつむいた。何か言いたいのか口がもごもごと動いている。
しかし顔に嫌悪感のようなものは見当たらなかった。
そんな恋人に愛しさを覚え、クザンは衝動的に立ち上がりものすごい勢いでサカズキの元へ近付き、彼を抱き寄せた。
その立ち上がってから抱き寄せられるまでのスピードがあまりにも早かったためサカズキは抵抗する間もなくただクザンをポカンと見つめるだけだ。
「サカズキ・・・・」
「んぁ・・・っ」
クザンが腰に添えた手の動きがいやらしくなった瞬間、ようやく自分が全裸であることを思い出したらしい。
クザンの手を振り切るように身体を動かしたが当の本人は離す気などないようで、しまいには空いている片方の手が胸に伸びる始末だ。
サカズキとしては任務で汚れた身体のままクザンと行為に及びたくはない。だから抵抗しているのだが久々のクザンの愛撫に喜ばしい快感を覚えているのも事実で、実際抵抗しているのは声だけだ。
「や、やめェ・・・っ」
「久しぶりなんだからさ・・・オレを待たせないでちょうだいよ」
そう言いながら首筋に唇を押し付けて舐めるように吸いつく。
確かに少し汗の匂いがするがクザンにとってはひょっとした女性がつける香水程度にしか思っていない。
しかしサカズキにとってはそれが不安で恥ずかしくてたまらなかったらしい。
クザンと自分の間に腕を入れてクザンをかなり強く突き飛ばした。
力ではサカズキの方が勝っているのは体格を見ても明らかで、言うまでもなくクザンの体はフラリとよろめいてサカズキから離れる。
あぁこれは叩かれて今日は抱かせてもらえないかもしれないと、クザンは来たる痛みを予想して目をつむった。
しかし来たのはマグマに覆われた拳ではなく、マグマのように熱い唇だった。
突然だったというのもあるがそもそもサカズキからキスをしてくるということ自体が意外で何も出来ず、クザンはサカズキからの口付けをなされるがままに受けていた。
しかもただのキスではなかった。
首に腕を回し、舌を入れ、恥ずかしそうにクザンの口内を行ったり来たりしながらグイと身体を押し付けてくるのだ。
サカズキの不意打ちのディープキスにクザンは自分の中心に熱がこもり始めたのを感じた。
しかし夢の終わりは意外と早かった。
「っはァ・・・・」
いざ手を出そうとした瞬間、素早く唇を離されてしまったのだ。
クザンが先ほどの甘い時間とのギャップに呆けていると、サカズキは真っ赤な顔でクザンをドンと押してバスルームから完全に追い出す。
そしてカーテンに手をかけながら吐き捨てるように。
「これでしばらく我慢しておけッ・・・・ばかたれがっ!」
そう言ってシャッと勢いよくカーテンを閉められてしまった。
クザンはしばらくの間何かが抜けたかのように一人ポツンと立ち尽くしていたが、カーテンの向こうから香るバラの匂いに思わず顔を抑えてポツリと呟いた。
「・・・・たまんねぇ」
誕生日おめでとうサカズキさん!!
というわけで前回は誕生日までのお話でしたが、今回は誕生日が過ぎた後のお話ということで・・・・
サイト再開後初の作品がサカズキさんの誕生日とか運命じゃねぇの・・・・!!
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(11.08.16)