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「#エロ」のBL小説を読む
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 たとえば彼女と対になれるのなら、オレはこの世のどんな幸福もいらないとさえ思えました。
「澤村くん、今日日直一緒だね」
 歌うような囁くような不思議な周波数の、オレにはとても出せない高くて密やかな声が鼓膜を揺らします。その声ならば教室内のどこにいてもオレは反応できるでしょうし、その声を聞けたという自分の運の良さを噛みしめます。現に今、オレの席は彼女の机から少々離れたところにあるというのに、この集音率。自分でも聞いて呆れてしまう話です。頬が緩みそうになるのも束の間、今度はうんと低い声が彼女の言葉に応えるのを聞くや否や、自分でも驚くほどすぐに笑みが引きました。我ながら現金な表情筋です。
「そうかー、悪いな。オレ、なるべく早く部活に行きたいから、ちょっぱやで終わらせようぜ」
 そうです、我らが頼れる主将、澤村大地その人の言葉でした。
 彼女は少し悲しそうな顔をしているというのに、彼はといえばそんな彼女の表情に気付かないのです。なんとも罪深い男です。
 人のことについては一際鋭いくせに、自分のことになると鈍感、バレー馬鹿。彼を罵る言葉ならば無数に浮かぶというのに、口に出せるわけもなく悔しくて歯噛みします。
 気を取り直したように楽しそうに笑う彼女を視界の端で捉えながら、次の授業のため美術の教科書を取り出します。オレは勤勉な学生なのですから。そうは言っても不思議なもので、彼女が何をしていたって視界の端に入ってきてしまうのですから困ります。
 大地の笑い声が聞こえてきて、思わず意識をすべてそちらに向けました。親友のあんな笑い声はオレだってなかなか聞くことができないものです。口元を隠しながら笑う彼女、思い切り柔らかい声音をした大地。窓から指す陽光も相まって、その二人は赤や黄色を水で溶かしたような柔らかい色をふんだんに使った点描画や、印象派のような彩度の高い絵画のようだと思えたのです。美術の教科書をぱらぱらとめくります。ぴったりと寄り添ったなにかを暗喩するらしい果物。それは、彼女と大地そのものだと思えました。
 オレだったら、オレだったとしても、彼女と対になれたでしょうか。そこまで考えて、小さく頭を振りました。教室はぽかぽかと暖かくて今にも心地よく昼寝ができそうです。次の時間は美術だというのに、なるべく優しい気分になれるような声音をした楽器の曲を聞きたいとぼんやり考えてしまいます。
 オレはきっと、あの美しい絵画の額縁の装飾にすらなれません。けれども、それでもオレは、自らの視界で佇んでいる、一際彩度の高い二人のあの絵を壊したいとは、どうしても思えないのでした。

アナザー・ストーリーテラー 
title by 獣 (140625)(140705 加筆修正)
まあ多分三年生で美術はやらないし座学でも多分美術室に移動するのでしょうがね。