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「征ちゃん、何してるの?」
「…え?」
「さっきから携帯の画面見つめっぱなし。自分でも見てるの?」
「…そうだな、自分の造形の美しさに見入ってたところだ」
「…」
「そんな顔するなよ。ドン引きって顔に書いてあるぞ」
「だって気持ち悪いんだもん…」
彼女が残念なものでも見るような目でオレを見た。しれっとシャーペンから手を離している。
「ほら、シャーペンを置かない。ちゃんと勉強しないと受からないぞ」
「はーい」
そうは言いつつも根をつめてもうどれくらいになるだろうか。少しは休憩を入れてやらないといけないかもしれない。この子は飽きやすくズボラだが、それでいて非常に繊細だ。両親の期待を背負うことに少なからずプレッシャーを感じているのが感じ取れる。
「はー。早く大学生になっちゃいたいな」
家庭教師を始めてからもう数か月になるが、受験本番が近づく最近はとくに
疲労の色が強くなっている。おちゃらけたように振る舞っているが、それは周りも感じ取っているだろう。
「そうだな、もしちゃんと合格したら、先生がまずキャンパスを案内してやろう」
「…オープンキャンパスでもう行ったことあるけどね」
「そこは乗れよ」
完全に集中力が切れてしまったようだ。仕方がないので気分転換に紅茶でも入れてくることにしようと思って席を立つと、私も行く〜、と彼女が後ろをついてきた。
「もうどこに何があるかなんて知ってるけど」
「いーいーの。たまには動かないと、勉強して甘いもの食べてるばっかじゃ太っちゃう」
「甘いものを減らせばいいんじゃないか…?」
リビングにつくと彼女は迷わずダイニングテーブルに腰を下ろした。歩いてきた廊下もだったが、ひんやりした空気がオレたちの侵入を防ごうと、ぴりりと震えるのがわかる。さっきまで勉強を教えていた彼女の自室はガスヒーターを炊いていたものだから温かったが、ここにきてやはり冬の寒さを実感する。
「甘いもの、あったっけ?確かお母さんが買ってきてたような…あ、征ちゃんそこの引出開けて」
彼女の指示通りに戸棚の引出を開けると、どこかのデパ地下で買ったようなお茶菓子が出てくる。後ろで歓声が聞こえた。「やっぱり!」この家は彼女以外の人、つまり彼女の両親はあまり家にいないものの、その代わりとでも言うように他人を出迎える準備だけはいつも完璧にできていた。それらを適当な皿に並べ、紅茶を蒸らしたりしてものの十分も経てば部屋は完全に人の温もりに慣れたのか、幾分温かくなっていた。
「疲れたー」
「勉強は嫌いか」
「征ちゃん…もしかして私が勉強好きだと思ってた?」
「いや、まさか」
頭を振って否定の意味を強くする。
「ただ、最近ようやく成長がみられるようになったな」
「あのねえ…今成長がみえたって、本番失敗したら意味ないよ」
不貞腐れたように頬を膨らます。それは真実だけれど、本質はそれだけではないのだと教えてあげたかった。若いなあと思う。自分も、昔はそうだった気がするし、もしかしたら今でもあのときのままで何も変わっていないような気もする。
「でもねー、征ちゃんが幼馴染でよかったよ。持つべきものはコネと権力と、それから頭のいい幼馴染だね」
カチャリと紅茶のカップをテーブルに置きながら、満面の笑みを浮かべる。あんまりと清々しい顔で言うものだから、高校生らしくない発言のえげつなさも素直と言うように解釈しそうになってしまう。彼女の、天然で器用なところだ。
「ごめん、ちょっと電話だ。出てくる」
電話の着信音は常に切ってあるので、ズボン越しのバイブレーションでそれに気づく。
「はーい。私、先に部屋に戻ってるね」
後ろ姿を見送られて、廊下に出る。やはりひんやりと冷たかった。

好きだと思うのも大事にしたいと思うのも昔からずっとあの子、ただ一人だけだ。勝気に笑う、あの幼い少女だけだ。そう思える。そう、誓える。
「もしもし、…どうしたんだ、なまえ」