真太郎がときどき苦しそうに呻く夜があった。私は彼のその声で目を覚ます。眼鏡のはずされた端正な顔が苦しみのあまり歪んでいる。額に汗が滲んでいるのを暗闇に慣れた瞳が捉えた。 「真太郎、真太郎?」 「…なまえか」 「どうしたの。うなされていたよ」 「…」 「どっか苦しい?具合悪かった?」 「…いや、大丈夫だ。ただ悪い夢を見ただけなのだよ」 真太郎が骨ばった手の甲で額を拭った。疲れ切ったような顔をしている。 「真太郎」 「…なまえ、どこにもいかないでくれ」 真太郎は大抵同じような類の言葉を呟いて、黙ってしまう。そして私は困った顔をしてその広い背中をぽんぽんと撫でるのだ。真太郎が縋る。汚れを知らない綺麗なその指先で、私の肩を掴んで頭を垂れる。私は思わず背筋をぴんと伸ばした。掴まれた方が痛かったからだ。大柄な彼が私にかける圧力は、彼自身は気付いていないだろうが、あまりにも強いのだ。いつだってそうだ。彼自身の大きすぎる火に、私はじりじりと身を焼かれている。身を焼かれていて、苦しくて、それでも一緒にいたい。そう一心に思ってしまう。恋とは、愚かしいものだと思う。 「真太郎、泣いているの」 「…泣いてなど、いないのだよ」 真太郎は依然傾倒していた。まるで祈るみたいに、私が聖母マリアであるかのように。同時にじりじりと私の周りの薪に火がくべられ、燃えていく。上昇していくその温度を、半透明のくるしみの膜を真太郎は多分これから先も一生知ることはないのだろう。 「真太郎、泣いているの」 もう一度同じことを問う。答えなど期待していなかった。私は真太郎の震える指先を手に取る。きゅっと指を絡ませてみると真太郎の肩がびくりと一際大きく跳ねた。 「泣かないで」 「泣いてなど、いない」 「好きだから、どこにもいかないから、ねえ。泣かないで」 泣き出してしまいそうなのは私の方だった。私の水晶体を覆う膜の向こうで真太郎の姿がゆらりと揺れる。何も言わず私たちはお互いを求めあった。口づけは熱っぽさを孕まず、どこまでも冷えていた。私の周りの薪は依然としてごうごうと唸るように燃え続けているというのに。真太郎の長い睫毛がふるふると震えるのを、私だけが目を開いて見つめていた。はっと気付く。私たちは弱いふりをして、体を寄せ合うことしかできない生き物なのだ。お互いがいないと生きていけないような気がして、それに満足してしまう、可哀想な生き物でしかないのだ。だからこれはどこまでも拙くて、かわいいかわいい遊戯。おままごとだ。 「愛してるよ、真太郎」 銀色の糸が二人を繋ぐ。小指に赤いそれは見つからない。恋とは、実に愚かしいものだ。 半透明の劣情 (121026) |