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※及川が倫理的によろしくないクズです。
※オリキャラが突然出張ります。
※とりあえずいろいろよろしくない。

 私は確かにこいつの、逞しい腕がほしくて強引な指先がほしくて、だけれどそれ以外になにもいらないのかと言われたら嘘になる。そのことを言うタイミングがおそらくこれから先来ないだろうことはなんとなくわかる。
「そこ、じゃなくてっ、…しつこ、いんだよ、あんた」
 従順な猫のような声を必死で演じていたのに、何度も何度も繰り返される雑な愛撫にその気を削がれる。彼がそんな私の普段通りの、乱暴な言葉遣いをしながら犯される姿を見るのが好きなことを知っているからこそ、せめて作った声をといつも我慢しているのに根負けしてしまうのだ。頭上で及川がいやらしくにたりと笑った。曰く、通常のテンション通りの言葉遣いをされると日常、例えば教室で私の声を聞いたりするだけですぐに興奮できるというのだ。
 最高に気持ち悪い。
「ね、なまえ、きもちい…?」
 器用に体を揺らしながら、本日何度目かの問いを及川は呟く。一生懸命声を抑えることに集中する私は無言で通した。食いしばった歯列の隙間から腑抜けた声が漏れる。きつく目を閉じると嫌がらせのようにひときわ強く突かれた。死ねばいいのに。
「死ねばいいのに」
 脳内の声が漏れてしまっていたようだ。
「…怖いこと言わないでよ、」
 及川の目が細い線になる。その鬱陶しい前髪がはたはたと揺れて目障りだった。ラストスパートがかかる。夜空の中に放り込まれたかのように目の奥がチカチカした。
 私と及川の関係はインスタントラーメンのようだと思う。すぐに温まるように訓練されきった皮膚、食品添加物で作られたまやかしの味の濃さ、そして終わりはというと食べる前よりずっと味気ない。馬鹿げた例え話だ。そもそも私は、彼がカップヌードルだったら何味が好きかも知らないというのに。
「はー、つっかれた」
 ばたっ、と私が小さく体を丸める左側に及川が寝そべる。大の字に広げた両手が素肌のままの私の腹にぺちん、と当たった。保健室のベッドは狭い。
「体痛いんだけど。てか狭いんだけど」
「ぐちぐちうるさいなあ。何が不満なのさ」
「ホテルいきたい」
「そんなお金あるわけないじゃん」
 オレ、部活に勤しむセイショーネンだよ?青春中だからさ。
 にこやかに言われてしまえば言葉を返す気さえ失せてしまう。
「そういう、時々鈍器を持ち出したくなるような気を起こさせるところって才能だよね」
「乱暴だなあ」
 そもそも青春中の青少年は、カノジョがいながら学校で違う女と情事に勤しんだりはしないだろう。
「ジャンプの主人公がみんなあんただったら集英社潰れるわ」
「はは、でもなんとなく言いたいことは分かる」
 天井を向いたままいけしゃあしゃあと笑って、私の腹部を何度も撫でる。手のひらからはとうの汗が引いていて干からびており、先ほど私の上に覆い被さってあらゆるところをまさぐった男のものとはどうしても思えなかった。

 以前、何かの弾みで私と及川の関係を知ってしまった友人のミナコちゃんが心底かわいそうだと言いたげな顔をした。私を憐れんでいるのではない、きっと彼女が憐れんでいるのは及川のカノジョのほうであり、同時に今現在カレシに浮気されて揉めているミナコちゃん自身のことだ。やめたほうがいいよ。震えた声でそういわれたけれど、そうだねと気のない返事を返すことしかできなかった。目を逸らして隣のテーブルに座るお姉さんの足下を見つめる。ふかふかの焼き芋のようにおいしそうなマスタード色をしたパンプスに目を奪われ、すぐにミナコちゃんの神妙な顔が脳裏から薄れていく。私は記憶力がよくないから、ミナコちゃんの顔がすぐに朧気になり、パンプスに上書きされて分からなくなる。そういうところがいけないんだよ。その言葉でパンプスを凝視していた私の意識は再びミナコちゃんに奪われる。心配しているとでも言うように眉を八の字に垂らしていた。ミナコちゃんは私の悪いところを記憶してくれている。友人としての関係性を守ろうとしてくれる。多分とてもいい人だ。だけれど残念ながら私の記憶力はポンコツ以下だ。
 それは、学習能力がないことと同じだ。はて、ミナコちゃんの言う「そういうところ」がなんなのか分からない。

「女はヤった男を好きになりやすいってなんかで読んだけどさ、よくわかんないよね」
「え?」
 天井を見つめたままの視界に及川は映らないけれど、振動でごそりと体を動かしたことがわかる。多分今、彼は私の方を向いている。
「約束のない関係を不用意に作るような男に何を期待してるんだろう」
「…もしかしてそれ、遠回しにオレのことディスってる?」
「さあね」
 遠回しじゃないけどね。ごくりとその言葉を呑み込む。おいしくもなんともない、無味無臭のそれを。
 おそらくミナコちゃんは一つ勘違いしている。これは私が選んだことだ。流されてなどいないし、強いられてもいない。私自身が選んで、そして及川に選ばれて、運悪くかちりとピースがはまってしまっただけのこと。私は欲に溺れている?及川は愛に飢えている?馬鹿を言ってはいけない。自業自得、因果応報。誰かの同情を引けるほどかわいそうな登場人物なんて最初から誰もいないのだ。ただ誰かをかわいそがりたい人間が揃ってしまっただけだ。
 帰らないと。
 いつも通りのトーンの及川の声が響いた。その言葉は正しく解釈すると、「カノジョと」帰らないと、だ。私がそちらに目をやらなくても及川は立ち上がり、いそいそとズボンを穿く。カチャカチャというベルトをいじる音は行為の初めとは違い無機物らしく冷たく響く。「お約束」の最後の項目。後かたづけは私の仕事だ。暗黙の了解は随分前からできており、私は薄汚れたカーテンを見つめながら彼に背を向ける。
「先に行くね、じゃあ、また」
 そもそも私は、彼以外からの愛され方を知らないのだ。とん、と微かな緩衝音とともにドアが閉まる。ぐちゃぐちゃのままのシーツの熱がぐんぐん引いていく。及川がそこにいた感覚が薄れていく、消えてゆく。大丈夫だ、だって私は記憶力がよくない。だから及川は私を選んだ。あの綺麗なカノジョの横で彼がどんな風に笑うかなんて、残念ながら少しも覚えていないのだ。

アブストラクト
titlle by guilty
一生比べられなければよいのでしょう?(140912)