×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

もう、野球はやらない

準太がそう言うのを、私はもしかしたらどこかで知っていたのかも知れない。知っていて、理解していて、諦めていたのかも知れない。

夏の大会ももう3度目で、なんだかベンチから見える景色も見慣れてしまった気がした。去年はここにあがることさえできていなかったというのに、傲慢な話だ。一年生の時、先輩たちの後に続いてベンチの設営をやったときのことをぼんやりと思い出す。もちろん私はベンチには入れなかった。だから、せめて目にだけでも焼き付けておこうと、先輩に急かされる中必死でグラウンドを見つめた。今年また同じ側の塁に入れるという確信があったわけでもなかったのに。結局今年、私は二年前と同じ場所に立って、あのときと同じ風景を見ている。
ぷわあああ、と、サイレンがけたたましく鳴り響く。準太が今どんな顔をしているか、ここからは見えない。

×××

しゃわしゃわと蝉が泣き止まない夕方。空は驚くほど真っ赤で、流れる雲のスピードは意外と早いのだなあと、ぼんやりと思った。
きいきいと自転車のタイヤが悲鳴をあげる。くそ暑い中をどうして私たちが歩いているのかわからない。いつもだったら乗せてくれる荷台が寂しそうに空白を訴える。
準太は、黙ったままだった。

順調に勝ち上がって、準太の調子もみんなの調子もここ一年で一番よかった。あっという間に試合を重ね明日はいよいよ、というところで準太の調子がなんだかおかしい。高揚しているようにも怯えているようにも見えない。

「あのなあなまえ、この大会が終わったら、」


「もう、野球はやらない」


「…」
「…」
「…そう」

思ったより衝撃はなかった。ただ、やっぱりなあと、妙に納得した。

「いいんじゃない」
「うん」
「よく頑張ったよ準太は」
「…うん」

準太の目の奥の、その澱みに気づいていた人など果たして居たのだろうか。あの夏から一年間、たとえるならそうだ。まるで干した魚のように、


準太はずっと死んでいた。


責任とか重圧とか、言葉にするならそういう澱んだものに耐えてきた。ずっと、もうずっとだ。
からからと車輪が回る音はどこか涼しげだった。


「いいんじゃない」


私はもう一度、そう呟いた。


×××

たとえ準太が今日負けても、これから先遠くない未来で昨日の決断を後悔することがないようにと、願う。私には彼を助けてあげられない。澱む瞳の色を、そこに潜む白い沈殿を中和させてあげることはできない。

二回目のサイレンが鳴る。相手チームのノックが始まる。ベンチに帰ってくる準太に一言、がんばれとだけ言った。おう、と短い返事が返ってきて、グラウンドを向いたまま準太は振り返らなかった。それはあまりにも、終焉の合図にはあまりにもあっけなさすぎた。今更ぽとりと落ちた涙は綺麗にスコアブックに吸い込まれてくれた。この溶液が彼の澱みを溶かしてあげられればよかったのになあ。



詮無きことよ


(120522)