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「ちょっと来て、なまえ」

くい、と手を引っ張られたはずなのにまるで強制されている気がしなかった。バスケ部のジャージを身に着けているせいで彼の線の細さは幾分隠されている気がする。試合後の汗だくな顔はいつの間にか涼しげなそれへと変化していた。試合に負けてがっくり肩を落とす部員がほとんどな中で、彼の背筋だけがやけに真っ直ぐだった。


「ちょっと辰也、どうしたの」
「走るよ、なまえ」


そう言ったかと思うと急に掴まれた腕が強く引かれる。目の前には体育館のある敷地に繋がる長い長い階段があって、そこからは市内を見下ろせるようにできていた。まるでジブリのあの青春映画のよう。
階段を降りる二人分の足音が辺り一帯に響く。だだだだ、だだだだだ。だだだだだだだだだだだ。人って、こんなに速く走れるんだ。「ねえ辰也!転んじゃう、よ!」「大丈夫」ビーーッ。思わず振り返りそうになると、余計に強く手を引かれた。もう随分遠くなってしまった体育館からそんなブザーの音が聞こえた。小さく歓声が聞こえる。

「ハァ、ハア、ハア、ハァ、」
「…ハア、ハア、」
「どう、…ごほっごほっ…した、の、辰也」
「…」
「…泣いてるの?」

一気に下まで走り下りる。辰也はたらりと垂れる汗を丁寧に拭う素振りを見せたかと思うと、そのまましばらく目頭を手で覆った。あくまで自然に、まるで汗を拭き続けているみたいにも見えた。

「…」
「辰也」
「…何を言ってるのなまえ。泣いてるわけ、ないだろ」


そう言いながら、辰也は覆った手を外さない。肩が大きく震えている。それは一気に階段を下りたからなのか、それとも他に理由があるからなのか、私には分からない。

「ふうん、そっか、」

「試合、楽しかったね」「…うん、そうだね」「辰也今日もかっこよかったよ」「ありがとう、なまえ」あくまで元気な声で、あくまで能天気な声で、一生懸命慎重に子供のような純粋さを装う。私はあの映画のあの子みたいに小説なんてかけないけれど、バロンを見ることなんてできないけれど、でも辰也のためなら見えるって嘘だってつける。彼が私に何を望んでいるのかなんて、私はもうよおく知っているから。(私が彼に望むことを、彼は多分知らないけれど。)











本当は弱いかもしれない氷室。
(120615)