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翔一の手は冷たい。バスケで汗を掻いていたすぐ後だって、手をつないで怖い映画を見ているときだっていつだってその温度は私と比べると無に等しい。ひんやりしたその手は夏は便利だが冬はちょっとした凶器だ。翔一ならきっと北極みたいな寒いところでも生きていけそう。きっと南極は無理だろうけど。(あれ?南極も寒いんだっけ?)なんていうんだろう、確か生物でやった気がするな。そういうのを低体温動物って言うんじゃなかったっけ。


「低体温動物?っていなかったっけ?」
「は?何言っとんの?」
「なんかーあれ。すごい寒いとこでも生きていけるやつ、翔一みたいな。」
「どういうことや…ていうかなまえ、それあれやで。低体温動物じゃのうて変温動物」
「え」
「体温が低いんやのうて変わりやすいんや、だから環境に適応できる。生物でやったやろ」
「…知らなーい」
「ちなみにヒトは恒温動物やからな」
「そうなの?」
「そうや」

カリカリと目前のノートの隅にヒト、やじるし、こうおん動物(こうおんという字は分からない)と書き込む。覗き込んだ翔一はすぐさま恒温という字を教えてくれた。ごしごしと消しゴムで消して書き直す。ヒト、やじるし、恒温動物。続けて書き足す。翔一、やじるし、変温動物(さすがに変温という字は分かった)。

「だからワシもヒトやって…」
「いーや違うね、きっと翔一は変温動物よ」
「まあもういいかそれで」
「翔一の手は冷たいからね」
「…そうか?自分じゃわからんなあ」
「なんか、」


その続きを口にすることを、一瞬躊躇う。


「死んでるみたい」
「失礼やなあ」 

翔一が困った顔であははと笑う。向かいに座る彼の、シャーペンを握った方とは逆の手をとる。そおっと大きさを測るように私の手のひらと合わせた。私より指の関節二個分大きいその手は、やっぱり冷たい。

翔一が高校生最後のバスケを終えて、まだ少ししか経っていない。翔一はそれから自分たちが負けたチームが勝ち上がることを確認することもなく(ちなみに私は密かに試合を見に行った)、図書館で熱心に勉強に励んでいる。まあもともと頭はいいし、きっとなんだかんだ春には自分の志望していた大学の学生になっているのだろうなあ。危ないのは私の方だ。おかしいなあ。確かに翔一は頭がいいけれど、私の方が早くから『受験生』しているはずなのに。

「なにぼおっとしとるん、勉強せんと受からんで」
「…手、冷たい」
「温めてくれるか?」
「…うん」
「なんや、今日はえらい優しいなあ」

ニヤニヤしながらおどけたようにそんなことを言う。大きい翔一の手に、そのまま自分の指を絡ませて、ぎゅっと握った。「翔一なら北極でも暮らせそう」「無理やで」どうやら私を説得することも諦めたらしい。手を繋いだままで、翔一は赤本の数学の問題を解いている。握った手はちっとも温かくなってくれやしない。




例えばもし、このまま高校を卒業して、大学で四年間離れ離れになって、だけどその間もお付き合いが続いて、めでたくゴールインなんかしたりして、私は結婚式で純白のドレスを着ちゃったりして、それでそれでかわいい赤ちゃんが生まれてその子が大きくなって、誰かと結婚して翔一が泣いちゃったりして、孫ができて私たちがおばあちゃんおじいちゃんになってみんなが幸せで、もう何も縛るものがなくなったとしたら、翔一は北極に帰るのかもしれない。その大きな冷たい手をひらひら振って、もうやるべきことは全部やったから、なんてキザったらしい台詞を吐くかもしれない。今はまだ縛られるものが多いから無理だけど、大学にも合格してないから無理だけど、ミセイネンだから無理だけど、そしたらそのときは、私も一緒に北極に連れて行ってくれるかなあ。




北極








おう




今吉の手が冷たかったらいいなっていう話。
(120616)