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たとえばあなたが死んだとしても、それでそのあと私が何かしてもきっと何も変わらないのでしょう。あなたが死んだままで、穴が開いた風船のようにしぼんだ毎日が続くのでしょう。それから先何年も、何十年も。当たり前だと誰もが笑うけれど、きっと私は何度だって嘆くでしょう。自分の無力さを。


「ちょっと青峰くん、いい加減にしなさいよ」
「なんだよしつけーなあ、別にいいだろ関係ねーし」
「関係あるっつーの、あんたがいないと私ペアいないから一人でやんなきゃいけなくなっちゃうのよ!」
「はー?知らねーよーあーねみぃ」
「ちょっと寝る気!?信じらんない!」
「うるせーよ…ふああ」
「いっつもこんなとこで寝てるから青峰くんはガングロなのよ!」
「はあー?余計なお世話だぜ」
「青峰くんの紫外線吸収人間!」
「はっはっはっ、みょうじイミワカンネー」
「松崎しげる!」
「オレ黒光ってはねーよ?」

青峰くんが笑う。どうやらご機嫌らしい。いつもより快活な笑い声が屋上に響く。現在12時55分。五時間目が始まる五分前。青峰くんはやっぱり屋上にいた。いつもの場所で寝そべっている。今日こそは。今日こそは授業に出させなきゃいけないと使命感にかられてわざわざここまで出向いてやったのだ。ただ隣の席というよしみだけで。そう思っていると私の健闘むなしく始業の鐘が鳴る。「あーもう!」「ははっ残念だな」



「来てみろよみょうじ、」



青峰がむくりと体をお越し、梯子の下にいる私に手を伸ばす。「上ってこいよ」逆光のせいでただでさえ黒い青峰くんの顔はさらに黒く見えた。「げー、失敗した」「何?」「下から支えたらパンツ見れたのにな」「死ねばいいんじゃない?」青峰くんは心底残念そうにそう言う。やはりこの男、頭の中まで紫外線にやられてしまったいるのかもしれない。梯子を上って青峰くんの立つ地面に辿り着く。よっこいしょ、と彼が私の腕を引っ張る。思ったより力強い腕に、心臓が跳ねた。

「うわあ、…綺麗」
「なんか、世界を征服してるみたいじゃねえ?」
「…うん」

そこから見下ろすと私たちの暮らす街全体が見える。その遠くの、空まで全て私のものになった気がした。青峰くんが言った「征服」という言葉もあながち間違っていない。ここからの眺めはきっと今まで青峰君しか知らなくて、だけど今日彼はそれを私に分けてくれた。それはただの気まぐれかもしれないけれど、そこに大した意味なんてないのかもしれないけれどねえ青峰くん。私今、青峰くんと同じところに立っているよ。青峰くんは私を見ながらニヤニヤと笑っている。「ねえ青峰くん、」私は拙い言葉遣いで思いを紡ぐ。青峰くんがそのあとどんな顔をするかよく知っている。青峰くんがもう一度、笑う。


「なんか私、青峰くんのことすごく、好きみたい」
「おう、知ってるぜ」
 

たとえばあなたが死んだとしても、私は何も変えられないのだろうけれど、でも後を追って死ぬことはできるかもしれない。たとえばあなたがここから飛び降りてしまえばあなたのその脳味噌は熟れたスイカのように真っ赤に濡れてテロテロと輝くかもしれないし、信号を無視して道路に飛び出してしまえば車にひかれてその体は散り散りになってしまうかもしれない。そして私はその血の生臭さにむせ返るかもしれない。けれどそんなことは一つも関係ないのです。この学校で一番高いここからあなたと世界を見下ろすとき、幸せだ、確かにそう思えるのですから。




(120617)