×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


※なんだか胸糞悪いお話

あの青色の横にはいつも可憐な桃色があって、その事実が私を煩わせることはここ最近で比例式的と言うよりは等比級数的に増えていった。
「みょうじサンわりぃ、数学のプリント見せてくんね?」
「いいよ。青峰くん今日当たる日だっけ?」
「んー番号的には当たんねえはずなんだけど、嫌な予感がするんだよな…一応、保険だよ保険」
「あー。なんか青峰くんのそういうの当たりそうだね。野生の勘的な」
「んだよ、なんか喧嘩売ってねーかみょうじサン」
「売ってないよ。たださつきが青峰くんは野生児だからって言ってたからさ」
「あの野郎…帰ったらシメる」
 悪態をつきながら私の前の席の椅子に跨がる形で座った青峰くんが、くしゃくしゃのプリントを机に叩きつけるように置いた。その上から乱暴に、薄汚れていてほとんどペンなんか入ってないんじゃないかと思われるペンケースを、これまた投げるように重ねる。きっとなかには小指の爪ほどしかないような消しゴムが入っているんだろうなあと、なんとなく予想がついた。机の引き出しからクリアファイルを取り出して、今日の五限目に待ち受けている数学の課題を取り出した。名前のところが空欄のままだったので、自分の名前を書き入れてから青峰くんに渡す。サンキュ。そう言い終わらないうちに青峰くんはこれまた汚いシャープペンシルを握って、下手くそな文字でごりごりと私の文字を転写し出す。
「青峰くん字ぃ汚いね」
「んー。ってなんだそれ。ほっとけ」
「あ、そこYじゃなくて、Bだ。ごめん間違えてた」
「オッケー。…ったく。数学なのになんでこんな文字だらけなんだよダリィ」
ぶつぶつ言いながら、青峰くんの手がプリントを埋めていく。やはり筆圧が随分強いようだ。向かい合わせになっていて、彼の鮮やかな青色の髪の毛が目の前にあった。目に優しいはずの青色だけど、青峰くんのそれは随分攻撃的だ。本人の気性の荒さが原因かも知れない。
「青峰くんってさつきと仲良いね」
「んー…良くねえよ別に」
書くことに夢中になりつつあるのか少々上の空な語調で返事が返ってくる。そっかあ。不自然じゃないほどに軽くなるよう気をつけながら言葉を返す。
「幼なじみってそこまでベタベタするもん?高校も一緒なんて、すごい」
あ、意地悪というか性格が悪いことを言ってしまった。今のは失敗。心の反省ノートに書き記す。嫌みな言い方をしてしまったが、正直ずっと思っていたことではある。
「さあ、シラネ。あいつが勝手に着いてきたみたいなもんだし、オレは関係ねーよ」
プリントはようやく半分が埋まった状態だ。少しだけめんどくさい証明の問題があったので、青峰くんも心なしかいらいらしているように見える。
「そーなんだ、じゃあさつきが健気な彼女なんだねえ」
「だーからあ、彼女じゃねえって。あんなやつ、こっちからごめんだわ」
「はいはいノロケはいいですよー」
「聞けよ…みょうじサンって結構いい性格してるよなあ」
 青峰くんが眉毛を釣り上げながら、いかつい顔でそう言った。青峰くんのこの顔も、最初は怖くて仕方なかったっけ。意外と情に厚いところや彼の案外優しいところに気づかせてくれたのもさつきで、だけど私がこの気持ちを優先させるには真っ先に邪魔になるのもさつきで、結局私の中の彼はさつきを媒介してしか作れない。さつきがいなければ始まらなかったし、さつきがいるからこれ以上どこにもいけない。私は窓の外の、これまた遠くを見ながら呟く。今日も寒気がするくらい真っ青な空が広がっていた。青峰くんの攻撃的な青とよく似ている、鮮やかな青だ。
 視線を廊下側に移すと、廊下を他のクラスのお調子者の集団ががやがやと騒がしい声をあげながら歩いていくのが見えた。煩わしいので消えてほしかった。昼休みだからか教室にも人が密集しており、むしろ全人類が今から突然消えてしまったらいいのにと、行き過ぎた考えまで起きあがってくる。例えばどうだろう。パチンと右手の指を鳴らす。するとあら不思議、人々はみな消えてしまいました!…なかなか悪くない。
「終わった?」
青峰くんが手を止めたので、そう声をかける。そういえばさつきはどこにいるんだろう。あの可憐な桃色は、やっぱりどうしようもないくらい私の親友なんだ。教室にいないなんて珍しいと思っていると、青峰くんからは見当違いな言葉が返ってくる。ありがとうな。顔も上げずにそう言われた。一瞬プリントのことかと思ったけど、それにしては声音が重々しい気がする。
「…はい?え、プリント?」
「ちげえよ、まあそれもだけどさつきの友達になってくれて。あいつ、あれで結構人見知りっつーか、女子の輪に入れねえっつうか、まあそんな感じで中学でも友達いなかったからよお。…まあ、今はみょうじサンが一緒にいてくれるけど」
 はい、プリント。こっちもサンキューな。
 そう言われてプリントを返される。私は慌てて俯いてクリアファイルを取り出す。どんな顔をすればいいのかわからなかった。ただ、青峰くんの顔が見たことないくらいなんというか、そう、優しかった。
「…優しいんだね」
 茶化すように言うつもりだったのに、なぜだか深刻そうに声が震えた。
「…まあ、あれでも腐れ縁だからな」
「そっか。いい彼氏だ」
「はあ?だーから、ちげえって」
「まあ、いい子だから」
「ん?」
「さつきはね。いい子だから。さっき青峰くんが言ったことも分からないではないけど、それ以上にいい子だから」
「…まあな」
 そうか。そうだった。さつきと青峰くんには私の知らない十何年間があって、それを聞くことはできても私が直接関わることはできない。当たり前のことなのに、がつんと鈍器で頭を殴られたように、目の前がちかちかと点滅した。鈍器で殴られたときのような景色を見せられるならいっそ死んでしまえればよかった。
 どうしようもないんだ。だって私、青峰くんと同じくらいさつきが大事なんだから。同じくらいむしゃくしゃするけど、それでも、さつきを好きだって言うのも、嘘にはできないんだから。
「…あー私も彼氏ほしいなー」
「えー、じゃあみょうじサンさあオレと付き合わねえ?」
 軽い言葉を返される。軽い言葉だと分かってしまう。ぐしゃり。クリアファイルにプリントをしまおうとした手が、そんな風にプリントの端を歪ませる。私、結局こうなんだ。何かを、青峰くんを、さつきを、あるいは青峰くんとさつきを、さつきと私を、こんな風に歪ませることしかできない。泥濘にはまったように私の中に滞留し続けるこの気持ちは、だから涙がでるくらいくだらないものだった。
「はは、つまんないジョーダン。ほら、さつきが呼んでるよ」
「青峰くーん!」
「ったくうるせえなああいつは…んだよ!」
 青峰くんががたがたと乱暴に椅子を引いて席を立った。教室の後ろで頬を膨らませたさつきが叫んでいる。残された私は一人、青峰くんの数学のプリントの上にシャープペンシルを転がした。歪な字まで愛おしいなんて、馬鹿げているにも程があるじゃないか。
 ああ、イライラする。自分にも、それ以外にも、なにもかもに。このイライラを解消するには青峰くんがちゅーしてくれるかさつきが私の目の前で盛大に転んでパンツを大衆に晒すか全人類が今から全滅してくれるかしかない。青峰君にちゅーしてほしいって言うこととさつきが突然目の前で盛大に転んでくれることと全人類今から死んじゃうことのどれが一番簡単かって言われたらきっと最初だけど、それは一番罪深いしさ私はさつきのことも青峰くんと同じくらい大好きだしさつきのことときどき消えちゃえって思うけどやっぱり親友はないがしろにできないから、だからだからだから本当に申し訳ないんですが私とさつきと青峰くん以外の全人類のみなさん、突然ですけど今から死んじゃってください。
 私はすっと右手を取り出した。もちろん、パチンと指を鳴らすために。




負荷


(130516)