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すう、と大げさに空気を吸い込んだ。肺を循環させて、それからもう一度吐き出す。普段口から出てしまう心ない言葉を、今日だけは封印しないといけなかった。

「なんだよ、話って」

阿部が疲れ切った顔をしている。私はそれを見るのが嫌で、わざと後ろを向いて言葉を紡いだ。足が震えて、まだなんにも伝えてないのに涙が出そうになった。

「私、阿部のこと好きだよ」
「…は」
「水谷のことも、おんなじくらい大好きだ」
「…急に何なの」
「…ねえ阿部、私がもしさ、あの三人でいたときが大好きだったって言ったら、笑う?」
「…んな、笑うわけねーだろ」
「じゃあこれは私の我儘として聞いて」

声が震えるのを、感じた。

「阿部。帰ってきて」

卑怯者と罵られてもいい。大切なものを守るために、私はあの子の幸せを壊してしまったのかもしれない。どうしようもないくらい情けない気持ちでいっぱいだった。だけど、もう阿部にしがみつくしか、縋りつくしか方法が見つからない。ほかでもない私が、そうしたいと思ったのだ。情けない顔で、震えた声で、頬を伝う涙を拭く余裕もなくても、それでもそうしたかった。阿部が欲しい。私だけのものになってほしいと、いつだってそう思い続けてきたのは、嘘なんかじゃない。だけど、それでも。


「阿部、お願いだよ、帰ってきて」


それが、私の出した答えなのだから。阿部と対面しているのに脳裏をよぎったのは水谷の顔だった。

×××

「…あいつと別れた」

数日後、きまり悪そうな顔で阿部がそう言った。頭をぽりぽりと掻きながら、私の返事を待っていた。

「…早かったね」
「思い立ったらすぐ行動する派なんだよ」

阿部は顔を逸らしながらそういった。彼と私以外人気のない教室は夕日に照らされて真っ赤だった。

「阿部。」
「…なに」
「よく頑張ったねー、えらいえらい」

私の手は阿部の頭をすらすらと撫でる。野球馬鹿で、整髪料をつけていないこいつの髪はさらさらと気持ちいい。

「…ウゼー」
「はいはい」
「餓鬼扱いすんな」
「はいはい」
「みょうじ、」
「…はい?」

「ゴメン、アリガト、…ゴメン」

そういうと阿部は俯いた。ふるふると震えだしたから、もしかしたら泣いているのかもしれない。阿部がここまであの子を好きだったことに少し驚いたような、複雑なような、そんなことが脳裏をかすめたけど、すぐにどこかに行ってしまった。代わりに驚くほどあっさりと、自分の心が澄んでいくのを感じた。

「…はいはい」

阿部が泣いていることに気付かないふりをしてわざと大きい声でそういった。ありがとうなんて言わないでよ、阿部らしくもない。そんな言葉貰えるほど、私、えらくもなんともないんだし、それに、だって阿部、ねえ。私たちは、友達でしょう?