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あの日、私の夏が終わった日。私はきっと一生今日のことを忘れないんだろうと思っていた。思っていたというよりは、確信していた。

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しゅるるると弧を描いて飛んでいくあれはペットボトルロケットだろうか。河川敷をだらだらと歩くと下の方で少年たちが集まって何かをしていた。手にはみんな同じようなものを持っているので、最初は不思議だったが飛んでいくその物体を見てからはなるほどと合点がいった。
そうは言っても、実際その眼でペットボトルロケットを見たのは初めてだったのだけれど。


就活中の身だけれど今日の夕方はスーツを身に纏ったままだらだらと散歩じみたものをしてしまった。河川敷に落ちていく夕日は不気味なくらい真っ赤で、もうすぐ夏が訪れることを感じさせていた。ヒールででこぼこになった足がなんだか一層痛い。


がちゃん


帰ってきて一目散に靴を玄関に脱ぎ捨て、私はスーツのままベッドにその体を投げ出した。ふんわり柔らかいその感触がじっくり体の疲れを取っていく。確か冷蔵庫にビールがあったなあと思いながらしばらくそのままでいると、ぴりりと携帯が鳴る音がした。もそもそ体を動かしポケットから携帯電話を取り出す。


「はいみょうじ、どなたですかー」
「どなたって…着信見ろよお前」
「その声…え、もしかして阿部!?」
「おう、その通り」

びっくりして体を起こす。あなたの阿部です、とふざけたようなセリフを言った後、なんだか笑っているような声が聞こえて、久しぶり、と阿部はそう言った。


「わー、びっくりした…!」
「なんだおまえ、びっくりしすぎ」
「だってびっくりするよ!え、いつぶりだろー」
「最後に集まったのが去年の夏だから…一年ぶりくらいじゃねーの?」
「一年かあ…早いねえ。あれ、でもなんで?」
「いや別に…ただ、なにしてるかなあって思って」
「何それー。私は絶賛就活中だよ」
「まじかよ。あ、俺、就職決まった」
「ほんとに!?…いいなあ、おめでとう」
「おう、サンキュ」
「地元帰るの?」
「いーや、結局東京で就職っぽい」
「そうなんだー、…他の野球部のメンツは?」
「俺も詳しいこと知んねーんだ」
「そっかーそうだよね。阿部友達いないもんね」
「はあ?余計なこと言うなっつーの」
「あはは」

阿部は大人になったなあと思う。昔ならこんなこと言われた日にはむきになってそんなことないと声を荒げていただろう。もしかしたら花井なんかをつれてきて「そんなことないよな?な?」なんて脅していたかもしれない。
それに引き替え私はどうだろうか。私は何か変われているだろうか。私はもしかしたら、あの夏の日からもしかしたら一歩も進んでいないかもしれないなあ。

「…ねえ阿部、あの日のこと覚えてる?」
「あの日って?」
「私たちの夏が終わった日」
「あー、…覚えてンよ、忘れられそうにない」
「…」
「多分一生、忘れない」
「うん、…そうだよねえ」

阿部はどんな顔をするだろうか。私の中であの日が、だんだんぼんやりと霞みだしているということを知ったら。そう考えると胸が詰まって、私は誤魔化すように、電話を持ったままスーツを脱いで下着姿になり冷蔵庫からビールを取り出した。電話口から聞こえるぷしゅっという音と泡が弾けるのを感じ取ったのだろう、「こんな時間からビールかよ」という呆れた阿部の声。「こんな時間だから、よ」そういうとまたくぐもった声で笑う声が聞こえた。その笑い方は、あの頃のままだ。

「まあともかく、夏は帰省するだろ、集まろうぜ」
「うん、そうだねー。私も今日の選考、うまくいってるといいなあ」
「おお、俺も祈ってる。じゃあ、そんだけだから。またな。」
「あ、ちょっと待って、ねえ阿部」
「あ?ンだよ」


「忘れてもなくならないものってあるかなあ」


「…はあ?どうしたんだよ」
「ううん、…なんでもない、忘れて」
「あるに決まってンだろ、馬鹿かお前。じゃーな」


ぶっきらぼうな声で、当たり前だろとでも言うように阿部はそういうと、ぷつりと電話を切った。ぷーぷー、と通話が切れた音が聞こえる。

ぴっと通話切断ボタンを押して私は携帯をソファに放り投げ、ビールを机の上においてまたベッドに身を投げた。柔らかなシーツが素肌に優しい。半端に開けた窓から涼しげな風が入ってきて私の髪を揺らす。そっと目を閉じるとあの日のむっとした匂いがした気がした。そうだ、私たちはいつか大人になって、それでも夏は何度もやってくる。


「まだ忘れてなかったみたいだよ、阿部」


真っ黒に日焼けしてレガースをつける阿部が、スコアブックをやたら大切そうに抱きしめる私が、馬鹿みたいににんまり笑って手を振っているよ。


綺羅星は憧憬の彼方






過ぎてゆく時はいつも過ぎてゆく
記憶は色褪せてそれでもそれ頼りにして
そっと大人になる
Song by レミオロメン 流星