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「なあんか、昨日から変よね、なまえちゃん」
「えっ、…きゅ、急に何かな、リコちゃん」

ぎくりを背筋を伸ばすと、リコちゃんが私の肩に腕を回してきて、意地の悪い顔をした。怪しい、と、私にわかるように呟いている。

「カントク。なまえさん怖がってます」
「ぅわっ!…って、黒子くんか。驚いたわ」
「黒子くん…いつの間に」
「彼、多分さっきからずっとそこにいたわよ」
「そうですけど」
「えっ!?」

私が冷や汗を掻いていると、突然黒子くんに声をかけられて話は代わり、窮地を脱することができた。リコちゃんは大分慣れているみたいだけど、私はまだ黒子くんの独特の存在感の薄さに慣れなくて、驚いてしまう。
黒子くんはため息をつくこともなく、「いつものことなので、大丈夫です」と私を庇った。それにしても人の存在感ってここまで薄くなるものなのだと反省する傍ら驚く。

「そういえばカントク、向こうでキャプテンが呼んでますよ」
「えっ?ああ、そうなの。ちょっと行ってくるわね」

黒子くんが体育館の入口を指差して言うと、リコちゃんはせかせかとそちらに歩いていった。どうしたのー!っていう声が体育館に反響する。
私はその後ろ姿に、はあと安堵のため息をつく。

「よかったですね」
「え?」
「うまくいったんですね」
「な、なんのことかな…?」

黒子くんはこちらを見ずに淡々と言葉を紡ぐ。両手で持ったバスケットボールを器用に回そうとして、そして失敗していた。たんたんたん、ボールが弾む音がする。

「日向先輩のことです」

その音に隠すようにして、核心をつかれた。

「な、…」
「まあ、僕の予想よりは早かったです」

予想だにしてなかった言葉に閉口してしまう。黒子くんは未だに私を見ずにボールだけを追っている。数秒経って、止まっていた冷や汗は再び私の背中を流れた。

「…」
「…どうしたんですか、固まってますよ」
「な、な、な」
「本当に体育館は暑いですね。これだから夏は嫌いだ」
「…ナンノコトカナ」
「しらばっくれるの遅すぎです」

間髪入れずに黒子くんの痛烈なツッコミが入る。ようやく硬直がとけて顔が歪むのが分かった。

「大丈夫ですよ。皆さん気付いてません」

僕、人間観察が趣味なもので。
黒子くんがようやくこちらを見て、爽やかに笑う。おおよそこの蒸し暑い体育館には不似合いな顔だ。しかし私にはそれがひどく歪んだ笑みに思えた。
手が汗でじっとりと湿っていることに気付く。

「…やめとけって、言いたいってこと?」

わざわざ私にゆさぶりをかけてくるということは、きっとそういうことなのだろう。思わず眉間に皺が寄る。
そりゃあもちろん、迷惑なことは分かっている。
そんなこと、痛いほど分かっている。だって日向君は、バスケをするためにこの地に来てるんだから。雑念を取り払って、毎日汗水垂らして、バスケのことしか頭にいれないための合宿だ。

「違いますよ」

何言ってるんですか。
横顔のまま、黒子くんがきょとんとした顔で、ボールを抱え直す。

「え、違うの」
「違いますよ。なんでわざわざボクが苦言を呈しに来るんですか」
「だって言いに来るってことはそういうことかなって…」
「違います。僕が言いたかったのはそういうことじゃなくて、」

黒子くんがひょいっと投げたボールがゆっくり宙を舞う。そのまま真っ直ぐ落下してきたそれは、彼の伸ばした手のもとへすっぽりと収まった。

「僕ら、この前の夏の大会で、負けてしまったんですけど」
「え?…ああ、そうなんだ。それは、次に期待だね」

突然話ががらりと変わって、私は先が読めず曖昧な相槌を打った。

「それで、僕らカントクからペナルティを受けたんですよ」
「へえ。…ど、どんな?」

「全裸で屋上から好きな子に告白する」

「ぶはっ」

黒子くんの解答を聞いて、思わず吹き出してしまった。その状況をやけにリアルに想像できてしまったので、慌てて掻き消す。

「な、なにそれ…」

後から笑いが込みあげてきて、半笑いのままで口元を拭った。
黒子くんは相変わらず無表情で、今度はドリブルを始めた。だん、だん、だだん。ペースを変えながら、器用にドリブルを続けた。

「だから、いいんじゃないですか」
「…」
「みんな、そういうことに対しては、なまえさんが思っているより寛容ですよ」

返事が返せなかった。
黒子くんが、ようやくこちらを見る。口元は微かに笑っていた。
喉が詰まる。うまく言葉が出てこない。

「…あ、ありがとう」

長い沈黙の後、いろいろな言葉が思考を巡回してでてきた言葉はそんな、とても簡素なものだった。

「お礼を言われることはなにもしてないです、それに…」

黒子くんが体育館の入口を見やる。「オラてめーら!練習再開すっぞ!」日向くんの、威勢のいい野太い声がこちらまで聞こえてくる。

「選手のモチベーションをあげることは、マネージャーの大切な仕事の一つですしね」

そう言うと、黒子くんはボールを抱えて、センターサークルに走って行こうとした。
しかし、すぐに急停止してこちらを振り向く。

「あ、そういえば、明日。この地区のお祭りがあるらしいですよ。誘ってみたらいかがですか」

それだけ言うと、すぐに前を向き、今度こそ走って行った。ボトルを回収しなきゃ。汗が垂れているだろうから廊下もモップをかけないと。
なのに、足が動かない。手のひらが自分の頬を触る。
残された私の、頬が熱いのは何故でしょう。