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「ただいまー」
「…今日は早いのな」
「何よその恨みがましそうな目は。いつも遅いわけじゃないでしょ」
「どーだか」
ゴムが緩みきったスウェットを半ばひきずりながら、青峰がなまえの横を通り過ぎていく。どこに行くの、と言う前にトイレと言う言葉が返ってきた。なまえはス―パーのビニール袋をぐしゃりとカーペットの上に置く。トイレの方から「今日のメシ、なんだ」と声が聞こえた。鍋よ、ちゃんこ鍋。そう答える。ジャーと水の流れる音がする。
「ちゃんこかよ。チゲがいい」
ズボンウエストの部分に手を入れながら、部屋に戻ってきた青峰が不服そうにそう呟く。
「残念。もう買ってきてしまいました」
寒いからネギをたくさんいれようとなまえが言うと、青峰が再びげんなりした顔をした。
「オレ、ネギ嫌いっつってんだろ」
「知ってるけど」
「お前さあ…」
つけっぱなしのテレビから流れるニュースの画面がちかちかと光る。
「ほら、机の上綺麗にして。私、準備しちゃうから」
「へいへい」
再度カーペットに置いたビニール袋を漁り、材料をキッチンへと持っていく。テキパキと行動するなまえとは反対に、青峰はのろのろと動いた。その様子は、バスケをしている時の彼とはちっとも重ならない。
「うめえな」
「おいしいね」
ビールを片手に、ほくほく言いながら食べる鍋は最高においしかった。鍋から出る蒸気のおかげで部屋も随分暖かくなった。
「やっぱ味付けがいいからだね。私のおかげだ」
「それスーパーで売ってる出汁だろうが」
「バレたか」
「バレるわ」
そう言って、二人の笑い声が重なった。テレビの中で芸人がもう何度も見たことのあるネタをやっていた。わざとらしい観客の笑い声が優しかった。
シメのうどんも食べ終わって鍋の中が空っぽになる。同時にお腹の方が満杯になった。腹いっぱいだわ、と言って青峰がそのままカーペットに背中を倒す。太るよ、と言いながらなまえが立ち上がってお椀や鍋をキッチンにもって行き始めた。
なんてことのない、一日だったな。寝そべる青峰はそう思いながら天井を見つめる。白い壁紙が蛍光灯に照らされてさらに白く見える。手を伸ばしてみてももちろん天井には届かなかった。
「水冷たい」
両手を擦りながら、なまえがキッチンから戻ってきた。青峰も体を起こす。
「ならお湯にしろよ」
「ガス代もったいないじゃん」
「なら諦めろ」
「大輝冷たい」
当然とでも言うように、膝の間になまえが入ってきてそのまま腰を下ろした。ベッドを背中に、二人でテレビを見つめる。最近よく出ているモデル出身の女優が、おなじみのグルメレポーターと都内の格安フレンチをまわるというグルメロケをやっていた。二人であーでもないこーでもないと言っていたらその番組が終わった。定時のニュース番組に切り替わる。
「なまえ−?」
「…あ、ごめん、なあに」
返答が随分遅れていた。きっとうとうとしていたのだろう。青峰はなんでもねーと軽くそう言い、再び画面に見入る。しばらくすると再びなまえの体が規則正しく揺れ始めた。
停滞している。滞留している。これは幸福以外のなにものでもないはずなのに。喫煙所の上空を漂う煙のような、質量のあるそれだ。はて、どうしてこれではいけないのだろう。青峰は、膝の間に座るなまえの後頭部を見つめながら、思い出したように首を傾げる。