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「#エロ」のBL小説を読む
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泣き出しそうな空、というよりはもはや今にも憤怒が溢れ出そうな空が外には広がっていた。教室の窓から見える景色は四角く、まるでそこだけ世界を切り取ってしまったみたいだ。入ってくる風はこの時期にしては少しだけ肌寒い感じがする。持ってきていたカーディガンを鞄から引っ張り出して、肩からはおるだけにする。そうこうしているうちに空は限界を迎えたようだ。ぽつぽつと雨が降ってきて、下を歩いていた生徒たちはぱらぱらと傘を広げだす。地面に色が咲いたみたいだ。

「なんかさ、花が咲いたみたいだよね」
「え?」
「地面。傘開いてるとさー」
「え、あ…うん」
「わ、何、オレ、引かれちゃった?」
「ううん、びっくりしただけ。…私もおんなじこと、考えてたから。」

言ってからなんだか急に恥ずかしくなってきて振り向いた顔を無理やりまた窓の外に向けた。水谷が教室にいることは知っていたけれど、さっきから自分の机(私の机からは結構離れている)でカリカリと何かを書いているようだったので全く意識の範疇に入れてなかった。気が付くとすぐ後ろまで来ていたものだから驚いてしまっただけなのだ。水谷は安心したようにニコリと笑って、私が座っている机の後ろの席に座った。ガタン、と机を引く音が湿った空気を揺らす。

「雨強くなってきちゃったね」
「ほんとだ、」
「あー、帰るのめんどくさくなっちゃう」

窓の外はいつのまにか本降りになってしまったようだ。ザーという音がさっきよりも増していた。空気がどんより淀んでいる。

もう止めなよ、と、情けない顔で私に言う友達の姿が脳裏に浮かんだ。私はその時なんと答えたのだろう。上手に思い出せなかった。

「あーあ、雨、止まないかなあ」
「さっき降り出したばかりだしね。そういえば、なんで水谷は教室にいるの?」

今日は部活がないのか、という意味でそういうと水谷は察したのか、今日は練習休みなの、と笑って言った。

「そうなんだ、なんか珍しいね。野球部が野球してないところ」
「何それ、みょうじおもしろいね。オレらだって普通に休みあるよー」
「そうなの」
「そうなの。それに、野球以外のことだってしてるし!」
「へえ、知らなかった。」
「スケボーとか縄跳びとか、あとジャングルジムで氷鬼したりとか!」
「…野球部じゃなかったっけ?」
「野球部だよ!トレーニングのイッカンなんだってさ」

野球部はなんだか謎な部活だなあと思った。氷鬼とかスケボーとか、なんだか楽しそうだ。水谷もきっと楽しいのだろう。笑顔が増した気がする。

「はーあ、なんか言ってたら練習したくなってきた。雨、はやく止まねえかなあ」
「ほんっと好きだねえ。…ほんと、止めばいいのに」

この雨音も湿気も、全てが鬱陶しい。まとわりつく水気を振り払えればいいのに。

「このまま降り続いちゃって、すごい水位になったりして」
「あはは、ならないよ」
「そうかなあ?校舎も沈んじゃうかも。そうなったらなんだか海みたいだね。ここも、グラウンドも海の底。そうだ、あれだよ、深海」
「深海かあ…透き通ってるといいのになあ」
「え?」
「そうしたらその深海は、透き通ってるといいのになあって思っただけ」
「…ううん、きっと深海は深くて、すごく暗い」

行ったことないけどね、と水谷は取り繕うような笑いを見せた。生身で行ったら水圧で潰されちゃうかもね、とも。
窓の下を見ると、そこに広がる花の数はだいぶ少なくっていた。と、校舎を出ていく、少し特徴のある傘の柄が目に入る。
あの傘を、私はよく知っている。

「…傘をね、よく失くす人だったの」

「だから、失くさないようにって、少し目立つ柄のものを買おうって、そう言って二人で買いに行ったんだよ」

あの傘を選んだのも私で、あの日彼の横を一日中歩いていたのも、私。なんだか目の奥がじんわり熱い。思い出にも、品物にも罪なんてないはずだ。あの傘にも、そしてぴったりくっついて隣で咲いているピンク色の花にも。

「…もう止めなよ」

かつて別人に言われた台詞を、もう一度呟かれる。水谷の瞳を見る勇気など私は持っていない。

「もう止めなよ。みょうじ、もう十分に頑張ったよ」
「…うん」
「みょうじ、」
「うん。…うん、わかってる」

わかってるよ、と、その言葉を音に上手に乗せられたか分からない。水谷はそれだけ言うと黙ってしまった。私は窓の外から目を離せない。たとえ彼らが校門から出て行って見えなくなってしまっても。ピンクの花は楽しげにくるくると回った。回り終えないうちに角を曲がり、見えなくなった。

水谷は机の上に投げ出した私の手を、ぎゅっと握った。雨音がやけにうるさい。多分、もうすぐ夏が来るのだろうと、ぼんやりと思った。
こんなにジメジメした空気の中では、息をするのも精一杯で体なんて上手に動かせない。まるでそう、深海まで沈んだみたいだ。


魚は涙を落とさない







私と彼の手がもう一度こんな風に触れ合って、その瞬間、魔法がかかってしまえばいいのに。
Song by レミオロメン 傘クラゲ
(120520)