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多分、小さいころから一緒にいた。多分、一番近くにいた。多分、最初から好きだった。ううん、絶対に。
「あのね、私、好きな人ができたの」
さつきの口から飛び出したそのことばが、鼓膜に届く前に私の心を揺らして、心音を止められた。さつきがなにを言ってるのか理解できなかった。間抜けな顔をして聞き返すと頬を赤く染めたさつきがもう一度同じ言葉を吐き出した。丁寧に投げられたその言葉を受け取って、がりがりと噛み砕く。おいしくない。
「…そ、そうなんだーふーん。えーと…相手は誰なのかな?私の知ってる人?」
「ふふ、知らない人」
さつきが笑った。それになんだか肌触りの悪さを感じた。裸のままカーディガンを着ているような、そんな感覚だ。うまく私に馴染んでくれない。そんな笑い方をするさつきを、私は知らない。
「ねえさつき、」
今までのままじゃ、いけなかった?そう聞いてみたいけれどきっとこの気持ちはさつきには理解できない。私はさつきみたいに鋭くはないけれど、さつきみたいに馬鹿じゃないからわかる。
私のことを一番に好きだといってくれていたじゃない。大輝にだって教えていないことを、たくさん教えてくれたじゃない。秘密よ秘密、ゆびきりげんまんなんて言って、ぽかんとした顔でこちらを見る大輝を横目にくすくす笑っていたじゃない。それじゃ、それだけじゃ、いけなかった?
「さつきがもっと嫌な子だったらよかったなあ」
「…どういうこと?」
「べっつに。だってさつきが告っちゃえば大抵の人はオッケーするし?そしたら私だけ独り身じゃん!寂しいよー」
「そんなことないよ。だってその人、難攻不落だもん。私じゃ多分無理」
「ナンコーフラク?誰なのよー、え、同じ学年?」
「きっとなまえちゃんじゃ見つけられないよ…」
「どういうことー?まさかの地味男…!?」
「んー、なんか違うんだけど…」
さつきが困った顔でまあそんな感じ、と言った。なんだか釈然としない。依然として気持ち悪さだけが私の肌を撫で続ける。
「へへ、みんなには秘密ね。なまえちゃんだけに教えてあげる!」
さつきがいたずらっ子の顔をする。その顔を見たとき私はようやく安堵した。私の知っているさつきが顔を出す。
私ね、いつのまにかさつきにたくさんの秘密ができてしまったの。私、さつきにキスしたい。キスして、舌を入れて、歯列なんかなぞっちゃって、腰に手を回して、そのセーターの下の、Yシャツの中に手を入れて、ふくよかな胸をなぞりたい。さつきの一番やわらかいところに触れたい。あられもない姿にさせて、泣かせて、他の誰も聞いたこともないような甘い声で、私の名前だけを呼ぶ生き物にさせてしまいたいの。
「じゃあ私も秘密、一個だけ言っちゃうかなあ」
「えー、なになに?なまえちゃんの秘密、気になるよ」
さつきのくりくりした、桃色の瞳が揺れる。髪の毛がさらりと靡いた。綺麗なさつき、可愛いさつき。目に入れたって痛くない。私の大好きな、大切な、さつき。私はさつきが欲しかったんじゃない。さつきしか要らなかった。そんなさつきの純真を私は今から踏みにじる。
「さつきなんて大っ嫌い」
カンカンカンカン、踏切の遮断機が降りてきて、警笛がけたたましく泣き叫ぶ。私の声はもしかして掻き消されてしまったのかもしれないと思ってさつきの顔を窺う。さっきの私と同じ顔をしていた。聞き返す暇を与えず続けて叫ぶ。さつき、さつき。もっと私のことで困って、私のことで悩んで、好きな男のことなんて忘れちゃうくらいぐちゃぐちゃに掻き乱されちゃってよ。好きだよ、好きだよ、そんなやつより私の方が何倍も何十倍も好きだよ、決まってるでしょ。なんでわからないの。
「もう一回言ってあげようか?さつきなんて、」
警笛が鳴って、電車が通って、すごい風が吹く。雑踏が突然、死んでしまったかのように息を潜めた。自分の声だけが凛と響く。目の前のさつきがどんな顔をしているのか、いろんな汚いもので濁りきってしまった私の瞳にはもう映らない。私だけが泣いている。獣みたいに、惨めったらしく泣き喚いている。ずっと一緒にいたなんて、一番近くにいたなんて、なんにも関係なかったんだ。気付かないふりをしていたことに、今更こんなに傷つけられている。やっぱり私の方がずっとずっと馬鹿なのかな。
「さつきなんて大っ嫌い」
けれどさつき。私思うの。この深くて暗くて真っ黒い海に一緒に沈むなら、沈んでくれるなら、ほかのだれでもないあなたがよかったな。これ、秘密だよ?約束ね。ゆびきりげんまん、ゆびきった。

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