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「綺麗だな」

耳に馴染んだその声で振り返る。純白のベールが視界の端でひらひらと揺れた。まさか自分がこんな恰好をするなんてあの頃は想像もつかなかったけど、でも、だけど。


私は今日、結婚する。


「鉄平くん!…来てくれたんだね」
「当たり前じゃないか!なまえのために今日は仕事休んじゃったぞ」
「さすが鉄平くん、意味わからないところで頑張るね」
「ありがとう」
「いや、一応嫌味なんだけど…」
「え、そうなのか?」
「久しぶりだけど相変わらずだね…」
「そんなことないぞ。今日はなまえの晴れ舞台だからな。ちゃんとハンカチを三枚持ってきた」
「意気込み意味わかんないよ」
「ははっ…そういえば、旦那さんはどこにいるんだ?」
「今ちょうどジュース買いに行ってるの」
「そうなのか、オレも保護者代表で挨拶しておきたいんだがな」
「もう、鉄平くんたら。たかが幼馴染でしょ。保護者だなんて大袈裟だよ」
「そんなことないと思うぞ!」
「それに、彼すごく緊張してるからあんまり刺激しないであげて」
「そうか…そうだよな」


結婚かあ、いいなあと鉄平くんは私の長いウエディングドレスを上から下まで見ながらしみじみと言う。ねえ鉄平くん、私、こんなに大きくなったんだよ。ウエディングドレスのためにダイエットだってしたんだから。似合ってるかなあ?

「鉄平くんは、結婚しないの?」
「え?ああ…今までそんなこと考えたこともなかった」
「確か彼女さんとももう長いよね?」
「そうだな、もう…何年だ?」
「そこは覚えておいてあげてよ…彼女さん、待ってるかもよ?」
「…まじか」
「どんだけ鈍感なの!」
「いやあ…でも、今日のなまえを見て考えが変わったよ。結婚っていいな」
「そうだよ、すごく、幸せ」

そう、私、今人生で一番幸せかもしれないの。ふと下を見ると私の左手の薬指で結婚指輪がキラキラと輝く。本当に今、もしかしたら私は世界中の幸福をこの手に宿しているかもしれない。

「そうかあ…うん、帰ったらその話でもしてみようかな」
「それがいいよ」
「そうだな、ははっ」

鉄平くんが笑う。式が始まるまであとどれくらいだろうか。そんなことを考えていると鉄平くんが腕時計を見て「あと一時間くらいだな」と言った。相変わらず抜けているように見えてよく気が効く男だ。

「ねえ鉄平くん、」
「ん?どうした?」
「私がまだ幼稚園の頃…鉄平くんのお嫁さんになるって言ったの、覚えてる?」
「おお、覚えてるぞ。確か俺の卒園式だよな?」
「そうそう」
「なまえ、鼻水垂らしてわんわん泣いてたよな」
「もう、それは忘れてよ、言わない約束でしょ」
「そうだっけ?はははっ」
「…約束、守れなくてごめんね」
「いやあこちらこそ…約束、守れなくてごめんな」
「でもなんだか、不思議なんだ」
「どうしてだ?」
「あの頃、きっと私は鉄平くんと結婚するんだなって当たり前みたいに思ってて、疑ったことなんてなかったからさ」
「…」
「…ふふふ、懐かしいね」
「ああ、…なまえも、こんなに大きくなったんだな」
「ちょっと、いつまで子供扱いする気?私の方が先に結婚するんだからね」
「そうだったな、忘れてた」


そう言いながら私を見つめる瞳は、まるで妹を見るそれだ。鉄平くんの瞳の奥のきらきらが、まるで私の結婚指輪を反射しているみたいに輝く。大きくなったけど、何も変わらない。いつだって真っ直ぐな瞳に、私は何度見惚れてきただろう。鉄平くんは私の頭に優しく手を触れる。ベールを崩さないように慎重に、私の髪を撫でる。昔から、この手はいつも温かった。そして今はもう私じゃない別の人を抱き寄せるこの手は、きっとこれからもずっと温かいのだろう。


「…なまえ、」
「なあに?」
「…幸せになるんだぞ」

そう言って、鉄平くんは笑う。切に願ってるみたいに、ひどく優しい顔で笑う。心なしかその瞳は潤んでいるように見えた。まだ式は始まってもいないのに、少し気が早いよ、ねえ鉄平くん。誤魔化すように鉄平くんが鼻をすすった。もう少しで式が始まる。お父さんもすごく緊張していたからきっと緊張しいの彼とは気が合うんじゃないだろうかと密かに期待していたりする。ねえ鉄平くん。あのね、これは秘密なんだけど、一生秘密なんだけどね。私はあなたに幸せにしてほしかったんだよ。とかね。言っちゃったりしてね。鉄平くんがあんまり優しく笑うから、だから言わないけど、








G線上に君はいない




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