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「やってしまったよ…」

日向くんが見えなくなってから半ば放心状態で家の中に入り、扉を閉めてからすとんとその場に座り込んでしまった。さっきまでの体の熱さとは一転して、頭が芯からずんずん冷えていく。消えてしまいたくなる衝動を抑えるので精いっぱいだった。扉を開く音から部屋に入ってくる様子までのタイムラグの長さに、おばあちゃんが玄関まで出てきたようだ。「あんた、何してんの」そう私、何をしてしまったんだろう。

「うわー来てしまったよ…」
「おっはよーなまえちゃん!ってなにそれ、目の下、漫画みたいなクマ!寝不足〜?」
「リコちゃんおはよう…朝から元気ですね」
「何老人みたいな目してるのよお!今日もばしばししごくわよ!」
「痛い痛い!痛いってば!」

体育館に入ろうか戸惑っていた私にいち早く気づいたリコちゃんが私に近寄ってくる。ひどい顔で相槌を打つと、リコちゃんが私の背中をばんばんと叩いた。同じ女の子とは思えない強さに思わず呻き声をあげてしまう。リコちゃんは豪快に笑って、ごめんごめんと謝罪した。
相変わらず天気は快晴にプラスアルファで花丸がつくような天気だ。入道雲がさらに夏っぽさを演出している。て、今は夏だったか。

「…あれ?みんなは?」
「今頃砂浜を走ってるわよー」
「あ、そうなんだ」
「毎日メニューは変則的にしてるの。なにしろ十日間でしょ?外界から隔絶されてるし、いろいろ今までできなかったこと試してみたいなあって思って」
「リコちゃんもいろいろ考えてんのね…」
「なによー!これでもカントクですから!」
「そうでしたそうでした」

ちょっとお、冷たい!なまえちゃんなんかキャラ変わったんじゃない?リコちゃんが笑いながらそう言う。笑い声だけで返して振り返ると、さっきの入道雲がもう随分左にずれていた。

「浜辺、行こうか」
「うん、ていうかリコちゃん、それ一人で持っていくつもりだったの?」
「これを取りに来たからね。あとなまえちゃんを待ちに」
「そっか。私も、半分持つよ」
「最初からそのつもりだったわよ」
「リコちゃんもキャラ変わったんじゃないの…」

二人でからから笑って、荷物を半分持つ。ずんと重かったけれど、なんだか誠凛のみんなと共有できているものがあるみたいで、嬉しかった。
浜辺に行くとメニューは違えども汗だくのみんなが私たちに気づいて手を振ってきた。

「元気だねえ…」
「なまえちゃん、本当におばあちゃんみたいね」

その日は意識的に無意識的に、とにかく仕事だけを全うした。日向くん云々ではなく、とくにみんなと喋ることもせず、リコちゃんの召使みたいに走り回る。今日はしっかり帽子も持ってきたので、昨日よりは日差しが気にならなかった。夕方になって、オレンジ色の日差しが体育館に差し込む。夏は日が長い。私の帰宅時間が差し迫っているところで、体育館での練習が終わった。おつかれさまでしたー、という彼らの声も疲弊しきっている。わらわら彼らが水道場に歩いていく中、私は自分のできる片づけを終わらせる。気付けばコートはもぬけの殻だった。

「おいみょうじ、」

と思ったのに、突然後ろから声をかけられる。息をのんだけど、悟られないように振り返った。声の主は顔を見なくたって分かった。

「…なーに」
「てめえ今日オレのこと避けまくってただろ…まあいいや昨日のことだけどさ」
「あ、ごめん、あれ、やっぱり忘れてくれてい―よ」
「は」
「ごめん、ほんっとうごめん、意味わからないこと言っちゃったね、ごめん、日向くんはバスケしに来てるのにね、ごめん、ごめん、」

忘れてくれていーよ。その言葉はずいぶん自然に口から出た。空気に触れたその言葉は、自分の耳にもずいぶんしっくり馴染んで聞こえた。だけど、言葉尻がどんどん小さくなるのには自分でも気づいていた。ごめんという言葉しか喋れない機械のように、私はそれを繰り返す。空気が重かった。私の体はあの海に沈んでしまったように水浸しで、藻に絡みとられたようで身動きができない。

「だからごめん、あの、忘れて、ほしい」
「いや無理だっつーの」
「……はい?」
「あー、これか、驚き通り越して呆れっていう状態。なんでオレ告られて返事する前に振られてんだよ、ダァホ」
「…う、えっと、だから、ごめん」
「それなに。何への謝罪なの」
「…」

日向くんの声だけが私の世界を支配する。私の瞳から分泌される涙は重力に従ってぼろぼろと落ちていき、地面に不時着した。

「ごめんね、…でも好きだよ、日向くん」

依然として私は顔を上げられない。鼓膜からじわじわ侵食される。泣いてしまったのは悲しかったからでも怖かったからでもない。責めるような言葉を囁く日向くんの声があんまり優しかったからだ。

「好きなんだけど」

「多分オレの方がずっと、みょうじのこと好きなんだけど」

あんまり透明で、嘘なんて一つもなかったからだ。