ブックマーク・ラブレター / クザサカ
サカズキはとある話を海兵が話しているのを聞いた。
別段こそこそ盗み聞きをしていたわけではなく、彼らが話している声を常人以上に耳の良い自分が拾ってしまっただけだ。
それを話していたのはどこの集団にも一人はいるであろう噂好きな一人の海兵だった。
彼曰く食堂の担当をしている若い女性職員が同じ同僚に相談を持ちかけていた所を聞いてしまったらしい。
話の概要は彼女が恋人と別れたという話で、サカズキが声を拾った時にはすでに理由まで話し込んでいた。
「確か相手と気持ちが合わなくて別れ話に発展したとか・・・愛してるとかちゃんと言ってやんなかったんだなぁ」
「こんな仕事やってると女と電話する機会も少ないからなぁ・・・明日は我が身だな」
「あぁ・・・おれもこれ終わったら電話しようと思ってる」
そう言いながら海兵は資料室を出て行った。
いつもならばそんな話を聞いても何にうつつを抜かしているんじゃと思うであろう。
しかしサカズキはその話に危機感を覚えてしまった。
まさに明日は我が身という海兵と同じ気持ちになっているのだ。
そうなってしまうのは一つ。サカズキ自身にそれに思い当たる節があるからだろう。
「・・・・・・・・」
サカズキはしばらく記憶をめぐらせた。
そう言えば自分はクザンから愛してると言われることはあっても自ら愛してると言ったことは少ない。
そんな事実がサカズキの心を揺さぶる。
今まで散々サカズキも言ってくれだの何だの言われ続け、ことある事に断ってきたがそんな対応が今思えばかなり罪深いように思ってしまう。
だがそれぐらいでふてくされて先ほどの噂の女性のように別れるなど言い出されることはないだろう。
しかしサカズキの思考はもしかしたらという言葉に導かれてまた最初に戻り堂々巡りした。
「ハァ・・・・ん?」
ついには溜息まで出るほどにまで至り悩みながらふっと机に手を置くと、この部屋ではあまり見かけないものが置いてあった。
それは厚めの本で緑色の革製のカバーがついており、資料室にはあまりふさわしくない異質さが出ている。
「小説か・・・・忘れ物かのう」
そう呟いてサカズキは本を手に取る。
もし知り合いの物ならば届けられるかもしれないと、持ち主を確認すべく中身を見るとそれは恋愛小説だった。
あいにくこんな小説を読む知り合いは自分の記憶では該当しなかったためサカズキは持ち主を探すことを諦める。
置いておけば気がついた持ち主が取りに来るだろう。
「しかしこんなモン誰が読むじゃ・・・・女か?」
小説の内容はかなり甘くロマンに溢れた話だった。
サカズキ自身、恋愛小説に免疫がないため一際強く感じるのは仕方ないのだろうが。
少し読み進めるとラブレターを送るという場面に到達し、だんだん読むのが億劫になってきたサカズキはその本を閉じて元の場所へ戻しておいた。
◆◇◆
サカズキは執務室に戻っても先ほどのことを考えていた。
もうすでにそれはサカズキの中では言った方がいいのではという考えから、言わなければならないという必然性を帯びたらしい。
どうすればこんな恋下手な自分でも気兼ねなく愛してると言えるのか。
そればかり考え、ついには溜め息さえはいた。その瞬間だった。
サカズキはふっと何かに突き動かされたように一つの方法を思い付いた。
「・・・・手紙でもよかろうが」
そうだ。この際手紙でもいいではないか。
手紙ならそれほど恥ずかしくはない。何せこっそり渡すことも出来るしなおかつその場に自分がいなくとも自分の想いを伝えられる数少ない方法だ。
我ながら名案じゃないかとサカズキは便せんと封筒を用意した。
それを机の上に置いていざ書かんと筆を手に取った瞬間だった。また新たな問題が出てしまった。
それは自分がそういった類の文章を今まで一回も書いたことがない、ということだ。
「・・・・・いや、確か」
確かに書いたことはない、が何かを参考にすれば出来るはずだ。
問題は何を参考にするかだが、サカズキには心当たりがあった。
資料室に置かれていた、あの本だ。
そうと決まれば善は急げ。
サカズキはすぐに資料室へ移動した。
中に入れば誰もいない。これはチャンスだ。
記憶を辿り本が置いてあった棚へ行けばその本は持ち主が取りに来た形跡はなくサカズキが戻したままの姿で置かれていた。
「・・・・・よし」
人様のものを勝手に持ち帰るのは泥棒に等しいと感じたため、サカズキはそれをその場で読むことにした。
本を手に取り、そっとめくりあらすじもすっ飛ばしてひたすら何か参考に出来る文節はないかと読んでみる。
先ほどまであんなにも嫌気がさしていた内容であったはずだが、今は不思議とすらすら読める。
そんな心境の変化を恥じることもなく読んで読んで、読みに読んで。
頭の中を情報でたぷんたぷんにしたところでサカズキはその本を閉じ、また元の場所に戻した。
◆◇◆
書くには、書いた。
気付いたら三枚までに至ってしまったが、書いた。
しかしサカズキははと自分の前に立ちはだかる現実に気がついた。
「いつ渡しゃあええんじゃ・・・・・・!」
そうだ。こっそり渡せばなどと考えたが問題はその手段とタイミングだ。
宛名を書かずにポストにでも入れるかなどと考えたが、自分の手書きの字ではすぐに気付かれてしまう。
意外と自分が成り行きで動いていたことに気付かずサカズキは深く悩んだ。
「・・・・・・・・」
この歳になって恋文の一つも渡せない。しかももうすでに出来上がっている相手に対してにさえだ。
我ながら情けないと思いながら頭を抱えていると突然コンコンとドアのノック音が聞こえた。
「っ!!」
驚いたサカズキは慌ててその手紙をたまたまそばにあった本に挟んで隠した。
そしてノックの主に返事を返す。
するとドアが控えめに開き、部下が姿を現した。
「失礼します。サカズキ大将」
「何じゃ・・・・」
部下の表情からして瞬時に任務だろうかと予測が付いた。
予測の時点でサカズキはすでに“サカズキ”という固有の存在から“大将赤犬”という存在に変わる。
「急で申し訳ありませんが任務が入りましたので、今すぐご用意を・・・」
部下の深刻そうな口ぶりを聞いてサカズキはすぐに立ち上がる。
長年傍で仕えてきた部下も目つきが変わったサカズキを見て承諾を得たと認識し、任務の説明にうつった。
◆◇◆
「サカズ・・・・・・・あれ?」
サカズキの部屋を訪れたクザンはすぐに部屋の主の留守を悟った。
そういえば先ほど海兵達が慌ただしくしていたような気がする。
となれば任務だろうか。
「せっかく本返してもらおうと思ったのになぁ・・・・ったく」
前にサカズキが探していたという小説をたまたま持っていたクザンは、サカズキに頼まれてそれを貸した。
そして今日返すと言われていたのだが、今は無理なようだ。
一度出直そうかとクザンが踵を返そうとした瞬間。机の上にその本が置いてあるのが目にうつった。
「あらら。あるじゃないの」
ここに出しておいたということは後で返すつもりだったのだろうか。
ならば今このまま取ってしまってもいいだろう。
どうせ今夜会うのだから。
「じゃ、返していただきまーすっと」
そう誰に聞かせるでもなく宣言し、クザンは本を手に取った。
するとハラリと一枚の封筒が落ちる。
見覚えのないシンプルな封筒に興味を持ったクザンはそれを拾った。
サカズキが栞代わりに使っていたのだろうかと思ったがどうやら違うようだ。
「・・・・・オレ宛じゃないの」
封筒にはサカズキの字でしっかりとクザンへと書かれていて。
栞を手紙にするとは粋なことをするじゃないの。
そう恋人を愛しく思いながら、クザンは封筒を開けて手紙を読んだ。
◆◇◆
任務は意外とすぐに終わり、10時間も経たぬうちにサカズキは執務室へ帰ってこれた。
早く仕事を終わらせてクザンへの手紙を隠さなければ。
そう焦りながら執務室へ戻り椅子に座り、サカズキはふと気が付いた。
「手紙が・・・・・ないぞ」
本に挟んでおいた手紙がないのだ。
瞬時に落としたか持ち去られたかと思ったが、落としたならば床に落ちているはずだ。しかし見当たらない。
となれば持ち去られた可能性もあるが本だけは残っているのが合点がいかない。
「・・・・・・・・・・・・まさかっ」
サカズキの脳裏に一人の人物がよぎった。
それと同時にサカズキは挟んでおいた本を素早く開く。
すると挟んでおいたページには便箋が一枚挟まれていて。
嫌な予感を覚えつつ手に取り二つ折りにされた便箋を開く。
するとそこには。
「っ・・・・・・!」
サカズキの顔を真っ赤にさせるのにふさわしい言葉が見慣れた字で綺麗に並んでいた。
ずっと前に栞の恋?って話を聞きまして
感銘を受けたのでこんな話書いてしまったんですが大丈夫か。
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(11.01.11)