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「だから、いい加減にするのだよ!」
苛立ちを隠そうともしないその口調も声量も、がやがやと騒がしい食堂では全くと言っていいほど効果を発揮しない。それ以前に、緑間のその怒声になまえが恐怖を感じることはないのだ。
「もー、緑間はいつも元気だねえ。」
意にも介さず、大学生協で購入したラクトアイスを口に含む。なまえのお気に入りのアイスの銘柄だ。スプーンが紙製ですぐにふにゃふにゃになってしまうのはいただけないが、アイスはいつだって美味しい。
「元気かどうかで叫んでるわけじゃない…!」
眉毛がこれでもかというほどに吊り上っている。それを横目に、だけど見ないふりをしてなまえは口の中でアイスを転がす。
「はあ、まったく…なまえ、お前は何がしたいんだ…」
緑間は頭を抱えた。芝居の中のようなわざとらしい所作がこんなに板につくのはこの男と赤司くらいだと、なまえはアイスを口の中で溶かしながらそう思った。
「まー私のことはいいけどさ、緑間はどうなの。最近、えーと、名前なんて言ったっけ?忘れちゃったけど、あの子とさ」
「今オレの話はしていないだろう」
「はーんそうなんだーうまくいってないんだー」
「話をすり替えるな!大体あいつとはそういう関係ではない!」
ムキになって怒声をあげる緑間を無視してなまえはずれた方向に会話を持っていこうとする。
「えー?でもそういう関係になりたいんでしょう?もー、緑間ってばむっつりなんだから」
「死ね!」
とうとうそんな言葉まで飛び出した。普段なら絶対に使わないその言葉が出てきたら本当に怒っている証拠なのだと、なまえは本能的に分かっているのだ。急速に会話のテンションを落とした。
「…別に、なんにもないよ。誰も何も言わない」
「オレが言っているだろう!」
「当事者たちは何も言ってないからいーの」
「それは屁理屈と言ってだな…!」
「しつっこいなー。別に私も大輝も黄瀬もなんにも、不満なんてないんだよ。だからいーじゃん」
なまえがめんどくさそうにそう言うと、今度は緑間が慌てたように周囲を見渡す。学食の喧騒の中で彼らの話に耳を澄まそうとしている者なんかいるはずないのに、急に声を潜めだす。緑間が義理堅いと言われる由縁はこういうところなのだろう。一番、誰のことも悪者にしたくないのは緑間なのかもしれなかった。
「馬鹿じゃないのかおまえ…誰かに聞かれたらどうするのだよ…!」
「ったく緑間は相変わらずビビりだねー。私たちの話なんて聞いてる人いるわけないじゃん、こんなうるさい学食でさ」
いつの間にかアイスカップは空になっていた。なまえは名残惜しそうにスプーンを咥え続けている。
「お前の体面じゃない。…黄瀬や青峰のメンツが心配なのだよ」
確かになあ、となまえは思った。まるで他人事のようだった。誰よりも当事者のなまえがこのような態度なので、緑間は拍子抜けしてしまう。自分はどうしたって他人で、他人の自分がこんなに頭を悩ませているのに当の本人たちに問題意識がないのだから困った話だ。頭を抱えることしかできなかった。
その単語を使うことは今でも躊躇われる。だけど今の状態を何よりも正確に表しているのはその言葉しかなかった。
「なんで、浮気なんか」
緑間はそのあとの言葉は紡がなかった。代わりにまた頭を抱える。そのわざとらしい動作が、なまえは別に嫌いではなかった。
「…どうしてだろうねえ」
咥え続けた紙製のスプーンからは、甘さなどとうに抜けてとうとう紙の味しかしない。喧騒は止む気配がなかった。