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「木吉は私にもったいない」
「木吉じゃ私は救えない」
「私は木吉しかいない世界がほしいけど、木吉はそうじゃないじゃん」
「私、知ってる。分かってる。だから木吉もいらない」


思いつく限りの罵声を浴びせてみた。最初のやつ、罵声じゃないけど。私はたまにこうして木吉を思い切り困らせてみたくなる。もちろん別れたいなんて思ったことはない。それを木吉も理解しているのか、最初こそ焦っていたものの、今はもう困った顔をして仕方ないなあと言ってくる。繋いだ手を離そうとされたことは、ただの一度もない。木吉は慈愛の塊だと思った。そんなところが、私の心を鉛みたいにさせる。木吉は優しくて、強くて、私をいつも必要以上に甘やかす。私は木吉を支えたい。困ったことがあったら一緒に解決したいし、同じ土俵に立たせてほしい。守られているだけなんて絶対に嫌。それに、私は木吉がいない世界で生きていけるはずなんかないのに、木吉がそうじゃないのって、ズルい。そう思って、私は今日も木吉を困らせる。木吉は何もわかってない。だから、思い知れ。思い知って、それから私のいない世界で生きていく自分を殺してしまってよ。猛々しく私は呟く。木吉はなんにも、わかってない。

なのに今日は、それが違った。

「ねえなんでそんなこと言うの」
「オレはなまえがいーよ」
「なんでわかってくんねーの」
「一緒にいてくれよ。オレを置いてかないでくれよ」


木吉が泣きそうな目で私を見る。ぎくりとした。背筋をつうと冷たい汗がなぞる。泣きそうな瞳と兎の眼というものは本当に似通っているのだなと思った。大変な事実に気づいてしまった。日本の終焉と地球の終焉とそれから世界の終焉とがいっぺんに押し寄せたみたいだ。木吉はもうずっと、いっぱいっぱいだったのだとようやく気付いた。あんなに澄んでいた彼の瞳がいつの間にか随分濁ってしまっている。そんな木吉を私はどうすることもできない。何もわかっていないのは私の方だったのだ。私、どこかで確信していた。私が何を言ったって、木吉は私なんかいらないんだって。私なんていなくたって生きていくんだって。私と同じくらい大切なものに囲まれながら、私が彼を思うくらい大切にされながら、そうやって生きていくんだって。過信していたんだ。すうと芯が冷めていく。私はいつだって自分のことで精いっぱいで、木吉になんにもしてあげられないんだ。何が頼って欲しいだ。何が支えてあげたいだ。心だけ冷たいまま、脳天にカウンターを決められた気分だ。頭がぐわんとなった。なんにもできないなら、せめて木吉を私でいっぱいにしてあげられればよかったのに。木吉を私でいっぱいにして、私のことしか考えられないようにして、見たくないものを全て消してしまえたらよかったのに。それが不可能であることは今までにどうしようもないくらい分かっている。笑え、笑え、笑え。いつもみたいに笑ってよ。笑って、はいはいそうだな、仕方ないなあって言ってよ。そう心の中で念じる。もはや呪いのようだった。呪いには代償が必要だ。じゃあぼろぼろと零れ落ちる涙がそれだろうか。

「ごめん、木吉」

私が露にした、本当に初めての拒絶。自分の間抜け具合に頭を抱える。目の前の木吉の情けない顔が強張る。それを黙って見ていた。この心に燻る、名前のわからなくなってしまった感情はなんなんだろう。愛しいと、前はそう呼んでいたこれは今からなんになるんだろう。木吉、いつもみたいに教えてよ。私がどうすればいいか、ちゃんと教えてよ。答えが返ってこないことは、もう十分すぎるくらいわかっていた。
どうしよう。木吉が私を掬えないように。私、木吉を救えない。私、木吉に巣食えない。すくえないんだ。


すくえない
(121013)(140610 加筆修正)