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「ねえみょうじ、あの子じゃない?」

廊下で話している阿部と見知らぬ女の子を顎で促しながら水谷はそう言った。なるほど、可愛らしい子だ。二つ結びがぽんぽん揺れる。小花柄のワンピースがよく似合っている。肌が透けるように白くて、頬がかすかに赤い。遠目でも笑った顔はやっぱりとても可愛かった。
水谷はぐいーっと伸びをしてあーあ、いいなあ、とぼやいた。間抜けな顔して私が阿部を見ていると、阿部と彼女は会話を終えたのか、手を振って別れていた。そのまま阿部は教室に帰ってくる。

「阿部ー、彼女かよー」
「はあ?委員会で一緒なだけだよ」
「もー、まじで水臭いよなあ…」
「くっそみょうじ、言いやがったな!」
「いいじゃん、水谷でしょ、友達じゃん!」
「そうだぞ阿部ェ!仲間はずれすんな!」
「くっそ…!!…はあ…」

阿部は頭を抱えながら乱暴に私の横の椅子に腰を下ろした。いらいらしたのか前の水谷の席をどかっと蹴り飛ばす。うわ、なにすんだよ阿部!とか水谷がいうけど、もちろん無視だ。

「かわいいね、彼女」
「あ?…まあ」
「しっかし、阿部がメンクイだったとはなあ」
「それ俺も思った!俺のこと馬鹿にできないよなあ!」
「うっせえな、カンケーネーだろ」

「阿部って、ああいう子がタイプなんだね」

「…いいだろ別に」
「えー、どっちが告白したの?」
「みょうじ馬鹿だなー阿部が告白なんかするわけないじゃんか!」
「あ、そっか」
「…アッチからだよ」
「まじかー」
「まじかー」
「いいなー」
「いいなー」

昨日あんなに気まずいことがあっても案外普通に喋れちゃうものなんだなあと思った。大人になるにつれて、見たくないことから目をそらすのが得意になっていく、気がする。阿部がくぁ、と欠伸をして、つられるように水谷も欠伸をする。おかまいなしに、夏の日差しはぎらぎらと輝く。

本当は、それくらい私たちの関係は薄っぺらいのかもしれない。一年ちょっとの付き合いを、過信しすぎていたのかもしれない。私は思っているより、二人のことを何も知らない。どうしてなんでも知っているような気になってしまったのだろう。知らないことの方が多いことが当然なはずなのに。