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マニキュアって、甘いんだと思ってた。

足の爪にペディキュアを塗っていると、唐突に水谷はそう言った。視線をそちらにやると、水谷はぼおっと爪先を見つめている。先ほどやっと全ての爪に色が入った、真っ赤な爪先を。

「甘くないよ。多分不味いし、あと体に悪い」
「そうだろうね。でもなんだか、美味しそうじゃん」
「真っ赤だもんね」
「アメリカンチェリーみたいだね」
「…あと、これ足に塗ってるからペディキュアよ」
「そうかあ、それ、ペディキュアっていうんだ」

そう言いながらも、水谷は爪先から目を離さない。少し影がかかっているその瞳はどこまでもどす黒かった。

「なんだか水谷、おかしいよ」
「そうかなあ、みょうじのほうがよっぽどおかしいんじゃない?」

そもそも正常と異常なんて環境によって意味なんて正反対になりえるものだしねえ、と水谷は続けた。なるほどその通りだと思い、ならば自分の方がおかしいのだろうか、と首を傾げる。水谷はそんな私を見て、くすりと笑う。あ、やっとこちらを見た。笑いながら近づいてきて私の背後に回り、私は彼の膝の内にすぽりと埋まった。拒絶する暇もなかったが、拒絶する必要もなかった。

「みょうじは素直だねえ」

そう言って頭を撫でたかと思うと、私の長い髪をすらすらと指で梳く。脱色と染色を繰り返した痛みっぱなしの髪を、水谷は綺麗だと言って笑う。案の定水谷の指は肩ぐらいの位置でぎ、と止まった。どうやら髪が絡まっているらしい。足を見つめるとペディキュアは当の昔に乾いてしまったようだ。私のやけに青白い足とその爪先の赤は、自分で言っていてなんだがなかなかいかしたコントラストだと思った。

「素直じゃないよ」
「素直だよ」
「じゃあ水谷は、」
「…俺は、なあに?」
「水谷は、可哀想ね。」
「…かわい、そう」
「水谷は可哀想。」
「…」
「だから好き」
「うん。」
「ねえ、ちゅーして。」

肩越しのキスは少しだけ首が疲れるけれど、私はこれが一番好き。前にそう言ったことを、水谷は覚えていてくれるのだろう。ちゅ、とリップ音もならないキスが上から降ってきた。

「狂ってるねえ」
「うん、」

狂ってるよ、と、もいちど水谷はへらりと笑う。唇の色がやけに悪い。くるりと私は回転させられ、彼を向かい合わせになる。水谷はそうっと体を屈めて、私の爪先へとと顔を近づけてくる。その姿はまるで聖母を敬愛する、熱心な教徒のよう。かわいそうな異教徒は、砂漠を超えて独りで旅をする。私の手は自然に水谷の頭へと伸び、彼のスプレーでべたべたな髪をそおっと撫でる。水谷は跪いて、そうして私の真っ赤な足の爪を、ぺらりと舐めた。






剥離した酸化物


多分おかしくはない。ただ、なんだか、どうしようもなく歪んでる。
(120917)