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※設定ねつ造あります。
※なぜか堀川君が土方歳三にも見えていたことになっています。

「堀川くーん、天気がいいよー」
 縁側から庭に出て、洗濯物を干している僕に、寝ぼけ半分のそんな声が聞こえる。ぱたぱたとしわを伸ばしながら干している僕は、寝所の畳の上でごろごろしている我が主と違ってお天道様の下にいるのだから、今日の天候がすこぶる良いことなど十分すぎるほど分かっている。
「そうだね、主さん」
「洗濯物があっという間に乾きそうだねえ」
「太陽が気持ちいいよ。主さんも庭に出てきたらどう?」
「え〜、やだよ、焼けるし」
「そっか。それなら仕方ないね」
 物干し竿に干した洗濯物は風ではたはたとはためいている。太陽を遮った下には不定形の影ができていた。
 本丸から少し離れているので、ここは喧噪も少ない。時折聞こえる鳥の声とはためく洗濯物の音、それから主と自分の声だけが響くこの空間はひどく心地よい。
「あ〜〜堀川くうん」
「なに、主さん。もしかして、洗濯物手伝う気になったの?」
「違うよ、全然違う。近侍なら主がしてほしいことくらい察してよ」
「そんな無茶な…」
 主が畳の上でバタバタしている音が聞こえた。他人から見たら、主の姿はきっと船に打ち上げられた魚に見間違えられるに違いない。
「堀川君の瞳の色ってすごく綺麗だよね」
 バタバタという音が止んだかと思うと、とたんに話が全然違う方向に転換される。
「はは、そうかなあ」
 狼狽えずにそう返せた自分に気付いて、秋の空のようにころころ変わる彼女にもずいぶん慣れてしまったのだと実感する。
「うん。海みたいな色。それも、オキナワとか、南の島みたいな、都会じゃないところの海ね。綺麗な水色ね。水色って言うか、ターコイズっていうか、トルコイシっていうか」
 主の口からは聞き慣れない言葉が出てきたが軽く聞き流す。
「海かあ…」
「そう。都会じゃないところね。綺麗な海」
「すごく推すね、そこ」
「都会の海ってドブみたいなのよ。あ、堀川くんって海って見たことあるの?」
「あー。海っていうもの自体は知ってるし、たぶん見たこともあると思うよ」
「そうなんだ。ちょっと暇になったらいつか行こうね」
「…暇になるかな」
「…お休み作ってみんなで行こう」
「はは、それはいいなあ」
 主さん、期待してるねというと、げんなりしたような声が返ってきた。悲しいかな、彼女も僕も雇われの身なのだ。
「ああ、でも、昔誰かもそう言ってくれた気がする」
「綺麗な目をしているって?」
「うん。海のような色だって」
 顔も声も思い出せないのだから、おそらく昔の主だろう。土方歳三と呼ばれた昔の主のことを僕は正確に思い出すことができない。おそらく政府にコントロールされているのだろうが、謀反防止としてだろうか、「土方歳三さん」自身の個人的な情報を思い出せないようになっているらしかった。
 いけない、感傷に浸ってぼうっとしていたようだ。止めていた手を動かし、洗濯物を干す作業を再開させる。
「そっか」
 幾分抑えめな主の声が背後から聞こえた。失言だったかもしれないと思い、慌てて話題を変える。
「でも海がある場所によって違いがあるなんて知らなかったなあ」
「はは、堀川くんたちがいた頃とは違って、環境はずいぶん変わっちゃったし、自然は汚れちゃっんだよ」
「…変わらないものってないんだね」
「どうやらそうらしいね」
 鳥が上空を飛んでいくのに目を奪われる。太陽が眩しくて目がくらみそうになる。
「あ〜、綺麗な海が見たいな〜」
 再びバタバタと畳の上で暴れる音がした。呆れて、僕は言葉を返した。
「だから今度行こうって。今は忙しいでしょう」
 溜息に苦笑を含みながらそう返す。
「違うって。見に行けないから、だから、見せてよ、綺麗な海の色。ほら、堀川国広。…こっちにおいで」
 珍しくしっかりと名前を呼ばれドキリとした。程なくして、主さんの声で洗濯物を干すというミッションを達成することは事実上不可能になってしまったことが分かる。まあいい。あの人は最初からそんな些末なことは気にしていないのだ。
 あと二枚ほどしわくちゃのままの洗濯物が入った洗濯かごを持って、頭を振りながら、僕は部屋へと戻っていく。太陽に焼かれた眼球が、おそらく笑っているであろう彼女をただの人影にしてしまうことを、心から惜しいと思った。


アンルート
(150505)
ごろごろしたいだけ。