長編 | ナノ
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どんな天才でも20を過ぎればただの人とはよく言ったもので、大体において世界というのはその通りなのだと会社に勤めて残業をして、たまにビールを煽るような生活に馴染んでしまった今、しみじみと実感する。今日もアルコールの冷たさが喉に染みる。最初、この美味しさに気付いてしまってからはいよいよ子供には戻れない気がしていた。実際その通りで、というか当たり前に時間というものは流れていて、オレはもう小さいガキでも学生ではないし、オレが来ているのは学生服でも私服でもジャージでもユニフォームでもなく、肩っ苦しいネクタイとワイシャツとスーツだ。

学生の頃はよかったというのは社会人になったら誰もが思うことだというが、その通りだった。今の仕事が自分に合っていないとは思わないし、別段給料に不満があるわけではない。だけれどそう、なんだか「しんどい」。人生というものはこんなにしんどかっただろうかと、思い返してみても当てがないのだから困る。

風呂に入るのが面倒くさくて、リビングのソファに腰かけたままうつらうつらと船を漕いだ。開けっ放しのビールの缶は潰されたまま机に置きっぱなし。洗濯物は入れ込んだまま詰みっぱなし。自分が几帳面だとはお世辞にも言えないとは思うが、別段迷惑も苦痛も感じてないから問題ない気がする。母親などは見てもないのに、電話でやたらと小言を言ってくるのだが。ていうかなんで分かんだよ、怖ぇ。


ぴん、ぽーん


本格的に眠りに落ちそうになると同時に、玄関のチャイムが鳴った。びくりと体を震わす。だれだこんな時間に、と時計を見るともう深夜と呼ばれてもいい時間だ。本当に、誰だこんな時間に。のっそりと体を起き上がらせて玄関へ赴く。少し寝ようとしていただけなのにもう体の節々が痛い。歳は取りたくないものだが、体は正直だった。
ドアスコープを覗くと、そこには誰もいなかった。なんじゃそりゃと肩を落としながら部屋に戻ろうとすると、もう一度背後からチャイムが鳴る音がする。ああああもう、めんどくせえ!今度はスコープを覗くこともなくガチャリとドアを開けた。

「うるっせ「こんばんは!久しぶり、大輝!」…は?」


満面の笑みで、そこに立っていたのは思いもしない人物だった。印象としては近所のガキ。他人から言わせれば幼馴染?だけど、最近は全然話していない。たまに学校に行くのを見かけるが滅多に声はかけない。そんな女とは呼べない、そう、呼ぶなら少女だ。少女が、そこには立っていた。


「…槻?」
「大輝、今日さ、泊めて!」


…意味が分からない。オレはぽかんと口を開けた。緩めたネクタイを、槻についと引っ張られた。