道路側を歩くのはいつだって黄瀬で、私が傘を忘れて黄瀬の傘を使って相合傘をするときに肩を濡らすのも絶対に黄瀬だった。 「やべー、寒いっスね」 私はいつだって当たり前に女の子で、男の子とは絶対に違う生き物だった。黄瀬はそれを教えてくれる。黄瀬は私を上手に女の子にしてくれる。 須らく色恋事のすべては、その線引きを明らかにするためにするものだと思う。私は女の子で、愛玩対象で、守られる存在。彼は男の子で、頼られる側で、守る存在。そんな風に役割を振り分けられているのだということを確認するための儀式なのだ。 「あれだね、あったかいコーンスープとか飲みたいね。あと、おしることか」 「おしるこぉ?…あー、そういえばもう自販でも出てたっけ」 「なんでおしるこだけに過剰反応するの?」 「…中学の時の同級生に、そりゃーもう異様におしるこ好きなやつがいてさあ」 ぽりぽりと、黄瀬は頬を掻きながらどこか違うところを見ながら困ったような苦虫を噛みしめるような複雑な表情をした。その表情の意味を私は知らない。 「ふーん。愉快な人だね」 はは、そうかもと黄瀬がやっぱり困ったように笑った。しかしその表情が驚くほど優しくて、私はなぜかぎくりとしてしまった。少しの違和感のあとの、麗らかな安堵。美しいと思った。 「あっという間に冬になっちまったっスね」 そりゃあ、時間は止まらないもの。と意地悪な言葉を返すのはやめておいて、頷くだけで肯定の意味を示す。黄瀬はまた笑った。愛しいと、思う。 「す、き、だ、よ」 口に出した途端、なにかが違うなという気がした。「あ、い、し、て、る」もう一度違う言葉で、同じような意味を持つ言葉を呟いた。やっぱり、違うと思った。私の今ここにあるこの気持ちを、その通りの色で、音で、伝えることができないのだ。 きっと空気に触れると急速に酸化してしまうのだと思う。私たちの間に横たわる、愛とかいうやつは。 「黄瀬ぇ」 「ん、なあに?どした」 「…さっきの、聞こえた?」 「聞こえたって何が?」 「んーん、聞こえてないならいいの」 「えー?なになに、気になるじゃん」 酸化してしまったコーヒーの苦さを思い出して顔をしかめた。あんな風にはなりたくない。おいしくなくなってしまうそれは、いつだって残されて捨てられてしまうのだから。ちゃぷん、水面で跳ねたものがなんだったのか私にはわからなかった。 冗談みたいに、からかうみたいに、まるで演技の練習中みたいに、黄瀬が私の右手を掴もうとしてきた。それをさらりと、なるべく自然に躱す。途端に憮然とした表情になる彼を、私は本当に可愛いと思う。愛しいと、思う。 「ちょっとなまえっちー。教えてほしーんだけど!」 黄瀬が私を好きだといわない限り、私は黄瀬を好きでいられるのだろう。好きだ、好きです、愛してるよ。それらの思いを、尊いそれを、私は苦いだけのものにしたくない。 「ううん、もういいの」 酸化しない代わりに、だけどきっと一生届かない。私はそれを、選ぶ。 title by 月にユダ あたらしいつみ (121216)(130102 加筆修正) |