カチカチカチカチ、時計が音を立てるのが耳に障って仕方ない。理不尽な怒りだとは知りながらも、拳はひゅんと音を立てた後に壁とご対面した。ゴッ、と嫌な音がして、同じくらい嫌な痛みがオレを襲う。 「っちくしょう!」 カチカチカチカチ、さっきとまったく同じ音で、時計はオレの怒声に応えた。 「ただーいまー」 がちゃり、と音がして玄関のドアが開く。部屋の作り上、この位置からは玄関は見えない。だけど思い当たる声の主は最初から一人しかいなかった。選択肢すら存在しない。 「…おっと、起きてたの?寝てるんだとばっかり思ってた」 「てっめぇまた朝帰りたぁいいご身分だな…!」 鞄をそこらに放り投げてベッドの縁にやってくるなまえの体を掴んで態勢を崩させる。案の定ベッドに倒れこんできたので思い切り頭を掴んでやった。 「うっわ痛い痛い痛い…!手加減しなさいよねあんた…!」 「ちゃんと連絡しろって言ってんだろ…!」 「あーはいはいごめんなさいってぇ…!」 すんすんと、なまえがよくやるように鼻を鳴らすまでもなかった。 わざとらしいほどにするのは、違う男の匂い。 「…あーもういいわ。このまま寝るぞ」 「洗濯しちゃいたいんだけどなあ…何よその目。はいはいわかりました、寝ます寝ます」 観念したのか、強引に布団に潜り込んできたなまえは図々しいほどオレとの距離を縮める。指を絡ませた手は驚くほど冷たかった。 「あー寒い寒い」 「なまえの手、冷てぇ」 「そりゃー外歩いてきたんだから当たり前でしょ。今日も驚くほど寒いから。マジで油断してたら酷い目見るよ」 ぎゅうと、包み込むようにその手を覆い隠す。じわじわと、少しずつだけどオレの温度に染められていくのが分かった。 「はは、大輝の手、温かすぎ」 まるで何も考えていないようになまえが笑う。あんまりだと思って、少し泣きたくなった。 「…はー、…温かい」 眠る一歩手前なのか、語尾は霞んでいた。なまえがオレの胸に顔を押し付ける。息苦しそうにしているくせに、毎回寝る直前はそうしてくるのだから不可解だ。くるりと覆い隠すようにオレも体を丸める。僅かに動いたカーテンの隙間から光の筋が差し込んだ。眩しさに目が眩んだ。 思うに、オレはいつだって目が眩んでいるのだろう。 もし万が一、なんで泣いてるのと言われたら、あんまり幸せだからとでも応えてみようと思う。わざとらしい嘘の方が、時としてずっと優しいこともある。 |