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熟れた柿のにおいがする。小さいころ、私はなぜかあれがいっとう好きだった。隣の家の順平くんもそのお向かいのリコちゃんも柿はあんまり好きじゃなくて、どっちかというと梨の方が好きだと言っていたことを思い出す。何故だか仲間外れにされたような気がして慌てて「私も、梨が好き!」と言いなおした。大好きな柿は、当たり前みたいに無かったことになった。
だからなのかよくわからないけれどあれから、あんまり柿を食べていない。


「それでね、リコちゃん、私たちが作った秘密基地、覚えてる?」
「え?…そんなのあったかしら」
「あったよ!ほら、あそこの河原にさ、段ボールとかいろいろ、リコちゃんとこのおじさんにもらって作ったじゃん」
「おー、みょうじ、カントクー」
「あ、日向くん、部会お疲れ」
「ったく、かったりーったらねーわ」
「ねえ順平くん!」
「お、おお、みょうじ、どうした?」
「昔、リコちゃんと順平くんと私の三人で、作ったよね、秘密基地!」
「えー?」
「覚えてる?私ダメだわ、さっぱり思い出せない」
「あー…?…あった、かも」
「さすが順平くん!」
「ほんとに?」
「ああ、確か…もしかしてそれ、河原のところだったりする?」
「そう!」


私は昔、いつも人形を持ち歩いていた。お父さんが誕生日に買ってくれたものだ。片手に人形、片手にお母さん。それが私の最強の武器だった。それさえあればすべてのことに太刀打ちできると信じて疑わなかった。そりゃあそうだ、お母さんがいればたいていのことはなんとかなる。思い出せばその人形はその効力を発揮したことなど一度もなかったような気がするが。


「だからね、行ってみたいんだ!」
「…その秘密基地に?」
「うん!私、忘れ物しちゃってるから」
「…今度、オフのとき、行ってみっか」
「そうね、そうしましょ」
「ありがとう!二人とも!」

二人が優しく笑う。リコちゃんが私の髪をさらさらと撫でた。


私のお気に入りだったその人形は、しかし突然効力を失った。「人形持ち歩いてるとかなまえ、気持ちワリー!」そう言って、ある日突然順平くんがその右腕を肩辺りからはさみで切ってしまったのだ。じょぎん。はさみが布と、その内部の綿を断つ嫌な音がした。そうしてぽいとその人形を私に投げてよこし、彼は他の友達と走り去ってしまった。順平くんがさっきまでいたところにぽとりと落ちているその右腕がすごく不気味なものな気がして、私は触ることができなかった。
今思えばちょうど気恥ずかしさが芽生えてくる年代だったのだろうと、そう笑うことができるものの、当時はこの世が終わったような気持だった。ただただお父さんに申し訳なくて、お母さんに怒られるのが怖くて私は河原まで走り、必死に秘密基地の中にその人形を隠した。


あれから、秘密基地には多分一度も行っていない。







「…ない」


人形どころか、そこには秘密基地自体がすでに無くなっていた。私はその可能性を失念していたけれどよく考えたら当たり前のことなのだ。あれからの歳月を数えてしまえば。「やっぱりなー…そりゃないわな」「まあ、10年くらい経ってるしねえ」リコちゃんと順平くんがそう呟く。二人は秘密基地が無くなっている可能性があることも分かっていたらしい。驚いて二人の顔を見る。

「わ、なまえ、どうしたの?」
「なに泣いてんだよ」
「…え?」
「わー!泣かないで!なまえ!」

リコちゃんがひどく慌てたような顔をして私をぎゅうと抱きしめる。肩越しで順平くんも困ったような顔をしていた。そこでようやく頬の冷たさに気付く。

「…忘れ物って、なんだったんだ?」
「…人形」
「人形?どうしたってまた、こんなところに」

その腕を切った張本人である順平くんは綺麗さっぱりその記憶を忘れているらしかった。ひどく驚いた顔で私を見つめる。

「…わかんないの」
「なんじゃそりゃ…そんなにその人形、大事だったのか」
「…ううん」
「…帰ろっか」
「…うん、二人ともごめんね」
「また買えばいーじゃん、な?」
「そうよ、なんなら日向くんが買ってくれるわよ」
「ゲッ、…でもまあみょうじのためなら、しゃあないな」
「…うん、ありがとうリコちゃん、順平くん」

失われたものは戻ってこないんだよ。そう何度も言い出したかったけど、私の右手を握るリコちゃんにも、先を歩く順平くんにもきっとわかってもらえない。リコちゃんが秘密基地を作ったことさえ忘れてしまっていることも、片腕を切られた人形を順平くんが忘れてしまっていることも、リコちゃんがある日突然順平くんのことを日向くんと呼び換えてしまったことも、順平くんがもう私の名前を呼んでくれないことも、その二人に本当のことを言えないことも、何より二人がわかってくれないことを私が当たり前みたいにわかってしまうことも、どうしてか自分でもわからないくらい、悲しい。それは梨の方が好きと誤魔化して笑ったあの日の感覚によく似ている。だからやっぱり、どうしたってあの頃には戻れないような気がして胸がきゅうっとなるのだ。





れた











大人になるということ。
(120615)