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「好き、なんスけど」

校舎裏なんてベタなところに呼び出して頭を掻きながら視線をずらしてそんなことを言うなんて、まったくオレはどうかしてしまったのかもしれない。なんだこれは、青春漫画か。大ベストセラー、映画化希望。そしたら主演はもちろんオレがやってやる。とにかく、半年前までまさか自分がこんなことをしでかすとは思いもしなかった。ていうかこの学校に、こんな絵にかいたような校舎裏があるのもなんだか不思議な話だが。


まあ聞いてくれないか。
事は半年前に遡る。




×××



「おーい黄瀬!なにしてんだ早く行くぞ!」
「ちょっと待ってくださいよ!これ、けっこう重いんッスよ!?」
「うるせぇ一年だろうが!つべこべ言わずとっとと歩け!」
「ひでえ!圧政だ!」

その日俺は練習試合に行くために荷物の運搬をしていた。ボールとか救急用具とかクーラーボックスとか、大切なものだけど地味に重い。それをできる限り持たされてのろのろと先輩の後ろをついていく。なんだか太古の時代の奴隷みたいだ。オレは今からピラミッドを作ります。なんちゃって。そうすると右手に違和感。なんだと思って荷物を一回おろして見てみると救急用具をいれていた箱で切ったのか、手のひらの下の方に傷ができていた。赤い血がちょろりと顔を出す。「げえ、ありえねえ!」今から試合だというのに手のひらに傷は重大問題だ。傷があるだけでボールを触る感覚は変わってしまう。
「あ、あの」オレがやっちまったと頭を抱えていると、少し小さい、ソプラノの声が。見てみるとそこにはテニスラケットを持った女の子が立っていた。確かクラスメイトの、…ああそうみょうじさん。

「みょうじさん?だよね、どうしたんスか?」
「えっと、血、結構出てるよ?」
「え、ああ、本当だ!」
「だから、あの、これ。」

そう言っておずおずと差し出したのは、絆創膏。

「いいんスか?」
「うん、あげる!」
「みょうじさん使うんじゃ…」
「あ、大丈夫!まだ部室にあるから、それよりバスで移動なんでしょ?早く行かないと」

そう促されたバスの方を見ると、笠松先輩が怒鳴っているのが見えた。ヤバい、早く行かないと。

「うわっやべ!ありがと!」
「うん、あたしも集合だから、手伝えなくてごめんね!」
「そんな、恐縮ッス!」
「じゃあまたね。試合頑張って!」
「うん、また学校で!」


タタタと軽やかに走って行ってしまった彼女はまるでワルツを踊っているよう。何言ってんだって思われるかもしれないが本当にそう見えてしまったのである。もらった絆創膏を握りしめて、ひとりぼおっと佇む。スコートからはみ出す彼女の細い太ももが瞼の裏から消えない。

「なーにしてんだお前は!」
「っ、いって!!」
「早くしろっつーの!みんな待ってんだよ」

唐突に蹴りを入れられて驚くと、後ろに立っていたのは笠松先輩だった。ぎろりと睨まれるといつもはたじろいでしまうけれど今日はそんな余裕もない。

「ってお前、手ェどうしたんだよ。血ぃ出てんじゃん」
「…」
「まあいいや、早く行くぞ」
「…先輩」
「どうしたんだよ」
「オレ、堕ちちゃったみたいっス」
「は?」


恋ってやつに。



×××

そんなこんなで実に馬鹿馬鹿しいが、オレは恋に堕ちてしまったらしい。自分でもびっくりだ。軽く引くレベルで驚いた。それからのオレは縮こまった亀のように臆病な純情奥手ボーイに成り下がってしまった。笠松先輩にキモいと何度言われたことか。それでもなんとかアドレスをゲットして、メールに勤しんでみたりして、たまに電話もしたりして。なんとか今日の挑戦権を得たのだ。彼女を見ると、ぽかんとした顔でオレを見ていた。身長的に自然と上目使いになってしまうところがおいしい。実においしい。


「…」
「…」
「…で、あの、返事聞きたいんスけど」
「…あ、ごめん」
「えっ!?」

それは返答が遅れたことに対しての返事だろうけど、オレは突然の謝罪の声に喉を震わせた。

「…えっ、黄瀬くんってあたしのこと好きだったの」
「だからそう言ったじゃん!今」
「そうなのか」


「そうかあ…もっと早く言ってくれればよかったのにね」


そうしたら、好きになれたかもしれないのにね。そう言って、みょうじさんはくすりと笑った。笑って、困ったように眉尻を下げた。不幸なことに、その笑みが確かな拒絶を孕んでいることに気付かないほど、オレは鈍感じゃなかった。あれ、彼女はこんな女だったっけ。あれ、あれ、あれ、?じゃあオレが抱いていたものって何?まさか、幻想?恋は盲目?ラブイズブラインドってか?そんなまさか、ありえない。彼女はその言葉以降は何も言うことがないようで、黙ってくすくす笑っていた。

「黄瀬くん、どうして泣いているの?」
「…へ?」

みょうじさんに指摘されて気が付いたが、確かにオレは泣いていた。頬が濡れてたいそう不快。地面が揺れてたいそう不安。みょうじさんはオレを見ると途端に心配そうな顔をする。下衆な女だ。本当に、下衆い女だ。






黄泉醜女
よもつしこめ




初めて振られたら黄瀬は泣くんだろうなって話。
(120609)